表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
73/96

第073話 ミテルノミ・一

やえは校門のほうを見ないまま、道の端へ寄った。


佐知も少し遅れて動いた。


通学路なのか、ただの裏道なのか分からない道だった。白い塀に沿って、細い側溝が伸びている。ふたの隙間から、乾いた葉っぱが一枚だけ出ていた。


二人は並んで歩き出した。


どちらがそうしようと言ったわけでもない。


立ったままだと、閉まった校門が近すぎた。


歩き出すと、校門は背中の後ろへ下がっていく。


下がっていくのに、消えない。


やえの横顔は、佐知の少し前にある。


いつもなら、やえはすぐ何かを撮る。


側溝の葉っぱ。


白い塀の汚れ。


道に落ちた輪ゴム。


そういうものを見つけて、何の説明もなくスマホを向ける。


でも、今は撮らない。


スマホは手にある。


画面は暗い。


佐知のスマホも、手にある。


やえの写真を開いたままではない。


暗い画面に、自分の指だけが映っている。


「来ないでよかったのに」


やえが言った。


声は小さかった。


でも、怒っていた。


大きな声より、そのほうが分かりやすいことがある。


「ごめん」


佐知は言った。


言ってから、足りないと思った。


ごめん。


それだけでは、何に対してなのか分からない。


追いかけたこと。


写真を手がかりにしたこと。


昨日の言葉。


高校生で済むから、と言ったこと。


全部に使える言葉は、全部から逃げる言葉にもなる。


やえは歩く速度を変えなかった。


「謝るなら、何に謝ってるか言ってください」


「昨日」


「昨日の何」


佐知は黙った。


言わなければいけない。


分かっている。


でも、口に出すと、あの言葉がもう一度同じ形で出てくる。


あんたはいいよね。


学校行かなくても。


まだ高校生で済むから。


言い直すだけで、また傷つけそうだった。


「学校のこと」


佐知は言った。


「あんなふうに言って、ごめん」


やえは何も返さなかった。


歩道橋の階段が見えてきた。


さっき佐知が上ってきた場所だ。


やえは階段の前で止まらず、ゆっくり上り始めた。佐知も続く。


二人の足音が、金属の階段に少しずれて響いた。


やえのほうが先。


佐知が後。


それだけの順番が、妙に大きく感じる。


歩道橋の上に出ると、風が少し強かった。


駅裏の道が下に見える。


コンビニ。


バス停。


駐輪場。


さっき写真と見比べたものが、今度は実物だけで並んでいる。


やえは手すりに背中を預けた。


校門のほうは見えにくい位置だった。


佐知は少し離れて立った。


近づきすぎると、また何かを間違えそうだった。


離れすぎると、来た意味がなくなる気がした。


その中間が分からない。


手すりの影が、二人の足元で細く切れていた。


同じ場所に立っているのに、影は少しずれている。


「何で来たんですか」


やえが聞いた。


「さっき言った」


「嫌だったから?」


「うん」


「それ、阿久津さんの都合ですよね」


「うん」


認めるしかなかった。


やえの顔が少しだけ歪んだ。


怒っているのか、笑いかけたのをやめたのか、分からない。


「じゃあ、私の都合は」


「聞きたい」


「聞くタイミング、今ですか」


佐知は返せなかった。


今ではない気もする。


今しかない気もする。


いつもそうだった。


聞かないほうがいいと思って、聞かなかった。


聞くと失敗すると思って、黙った。


その間に、やえは屋上に来なくなった。


佐知は手すりの塗装が剥げたところを見た。


緑の下から、銀色の金属が出ている。


「心配」


佐知は言った。


言った瞬間、自分で嫌になった。


それでも、口は続けた。


「心配しただけ」


だけ。


その言葉が出た瞬間、母のLINEを思い出した。


返事だけでもして。


だけ、で済むものはだいたい済まない。


やえの表情も、そこで固まった。


「だけ」


やえは繰り返した。


「ごめん」


「また」


「今のは」


「何に謝ってるんですか」


佐知は黙った。


また同じところに戻った。


謝ればいいわけではない。


心配すればいいわけでもない。


追いかければいいわけでもない。


何をしても、自分のほうの都合が先に見える。


佐知はスマホを握った。


やえの写真を手がかりにして来た。


その写真は、佐知を動かした。


でも、やえは来てほしいと言っていない。


「言い方、違った」


佐知はやっと言った。


「違ったというか」


「違ったんですか」


やえの声は平らだった。


「心配しただけって、言えば、自分が悪くないみたいになる」


言ってから、佐知は息を止めた。


少しだけ、正しいことを言えた気がした。


でも、それも自分の整理に聞こえた。


やえは手すりの向こうを見た。


駅裏の道を、自転車が一台通った。


ブレーキが短く鳴る。


「阿久津さんって」


やえは言った。


「自分で嫌になるの、早いですよね」


佐知は返事をしなかった。


その通りだった。


早く嫌になれば、そこで止まれる気がする。


自分を嫌になっておけば、相手に怒られる前に少し安全な場所へ行ける。


それも、たぶん逃げ方だった。


心配した、と言った瞬間だけ、佐知の立つ場所が少し高くなる。


その高い場所からなら、昨日のひどい言葉からも、やえの「今日はいいです」からも、少し離れられる。


佐知はその顔を使いかけた。


使いかけたことまで、やえには見えていたのかもしれない。


やえはスマホを手すりの上に置きかけて、やめた。


落ちると思ったのかもしれない。


結局、手の中に戻した。


「来ないでよかったのに」


やえはもう一度言った。


さっきより小さかった。


佐知はその言葉に、今度はすぐ謝らなかった。


謝る代わりに、やえを見た。


目をそらすと、また楽なほうへ行きそうだった。


やえは佐知を見返さなかった。


でも、スマホをしまいもしなかった。


二人は歩道橋の上で、同じ方向ではない場所を見ながら並んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ