第151話 ワシ帰る
学園の正門を潜ると、そこは戦場だった。
「聖女様ァァァアアア!
ご無事でしたか!」
「聖女アサリーヌ様万歳!
貴女のいない学園は、地獄でした!」
門から中央広場にかけて、全校生徒が雪崩れ込んできていた。
Gクラスだけでなく、他クラスの生徒たち、教師、食堂のおばちゃんまでが、
ワシの姿を見るなり涙を流し、歓喜の声を上げる。
「ああ、聖女様のご尊顔!」
「これでまた学食の味が戻る!」
生徒たちの歓声に、ワシは美少女聖女の外面で、優しく手を振る。
「皆、心配をかけたのう。
ワシは大丈夫じゃ。
すぐに学食で、皆に腹を満たさせるスープを出すとしよう」
(助かった。
とりあえず学園の連中には嫌われてなかったようじゃ。
これで住む場所と食い扶持は確保じゃな!)
我を忘れた生徒たちがワシの足元に群がる中、セベスとリリア、セリーヌらが鉄壁の護衛壁を作り、
ワシを学園長室へと導いた。
学園長室。
ワシは、学園長の席の前に置かれた豪華な来客用の椅子に座っていた。
目の前には、優しげな笑みを浮かべた学園長と、学園の総務を担当する真面目なサイラスがいる。
「アサリーヌ先生……!
本当に、無事に戻ってきてくれて、ありがとう!」
学園長が涙ながらに言う。
「私は、聖女殿を信じていた!
あの清浄な教会が、人の欲望を肯定する真の聖性を理解できぬはずがないと!」
(あ、この学園長、完全にワシのファンになっとる……)
サイラスも深く頭を下げる。
「聖女様。
私が教会の枢機卿たちに、聖女様の潔白を訴える書状を幾度も送りましたが、門前払いで……!
お力になれず、誠に申し訳ありませんでした!」
「聖女様のために、貴族のツテを頼り、生徒たちを落ち着かせ、本当に大変でした」
彼らは憔悴しきっている。
ワシの心中、彼らへの感謝が湧き上がった。
「いえいえ、お二人とも、ご苦労であった」
ワシは優しく微笑む。
(感動しとる場合じゃない。本題じゃ!)
「ところで、その……一つだけ、聞いてもよろしいかのう?」
ワシは恐る恐る切り出した。
「なんでしょう、何なりと!」
「実はな……。
ワシは数日間、教皇庁に拘束されておったわけじゃが……」
ワシは咳払い一つ。
「これ……『無断欠勤』扱い、になったりするかの?
できれば……『有給休暇』扱いにしていただけると、大変嬉しいのじゃが……」
ワシは真剣な顔で訴えかける。
(無断欠勤で給金カットなんて冗談じゃない!
あれだけの激務、むしろ特別有給五日分くらいつけてもらってもバチは当たらんはず!)
学園長とサイラスは、一瞬顔を見合わせた後、声を上げて笑い出した。
「アハハハハハ!
聖女様は、なんてお茶目な冗談を!」
「有給休暇……?
サイラス、そんな制度がこの国にあったか?」
学園長が笑いすぎて涙を拭う。
「いえ、学園長。
そんな俗っぽい制度は、ございません!」
サイラスも笑顔だ。
ワシはガックリと肩を落とした。
「やはり、ないか……」
「ですが、ご安心ください、聖女殿!」
学園長は満面の笑みで言った。
「教会とのごたごたは、公務執行の最中とみなして、
給金は全額どころか、特別ボーナスを出しますから!
どうか、心身ともにお安めくだされ!」
「ええ、給金は心配ありません!
全額きっちり出ますから、ご安心ください!」
サイラスも念押しする。
「な……なんじゃと!
ボーナスまで……!」
ワシはホッと胸を撫で下ろした。
学園長とサイラスは、ワシの心からの安堵の表情を見て、また笑い、
その場は和やかな空気に包まれた。
学園長室を出ると、廊下にはセベスが待っていた。
セベスは、ワシを見るなり、チャラ男全開の最高の笑顔になった。
「師匠!
給金の件は聞いたっすよ!これで心配事ナッシングっすね。
じゃあ、早速いつものお願いするっす!」
「うむ、いつものアレじゃな?」
ワシはニヤリとした。
ワシはセベスを伴い、学食の隣の厨房まで足を運んだ。
厨房前の廊下に着いた瞬間、パァン!とクラッカーが鳴り響いた。
「聖女様、お帰りなさいっ!」
「今日はこれっす!」
Gクラスの女子生徒たちが、声を揃えて叫んだ。
厨房の前は飾り付けられ、テーブルには見慣れない赤と金色の布が山積みになっている。
ワシはセベスを振り返り、困惑した。
「な、なんじゃ、これは?
いつものアレではないんじゃが……」
「いやー、風と土の国の衣装にヒントを得て、今回は特別に準備したっす!」
セベスは満面の笑みだ。
「さあ、みんな!
師匠の着替えを手伝うっすよ!」
セベスがそう言うと、女子生徒たちが一斉にワシに群がり、更衣室に連れ込まれた。
「師匠っ!汚れた服はわたしが!
この神聖な役目は、リリアにお任せくださいっ!」
リリアは顔を真っ赤にしながら、震える手でワシのローブの紐を解いていく。
その眼差しは、畏れと興奮に満ちていた。
「マジ、師匠の服のセンス、ちょっとヤバいし!
今日のはヤバイくらい本気でヒロインにしちゃうし!
見て、この生地、ヤバいし!」
ニーナは漢服の生地を触り、素早くワシの体に巻き付け、密着する機会を逃さない。
「ああ、師匠様……!
この真紅は、世界の血、いや、命そのものの色……!
わたくしが、このお召し物を師匠の神体に奉仕させていただきますわ!」
エレナは感動のあまり涙を流しながら、衣装の装飾を整える。
「うう……師匠の体を……独り占め……♡
私、誰も寄せ付けないから……!
この空間は、私と師匠だけの秘密……♡」
スーザンはワシの腰にピッタリと抱きつき、その密着具合に陶酔し、
女子生徒たちを威嚇するような視線を送る。
「はわわわ〜、師匠の体のラインが、とっても綺麗ですぅ〜!
あ、私が紐を締めすぎたかも!
ごめんなさい〜!」
パッツイは興奮で手元が狂いそうになりながらも、ワシの着付けに必死になる。
(いや、近い、近い!
お前たち、興奮しすぎじゃ!
それに、この布、何重にもなってて暑苦しい!
早く開放してくれ!)
大興奮の女子生徒たちは、ワシの着替え、着付けを手早く進めていく。
彼女たちにとって、赤を基調とした漢服の皇后の衣装は、初めて見る異文化の豪華な衣装だった。
数分後、更衣室のドアが開いた。
そこに立っていたのは、いつもの聖女服ではない、真紅の衣装を纏ったワシの姿だった。
男子生徒たちの歓声が厨房に響き渡る。
「おおおお!
師匠こそ真のクイーン!
あまりの威厳に、僕の膝が勝手に砕け散りそうです!」
イルムは、興奮のあまり眼鏡を光らせながら、異国の衣装の構造について熱弁をふるう準備を始める。
「ミーの太陽、今日の衣装はまさにアメージング!
この赤は情熱の炎だよ!
ミーも師匠とペアルックしたい!」
エストラードは自身のナルシズムすら忘れ、ワシの美しさに心から溺愛の声を上げる。
「アメイジングだぜえ!
この衣装は、異国の『エンペラー』のインテリジェンスを感じるぜえ!
まさにヒストリー(歴史)を変えるファッションだぜえ!」
メガデスがエセインテリ風の口調で、豪華な衣装を称賛する。
「師匠様……!
その装束、戦国の時代に拙者が着ていたら、きっと天下を取れたでござる!」
シルビアは目をハートにし、漢服の袖の広がりを武具に見立てて妄想している。
「うわっ……!
師匠、この衣装のフォルム……完璧であります!
その威厳、まさに我らが司令官であります!
佩刀があれば、無敵であります!」
ペーターは感極まった様子で熱弁し、わずかに顔を赤くする。
カイリーは、男子生徒たちの反応を見てゴクリと喉を鳴らした。
「あの威厳と真紅の衣装……!
これは、たまらないシチュエーション……!」
真っ赤な刺繍と金色の装飾を施された華やかな衣装を身に纏い、ワシは呆然と鏡を見た。
「な、なんじゃこりゃあ!」
(皇帝みたいになっとるううう!
派手すぎる!
動きにくい!
ワシは学食の裏口でまかないを食うつもりだったんじゃが!)
ワシは、己の姿に戦慄しつつも、この衣装が醸し出す権威に、
内心ひどく落ち着かない気持ちになったのであった。




