第150話 ワシみんなに抱きつかれる
広場は熱狂に包まれていた。
ワシの背徳スープを飲んで全快した貴族や庶民たちが、ワシを讃えるシュプレヒコールを上げている。
「味変!」
「味変!」
「聖女アサリーヌ万歳!」
その喧騒の中、一人静かに――しかし猛烈な勢いで、ワシの足元に膝行してくる影があった。
【正統派聖女】ロザリア・ラ・グロリアである。
彼女は、プライドの象徴だった純白のローブが泥に汚れるのも構わず、ワシのブーツに額を擦り付けた。
「師匠……!
どうか……どうか、この無知蒙昧な私を、弟子にしてくださいませ!」
「は?」
ワシは美少女聖女の仮面の下で、素っ頓狂な声を上げそうになった。
「私は間違っていました。
高潔さなど、飾り物に過ぎなかった。
真の救済とは、泥にまみれ、油にまみれ、人の欲望を肯定することにあったのですね!」
(マズい。
このエリート聖女、真面目すぎて極端に振れすぎじゃ!)
ワシは震えるロザリアの肩に、そっと手を置いた。
「ロザリアよ。
顔をお上げ。
お主の力は、正教会の権威という『武器』にあってこそ広まるのじゃ」
ワシはもっともらしい顔で諭す。
「お主には、『教会と味変正教会のパイプ役』として、元の場所で働く使命があるのじゃよ」
ワシの言葉に、ロザリアが雷に打たれたような顔をした。
「パイプ役……!
内部からの……変革……!
ああ、なんて深慮遠謀……!
私は自分の感情だけで動こうとしていました。
師匠は、世界の構造そのものを変えようとなさっているのですね!」
(要するに、面倒な貴族の相手や、教会との折衝は全部お前がやれってことじゃ!
ワシの防波堤になれ!)
「分かりました!
このロザリア、恥を忍んで教会に残りましょう!
表向きは正統派を装いつつ、裏では師匠の手足として、粉骨砕身働きます!」
ロザリアは、屈辱的な残留を「極秘任務」と解釈し、喜々として受け入れた。
これで、教会内部に都合のいいスパイ……もとい、協力者が爆誕したわけだ。
「うむ。期待しておるぞ」
その光景を、ステージの隅で呆然と見つめる者がいた。
【勇者聖女】瑠璃である。
「嘘でしょ……?」
「ロザリアが……あの頑固なロザリアが、あんな異端者にひれ伏すなんて……」
瑠璃の手から、聖なる杖がカランと滑り落ちた。
彼女の周りには、もう誰もいない。
さっきまでちやほやしていた貴族たちも、今はワシのスープを求めて列を作っている。
教会の騎士たちも、ロザリアの変貌を見て混乱し、瑠璃を守ろうともしない。
(なんで!?
どうしてこうなったのよ!
私のキラキラした異世界ライフは!?
聖女としてチヤホヤされて、イケメン勇者と結ばれるはずだったのに!)
瑠璃は唇を噛み締めた。
あの下品な美少女聖女に、自分の全てが否定された。
教会の後ろ盾も、国民の信頼も、この一瞬で全て失ったのだ。
「あのスープ……」
「悔しいけど、私には作れない」
「今の私には……価値がないの?」
恐怖が、彼女の足を震わせる。
このままでは、「ただの可愛いだけの元アイドル」に逆戻りだ。
異世界で無力な存在になることほど、恐ろしいことはない。
「……戻らなきゃ」
瑠璃は、ふらつく足で立ち上がった。
「勇者パーティに……隼人のところに戻らなきゃ」
「あそこだけが、私の居場所。
私が『聖女』でいられる場所……」
彼女は逃げるように広場を去った。
だが、その背中にあった自信と輝きは、完全に失われていた。
胸に刻まれたのは、決定的な敗北感と、「自分は無力かもしれない」という消えないトラウマ。
そして彼女はまだ知らない。
逃げ帰る先の勇者パーティもまた、教会の支援停止によって資金難に陥り、地獄の釜の蓋が開こうとしていることを。
「師匠ォォォオオオ!!!」
ワシがロザリアに声をかけた瞬間、騎士団の制止を完全に振り切ったクラスの生徒たちが、熱狂の渦となってステージになだれ込んできた。
「師匠!マジでカッケーっす!
敵の大将を『窓口係』にするなんて、最高の勝利っす!」
セベスがワシを抱き上げようとして、ロザリアに睨まれ、慌てて手を引っ込める。
「師匠っ!
敵対していた方も、師匠の深淵なる愛に目覚めたのですねっ!
流石ですっ!
私ももっと修行しますっ!」
リリアが目をキラキラさせてワシのローブの裾に触れる。
「師匠様!ご無事で何よりですわ!
あの聖女ロザリアを内部に取り込むとは……さすがは師匠様!
戦略が深すぎますわ!」
セリーヌが感動で膝を震わせる。
「マジ神すぎんし!
教会ざまぁ!
ロザリアがパシリになったとか、ウケるし!
うちのサークルに入れてあげたいし!」
ニーナがワシの腕に密着し、ギャル口調でまくし立てる。
「ああ、師匠様……!
貴女の慈愛は、頑なな原理主義者の魂すら溶かすのですね!
信仰の深さに、エレナ、感動ですわ!」
エレナ先生が涙を流してワシの足元に跪く。
「師匠……もう、どこにも行かないでね……♡
私、師匠がいなくなったら、世界を壊しちゃうところだったんだから……♡」
スーザンがワシの腰に抱きつき、メンヘラ全開の愛情表現をする。
「勝利おめでとうございます、師匠!
敵を味方に変えるとは、王道を超えた邪道……!
いや、まさに僕らが求めていた展開です!
最高のオタクリスペクトを捧げます!」
イルムが礼儀正しく、しかし熱狂的に称賛する。
「ミーの太陽、輝きすぎだよ!
ロザリアも改心してビューティフル!
ミーも師匠にその愛を届けたい!」
エストラードがキラキラした瞳でワシを見つめる。
「拙者の師匠こそ、真の聖者でござる!
ロザリアのあの屈辱的な表情……拙者、一生忘れないでござる!」
シルビアが興奮して刀(模造品)を抜こうとする。
「はわわわ〜、師匠、あんな偉い人を味方にするなんてすごい夢みたいですぅ〜!
師匠のおかげで、私も夢女子として頑張れますぅ〜!」
パッツイが感動でわなわな震える。
「……こらこら、お前たち」
ワシは美少女聖女の外面で、優しく微笑み、静かに手を上げた。
「ワシはもう大丈夫じゃ。
皆の心配は感謝するが、今は静かにせねばならん」
(ヤメロ!静まれ!
もう疲れたんじゃ!
スーザンの抱きつき、暑い!
パッツイ、ドジってロザリアにぶつかるなよ!)
「さあ、皆。ワシらは学園に戻り、美味しい飯を食うとしよう。
それが、ワシの望みじゃ」
ワシの言葉は、生徒たちには「清貧な師匠の、ささやかな望み」と解釈された。
「おおお!
師匠の望みを叶えるぞ!」
「学食に急ぐであります!」
生徒たちは、ワシの指示に従い、来た時と同じ熱狂を伴って広場を去っていった。
ワシは安堵のため息をついた。
「ふぅ……。やっと終わったか」
ワシは路地裏で、大きな伸びをした。
「師匠、お疲れ様っす!
いやー、まさかロザリア様まで籠絡するとは。
女たらしっすねえ」
セベスがニヤニヤしながら言う。
「人聞きの悪いことを言うな。
あれは人材配置の最適化じゃ。
適材適所。
これぞ大人の知恵よ」
(これで教会からのクレームは全部ロザリアに行くな。
ワシは学園で、のんびりとスープの研究でもするとしよう)
ワシは安堵のため息をついた。
教会の権威は崩壊し、ワシの平穏は守られた。
ワシはセベスを伴い、喧騒から解放された王都の路地を、悠然と学園へと向かった。




