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二百四十六 蹂躙矢の如し

 一足早く帝国へ向かうべく街道を疾走していた紅は、ふと前方に関所を兼ねた砦らしき建造物の存在を感じ取り、緩やかに速度を落とした。


 ゆったりとした歩調で近寄りつつ様子を探ると、戦時下のためか門はぴったりと閉じられ、通行許可を待つ人々の列もなく、見張りの兵の姿だけがあった。


 さぞ退屈しているだろうと思いきや、遠目からでもこちらに気付いた様子で、鋭い視線が身に突き刺さるのを紅は感じた。


「そこで止まれ! 一度だけ警告する! 現在この道は通行禁止だ! 誰だろうと通すことはできん! 即刻立ち去れ!」


 見張りが声を張り上げている間にも、脇の詰所から武装した兵がぞろぞろと現れ、門の上にも狙撃兵がずらりと居並んだ。


「ふふ。たった一人に大層な警戒ぶりですね。一体何に怯えているのですか?」


 紅が警告を無視して踏み出した瞬間、複数の発砲音が鳴り響いた。


「警告はしたぞ。従わない者は例外なく排除せよとの命令だ。悪く思うな」

「命令とは言え、ためらいなく撃つとは。教育が行き届いていますね」

「な、いつの間に!?」


 狙撃されたはずの少女が、一瞬で門前へ現れたのを見て兵らがどよめく。


「所属を確認する手間が省けました。その銃声はしっかりと覚えていますから。帝国軍ならば遠慮なく押し通ります」

「関破りだ! 戦闘配置!」


 即座に見張りが叫び、他の兵が呼子笛を吹き鳴らすと、にわかに砦内が騒然となる。


「判断が早くて結構。実に斬り甲斐があります」


 敵襲を報せると同時に周囲の兵が一斉に銃を構えるが、その時にはすでに紅の刀は抜き放たれていた。


 引き金が引かれる前に兵らをばらばらの肉片へ変え、同時に砦の門も外壁ごと派手に斬り飛ばし、中庭に集結し始めていた人員を多数巻き込み戦闘不能にする。


「いざ。皆様のお命頂戴(つかまつ)ります」


 悲鳴と怒号が沸き起こる中、強引にこじ開けた門内へ踏み入った紅を、待ち構えていた兵が果敢に迎え撃った。


 高所や砦の柱、壁の陰などに陣取り、数多の弾丸をばら撒いて紅の前進を止めようとする。その動きに迷いはなく、よく訓練された兵だと察しが付く。


 しかし彼らが繰り出す密集射撃でさえ、紅は意に介さなかった。


 傍目には悠然と歩んでいるだけだというのに、弾丸が身体をすり抜け、あるいは突然消え去り、一発たりとも当たることはない。


 紅はソーサリア戦にて散々弾雨に晒され、今や魔銃の射程や速度を完全に把握している。


 その経験を活かして、始めから狙いがずれている弾を無視し、当たりそうなものは斬り落としているだけに過ぎなかったが、それですら常人が目で追える速度ではなく、結果的に敵からは不可視の防壁に身を守られているように映っていた。


 連射される弾幕の中をゆっくり横切る紅だったが、いつまでも受け身でいる訳がない。


 不意に進行方向を変えて壁際に寄ると、右手にぶら下げた刀を無造作に一閃させる。


 そして背を向けて別の場所へ歩き出した途端、石造りの砦の壁にたちまち無数の切れ目が入って倒壊し、身を隠していた兵達を圧し潰していった。


 とは言え彼らは痛みを感じなかっただろう。

 壁と共に斬り刻まれ、下敷きになる頃にはすでに絶命していたのだから。


 その光景を見た他の兵は戦慄せざるを得なかった。


 軌跡の一端すら見えぬ、頑丈な建物を容易く切断する絶技。


 少女が向かう先でそれを振るえば回避する術はない。


 しかし今更逃げることもできず、生き残るために希望を込めて銃を撃ち続ける他ないのだ。


 紅はにこにこと穏やかな笑みを浮かべ、一ヵ所ずつ兵の集まっている場所を選んでは斬り崩していく。追い詰められた兵らの恐怖を煽り、じっくりと味わうように。


 一対千単位の構図であるが、戦場を支配しているのは間違いなく一人の少女であった。


 そうして砦の半分ほどが崩壊した頃。


 ばさりばさり、と。聞き慣れた羽ばたきが複数紅の耳に届く。


 同時に頭上の陽光を遮る影が現れ、灼熱の息吹が紅を襲って後退させた。


「──やはり攻めて来たか悪魔め! 本国の危惧通りだったか!」

「おお! 竜騎士隊の加勢だ!」

「助かったぞ!」


 恐らく付近の拠点から派遣されたのだろう。竜騎士隊の長が叫ぶと、砦の兵から歓声が沸き起こった。


「我らの前で好きにはさせん! オルネスト大佐の無念をここで晴らす!」

「おや。もう漏れているとは」


 三騎将旗下の部隊は皆殺しにしたはず。ソーサリアの奪取に気付かれたことと言い、情報伝達に長けた者の存在がいよいよ現実味を帯びてきた。帝国は入手した情報からこちらの進軍を予期したのだろう。警備の厳重さも納得であった。


「総員散開! 奴が消し炭になるまで攻め立てよ!」


 紅の背後はすでに瓦礫の山と化しており、竜騎士も砦への配慮は不要と見たらしい。

 十頭あまりの編成で陣形を作り、紅の逃げ場を塞ぐように一斉に火炎を投射する。


「ふふ。何やら懐かしい構図ですね」


 かつて別の竜騎士隊に待ち伏せされたことを思い出し、紅は炎を軽々と回避しながら淡く微笑んだ。


 あれから氷竜と火竜という希少種と対峙し、リュークを日常的に観察したお陰で飛竜の特性もある程度理解が進んだ。平凡な竜騎士など、いくらでも対処のしようがある。


 すでに紅の頭には何通りかの攻め筋が浮かんでいたが、どれを実行しようかと思案する隙を突き、四方八方から業火が迫る。


「なかなかに急かして下さいますね。もう少し愉しみたかったのですが」


 紅は肩をすくめた格好の残像を残してその場から消え去ると、行く手にいた兵らをついでに斬り捨てながら砦の無事な部分を駆け登り、屋上から上空高くへ跳躍した。


 竜騎士隊は紅の姿を見失い、闇雲に火炎を吐き続けている。


 その陣形の合間を一息にすり抜け、向かい側の棟へ着地した瞬間、全ての竜騎士と飛竜の身が縦にぱっくりと切り離されていった。


 飛竜の口からは火炎の吐息が未だ垂れ流しで、落下しながら砦の中を火の海に変えていく。


 火災の被害と竜騎士敗北の衝撃で兵は恐慌に陥り、もはや部隊の体を成していなかった。


「ここまでですね」


 いかに精強な軍でも、統率を失えば烏合の衆。まともに相手をする価値はない。


 見切りを付けた紅は、一刀の下に砦全体を斬り崩し、瞬時に駐屯部隊を沈黙させた。


「遠征中の部隊には、もう三騎将のような突出した猛者はいないのでしょうか。この分では道中の拠点をしらみ潰しにしても、すぐに帝都へ着いてしまいそうです」


 あまりの手応えのなさに、紅は不満を漏らしつつ納刀した。



 ウィズダームより西に位置する国々は、今も帝国の占領下にある。


 行く先々の街や砦には当然相応の数の部隊が配置されていたが、紅は喜び勇んで正面から挑んで行った。


 先刻のようにろくな抵抗も許さず、奴隷兵がいようが住民がいようがお構いなしに、全てを平等に斬り刻む。


 ソーサリアで行った虐殺とまったく同じ手口で容赦のない進軍を続け、すでにいくつかの地域を壊滅させていた。


 それでも決して満たされぬ飢えが、紅の胸中を今も苛んでいる。


 中途半端に三騎将とやり合ったのが原因ではないか、と紅は思う。

 最低でもあの格以上の相手を続けて喰らわねば、到底満ちることはないだろう。


 しかし帝国はすでに半ば死に体。他にあてがない以上、帝都にいるという大物に期待するしかあるまい。


「はて、そう言えば。カティア達はどうしているでしょうか。そろそろ友軍と合流した頃合いだと思いますが」


 ここまで好き放題に暴れて忘れていたが、ふと派遣した部下を思い出す。


 紅としては増援などまったくあてにしていないが、せっかく増えた持ち駒を遊ばせておくのも忍びない。リュークが首尾よく獲物を帝都に追い込み、退路を断ってくれれば儲けもの、という程度の認識で送り込んだのだ。


 当然先に到着したなら、南の援軍を待たずに攻め込むつもりでいる。


「公国の皆様、来るのならお急ぎなさいませ。到着が遅れれば、帝国が滅ぶ瞬間を見逃してしまいますよ」


 己の勝利を微塵も疑わず、くすりを笑みをこぼした紅は、次なる獲物を求めて一陣の風と化し、街道を再び駆け始めた。


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