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二百四十五 雪花氷嵐

 アッシュブールを飛び立ったアトレットとリュークは、街道沿いを瞬く間に北上し、帝国との国境付近へ迫っていた。


 以前紅が帝国軍を喰い散らした際に残した爪痕は深く、上空からでも街道の至るところが激しく破損しているのがよくわかる。


「わお、さすが紅様。容赦ないなー」


 眼下を通り過ぎていく惨状を見下ろしながら、アトレットは興奮と畏怖の入り混じった感想を漏らす。


 再整備を考えると眩暈を覚えるような荒廃ぶりだが、それでも公国は帝国軍と睨み合いをしながら、少しずつ復旧を進めていたらしい。時折、道の脇に石材や木材などが高く積まれているのが散見された。


 しかし、やがて視界に入って来た大穴──休戦の直接のきっかけとなった、紅によって引き裂かれた断崖については一朝一夕でどうこうできる規模ではなく、ほぼ手つかずだった。


 どうやらそこが現在の国境線らしく、手前には公国の守備隊が分厚い陣を展開している。


 対して大穴付近の高台にはかなりの数の帝国軍が居座っており、多くの狙撃兵が厳重警戒の態勢を整えていた。これでは道の修復どころか、近寄ることも困難だろう。


「ははーん。なるほどねー。街道を直そうにも帝国が邪魔だから、あたし達が掃除してから落ち着いて取り掛かろうってことかー」


 双方から見えぬように高度を上げて、地上の状況を観察していたアトレットは、納得した様子で腕を組んだ。


 大穴の向こう側は山間部への入り口となっており、両側には切り立った高い崖が続いている。


 他に迂回路は見当たらず、公国軍が北上するには、この街道を通る以外に選択肢はない。帝国もそれを承知で封鎖に専念しているのだ。


「ま、あたし達には地形なんて全然関係ないんだけどねー。まさか真上から襲われるなんて思ってないでしょー。それじゃあリューくん! 一発ぶちかましてやろうぜ!」


 アトレットが赤いたてがみをわしゃわしゃと撫でると、リュークはぐるると喉を低く鳴らし、身を隠していた雲間から急降下を始める。


 最早馴染みの手となった上空からの奇襲は、今回も効果覿面(てきめん)であった。


 アトレットの読み通り、帝国軍は頭上への警戒をまったくしておらず、完全に無防備なままで突如降りかかった白氷の息吹に呑み込まれた。


「何事だ!?」

「吹雪だと!? こんな低地で!?」


 第一波を逃れた帝国兵がにわかに騒ぎ出すが、リュークの姿を発見する前に、猛然と吹き付ける氷雪に切り刻まれ、押し流されて、たちまち氷山の一部と成り果てていく。


 高台がすっかり純白に染め上げられると、やがて異変を察した本隊らしき重装騎兵隊が街道の奥から土煙を伴って現れた。


「うんうん。予備兵くらいもちろん用意してるよね。帝国兵を一匹見たら他にもいると思えって言うくらいだし。思ったよりは反応が早いけど、ちょ~っと慌てすぎなんじゃない? そんなに真っすぐ突っ込んで来ちゃっていいのかな?」


 増援を予想していたアトレットは、悪戯っぽい笑みを浮かべながら弓矢を手にし、道具袋から爆裂弾を一掴み取り出した。


「んっふふ~。紅様と雪遊びしててよかった~。お陰でいいこと思い付いちゃったし」


 アトレットが爆裂弾を新雪の上へばら撒くのと同時に、リュークが高度を上げて退避してゆく。


 激しく揺れるリュークの背の上で、アトレットは極限まで集中力を高め、続けざまに矢を連射した。


 そしてわずかに時間を置いた後。


 どおん! と。


 紅蓮の花火が大音量と共に複数咲き誇ったかと思うと、余波を受けた急ごしらえの雪山が激しく震え、大量の積雪が谷底へ向けて覆い被さり始めた。


 アトレットの放った矢が次々と爆裂弾を射抜き、その爆発によって大規模な雪崩を引き起こしたのだ。


 騎兵隊は慌てて急停止し、旋回しようと試みるが、時すでに遅し。


 怒涛の勢いで滑り落ちる白銀の津波は回避も逃亡も許さず、憐れな兵らの悲鳴を掻き消し、もうもうと白煙を上げて街道ごと全てを呑み込んで行った。


「あっはははは! 計算通り! 帝国軍がゴミみたいにきれいさっぱり片付いた!」


 己の策が見事にはまり、手を叩いて喜ぶアトレット


 以前(おこな)った雪中訓練時に紅から教わった雪の性質を思い出し、氷竜となったリュークの特性を有効活用すべく編み出した一手であった。


「ふふん、リューくんばっかりいい恰好させないもんね! この調子で、あたしがおまけなんかじゃないって皆に教えてやるぜ!」


 そう息巻きながら、アトレットは双眼鏡を覗き込んで地上の様子を油断なく探る。


 一帯を埋め尽くした雪崩の中で動く者はなく、一息ついたところで、はたと味方の存在を思い出して背後を振り返った。


 公国軍は不意に現れた青き巨竜の暴威を前に、激しい動揺に見舞われていた。

 混乱と不安が入り混じるざわめきが、上空にいるアトレットの元まで届く。


「ありゃー。奇襲のためだったけど、何も知らせなかったのはまずかったかー」


 多少の負い目を感じたアトレットが、頭を掻きながらため息をついた。


「どうしよこれ。すごい騒ぎになってるし、わざわざ降りて説明するのもめんどいなー……ん? 閃いた!」


 アトレットは自力での釈明を逃れるべく、道具袋を漁って巻物を取り出した。


 キール中将自ら作戦概要を記した書状らしく、アッシュブールを発つ前にカティアから受け取ったのだ。


 氷竜が味方であると証明するために守備隊へ宛てたもので、本来なら直接部隊長に見せるべき重要文書であったが、アトレットはためらいなく余白に矢じりを突き刺して即席の矢文やぶみに仕立てる。そして弓を構え、地上目掛けて素早く発射した。


 狙い違わず、矢文は守備隊付近の地面に突き刺さり、気付いた兵が恐る恐る回収に向かった。


「これでよし! あれを読めば事情はわかるよね、多分。お待たせリューくん! 帝国狩りの続きだ! すぐに増援が来たってことは、近くに本陣があるはず! まだ兵が残ってるかもだし、伝令を出される前に潰しちゃおう!」


 満面の笑みで拳を突き出すアトレットに応え、高らかに咆哮を上げたリュークは力強く羽ばたき始めると、雪の結晶を舞い散らしながら天空彼方へ飛び去った。


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