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8話 ~友達の唄~

 

「ジュンじゃねえか。お前、今までどこで何をしていた?」


 王様が座るような立派な石の椅子。そこに腰かけた、ひときわ体格の大きなゴブリンが鋭い眼光で問いかけた。この岩山を束ねる長、ブルザだ。


「外にいたよ、ブルザ。剣を研いだり、滝のところで修行したり……。だから帰ってきて驚いたんだ。ガボはどこだ?」


「そうか。お前は『変なゴブリン』だからな。……だから助かったのか」


 ブルザの声には、いつもの威圧感はなく、どこか深い疲れを含んだ溜息のような響きがあった。準之介はその不穏な空気に、さらに踏み込む。


「……ガボは、どこだ?」


「死んだよ」


「っ……!」


 その答えは、最悪のパターンとして予想していたものだった。それでも、言葉として突きつけられた瞬間、準之介の心臓を鋭い針で突き刺したような痛みが走った。


「どうしてだ……。昨日の夜は、ただの小競り合いのはずだろ?」


「そうだ。お前たちが参加しているのは、魔王同士が本気でぶつかる気のない、ただの小競り合いだ。だがな、戦場は戦場だ。予想もしなかったことが起きるのは、魔界じゃ日常茶飯事なんだよ」


「……何があった」


「人間だ」


「人間?」


 準之介の頭に、前世のひ弱な「人間」の姿が浮かぶ。だが、ブルザが語るそれは、全くの別物だった。


「全身に白銀の甲冑を纏い、馬に乗った人間が、乱戦の最中に突如として現れた。そして、殺した。どっちの味方でもなく、そこにいた魔物のほとんどを、だ。あれは普通の人間じゃねえ。多分、連中が『勇者』とか呼んでいる化け物の類だろうな」


 思いもしなかった言葉に、準之介は自分が息を止めていることに気がついた。


 ゴブリンとして自由に、気ままに生きていたはずだった。死ぬことなんて怖くないと思っていた。それなのに、胸の奥を抉られるようなこの喪失感は何だ。


 一体なぜ。


「……勇者。ガボがお前に、一体何をしたって言うんだ……」


 絞り出すような呟きが、静まり返った洞窟に消える。しばらくの沈黙の中、ブルザは、じっと準之介のことを見つめていた。


「これを受け取れ」


 ブルザが差し出した、使い込まれた分厚いてのひらの上。そこには、ひとつの魔石が乗っていた。


「あいつの、ガボの魔石だ」


「…それはあんたが持っておくべきだ。息子の形見なんだから」


「さっきまではそのつもりだったさ。だがな、今のお前を見ていて思ったんだ」


 ブルザの声は、岩のように重く響いた。


「俺が大事に抱えていたところで、ガボは喜ばない。あいつはゴブリンのくせに魔王を目指していた馬鹿野郎だ。だったら、お前と一緒に戦場へ行きたいはずだ。後生大事に飾られて満足するようなタマじゃねえ」


「けど……」


「いいから受け取れ!」


 無理やり掌に押し付けられたその魔石は、温かくも冷たくもなかった。他の魔石と混ざってしまえば、区別もつかないほどにありふれた、濁った色の石だ。


 この使い道はひとつしかない。


「……ありがとう」


 準之介は、勢いよくそれを飲み込んだ。


「親友」と呼ぶほどの深い付き合いだったわけじゃない。ただなんとなく気が合って、会えばくだらない馬鹿話をしていただけの間柄だ。


 小さくなってしまったガボが消えていく。だけど泣いたりはしない。ゴブリンに涙なんて似合わないから。


 腹の中に納まった魔石が、体の中で痺れを伴う熱へと変わっていく。いつもより激しく、荒れ狂うような魔力の波動。ガボが魔力となって準之介の血肉に溶け込んでいく実感。


 直後、頭の中に無機質な声が響いた。


 《特殊魔法『疾風波動しっぷうはどう』を獲得しました》


 初めて手に入れた特殊魔法。それは限られたものだけが持つ常識を超える力。願っていた特別な力が、まさかこの時に手に入るとは思ってもいなかった。


 その日はなかなか寝付くことができず、湿った土の上で何度も寝返りをうった。


 目を閉じれば、笑っていたガボの横顔や、魔石を渡してくれた時のブルザの表情、胃の中の僅かな熱が、頭の中を駆け巡る。


 ゴブリンは夢を見ない。


 少なくとも準之介は、この世界に転生してから一度として夢を見たことがなかった。ゴブリンの脳には過去を振り返り、幻を見るための余白など、存在しないのかもしれない。


 それでも、今日だけは………今日だけは………。その淡い期待は、ついに叶わなかった。





最後まで読んでいただきありがとうございました。


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