7話 ~別れの予感~
朝日が昇りかけ、紫紺の空が白み始めた山道を、一匹のゴブリンが足早に登っていく。準之介だ。
いつもならもっと余裕をもってねぐらに戻るのだが、今日はどういうわけか、滝での鍛錬に没頭しすぎてしまった。自分の体が思い通りに動く感覚が楽しくて、気がつけば活動限界の時間が迫っていた。
魔物は夜に強く、朝に弱い。鍛錬の疲労も相まって、体は鉛のように重く、だるい。だが、その怠さは驚くほど心地よかった。
(会社に押し付けられた仕事で、ボロ雑巾みたいになって帰宅していた頃とは大違いだ。……自分の意志で、楽しんで疲れる。悪くない気分だ)
だが、岩山にぽっかりと開いた自然の横穴――自分たちの住み家――の入り口が見えたとき、準之介の足が止まった。
(……なんだ、この感じは)
理屈ではない。肌を刺すような違和感。彼は反射的に愛剣『錆丸』の柄を強く握りしめた。
(リラックスだ、落ち着け……)
張り詰めた緊張を意識して解きほぐす。一体、中で何が起きているのか。意を決して、彼は横穴が作り出す深い闇の中へと足を踏み入れた。
最初は、外敵による襲撃を疑った。しかし、洞窟内に漂う空気はそれとは違う。残っているゴブリンたちに殺気はなく、ただ重苦しい静寂だけが沈殿しているのだ。
(……数が、減っている?)
そこでようやく、彼は決定的な異変に気づいた。いつもなら所狭しとゴブリンが転がっているはずの空間に、隙間が目立つのだ。
(戦場で、何かがあったのか……)
準之介は「ガボ」を探した。
戦場で何度か顔を合わせるうちに、自然と軽口を叩き合うようになった片耳の欠けた若いゴブリン。俊敏な身のこなしでナイフを操り、いつも他のゴブリンより多くの魔石を掠め取っていく、要領のいいやつ。
あいつは戦場に出ることを日課にしていた。昨日も、間違いなく出陣していたはずだ。
「……っ、なんでいないんだよ」
いつもの場所に、あいつの姿はない。
嫌な予感が胸をよぎる。「死ぬのは怖くない」なんて、顔を合わせればお互いに笑いながら言い合っていた。けれど、いざその存在が消えてみると、胃の奥に冷たい石を詰め込まれたような感覚がした。
準之介は、洞窟のさらに奥へと歩き出した。
そこには、この住み家を束ねるボスがいる。ここにいるどのゴブリンよりも長く生き、体が大きく、そして圧倒的に強い男。
「ブルザ」なら、何かを知っているはずだ。
一歩進むたびに、湿った地面が準之介の足音を吸い込んでいく。その先に待っているのが望まぬ答えだったとしても、彼は確かめずにはいられなかった。
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