6話 ~休日~
轟々と大地を震わせる大きな滝の麓に、一匹のゴブリンが立っていた。準之介だ。
彼はドウジマに研いでもらったばかりの愛剣『錆丸』を握り、真っ白な飛沫を上げる奔流に向かって、一心不乱に刃を振るっていた。
研ぎ澄まされてなお、その刀身は赤茶けた錆に覆われているが、振るたびに鋭い風切り音が周囲の轟音を切り裂く。
準之介は、戦場に出た翌日は必ず「休養」に充てると決めていた。深い理由があるわけではない。ただ、連日戦うよりも一日置いたほうが死なない気がする、という生存本能に近い直感だ。
(日本にいた頃なら、休日は昼過ぎまで寝て、あとはネットサーフィン三昧だったのにな……)
かつての自堕落な生活を思い出し、自分でも不思議に思う。
なぜ今の自分は、貴重な休日をこんな「自分磨き」に費やしているのか。
別に「意識高い系」に目覚めたわけでも、世界最強を目指しているわけでもない。
ただ、純粋に楽しいのだ。
魔界における成長は、日本でのそれとは比較にならないほど明快だった。
普通の人間がジムに通って、自分の身体の変化を実感できるまでには、およそ一ヶ月はかかると前世で聞いた事がある。
かつての準之介にとって、継続的な努力が必要なトレーニングは、最も縁遠いものの一つだった。しかし、この魔界のルールはもっと単純で、そして恐ろしくスピーディーだ。
(ここでは、その一ヶ月分の変化が、わずか「一日」で訪れる)
さらに言えば、地道なトレーニングなど積まなくてもいい。戦場で奪い取った魔石を体内に取り込むだけで、その効果は目に見えて、劇的に現れるのだ。
昨日よりも高くジャンプでき、昨日は持てなかった巨石を軽々と放り投げる。身体の芯から力がみなぎり、筋肉の繊維一本一本が鋼に作り替えられていくような感覚。その圧倒的な「即効性」こそが、この世界の快楽だった。
そしてこの魔界という場所において、成長の成果は「戦場」という実戦ですぐに試すことができる。
本能のままに戦い、勝利を掴み取る。奪った魔石で、さらなる高みへ身体を引き上げる。
おまけに、この世界には汗水垂らして稼いだ報酬から税金をかすめ取っていくような理不尽な輩もいない。手に入れた成果は、文字通りすべて自分のものだ。
この、あまりにもシンプルで分かりやすい「等価交換」が、今の準之介にはたまらなく心地よかった。
「ふんっ……!」
一閃。
叩きつけられる水の重圧を錆びた刃を水平に薙ぎ払う。
(いつか、この巨大な滝そのものを両断できるようになりたい……)
水しぶきを全身に浴びながら、準之介は自然と笑みをこぼしていた。
荒唐無稽な妄想かもしれない。だが、磨けば磨いただけ「化け物」になれるこの世界において、その夢は決して夢のままで終わらない。
冷たい飛沫の中に、確かな熱を帯びた「ゴブリンの咆哮」が朗々と響き渡った。
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