42話
ダンジョンの中でゴブリンと幽霊の追いかけっこが続いている。
「一回聞いてくれ、俺はカツジなんだ!」
「嘘つけ! 人間のおっさんじゃねぇか!」
「確かに姿はそうだ。だが、ゴブリンになる前は人間だったんだ。しかも、こことも違う別の世界から来た人間だ。その時の俺の名前は丸山勝次。探検家だったんだよ」
「探検家……?」
「世界各国の洞窟なんかを探検して、それを本にして金を稼いでいた。こう見えてもテレビで特集されたことだってあるんだぞ」
「ふーん……」
「し、信じてくれたか!?」
幽霊がパッと嬉しそうな顔をする。
「まあ、少しは」
「おおっ!」
「この世界の人間やゴブリンに、そんな嘘が思いつくはずがない。異世界人だったってこと自体は間違いないと思う」
「さすがっ! さすがはジュンだ! 君ならこんな荒唐無稽な話でも、分かってくれると思っていたよ!」
立ち止まった準之介は振り返って幽霊を真っ直ぐに見つめた。
「もしかして、俺に何か伝えたいことでもあるのか? あるなら聞くぞ」
「おお!ようやく話を聞いてくれる気になったか。そうなんだ。さっき君が拾ったのは私の魔石だ」
準之介は鞄から取り出したそれをじっと見つめた。
「伝えたいのはその事なんだ。……ジュンよ、遠慮なくそれを取り込んでくれ。形見だなんだと、そんな事を考える必要はないぞ。遠慮なく取り込んで君の力にしてくれ。それを伝えたかったんだ」
「………魔石は魔物の魂の結晶だって聞いた」
「そうだな。魔石が消滅すれば、私は幽霊でもいられなくなる可能性が高い。幽霊が何かは私自身も良く分かっていないが、恐らく魂なのだろう。つまり、その大元である魔石が消滅すれば今の私も消滅する」
「それなのに、どうして……?」
「色々試してみたんだがな、幽霊の状態では魔法陣の上に乗っても何も起こらんのだ。つまり、私はこの階層から出ることができないということだ」
「そうだったのか……」
「私がダンジョン探索にこだわっていたのは、未知を求めるためだ。それなのに、何ひとつ変化が起きないであろうこの階層に留まり続けることは、私にとっては地獄も同然なんだよ。だったら、役に立って終わりたい。これから冒険を続けていくであろう、ジュンの役に立ってな」
「なんだか……分かる気がする」
「そうだろう?」
ゴブリンになってからは、人間だった頃と比べて退屈に耐えられなくなっている気がしていた。スマホなどの時間潰しの道具がないことも理由だろうが、何か行動を起こさねば気が済まないというか、戦って勝利する興奮を身体が求めている感覚があるのだ。
「実は、私は特殊スキルを持っている。私の魔石を取り込めば、それがジュンに受け継がれる可能性もある。そういう話はゴブリンの間でもよく言われていることだからな」
「一体どんな特殊スキルなんだ?」
「聞きたいか?」
「もちろん」
準之介が頷くと、カツジはとても嬉しそうな顔をした。
「それでは教えてあげよう。私の特殊スキルは『成らぬ堪忍するが堪忍』だ。効果としては、敵の攻撃を受ければ受けるほど、自身の魔力が増幅されるというものだ」
「おお!」
かなり有用そうなスキルに思えた。
「私が長年ダンジョン探索を続けられたのは、これがあったからと言っても過言ではない。想定外に強い敵と遭遇した時でも、ギリギリまで攻撃を受け続けて、ここぞというタイミングで反撃する。これによって実力以上の力を発揮できるのだ。これからの君の冒険にも、きっと役に立つはずだ」
「本当にいいのか……?」
「もちろんだ。私は消滅するだろうが、私の魂は君の中に宿って共に冒険することができる。実に私らしく、満足できる最期だ。さあ、遠慮なく取り込むがいい」
「その前に聞きたいことがある」
「なんだ?」
「カツジは、あの騎士を倒してほしいと思っているのか?」
「……ほんの少しはな。しかし、それは勝てる可能性が十分にある場合の話だ。前にも言っただろう? 無理をして死んでしまうくらいなら、引き返してもう一度チャレンジすればいい。気持ちとしては悔しいが、その方がずっと有益だからな」
「分かった。心の準備はいいか?」
準之介は手のひらにカツジの魔石を乗せ、語りかける。
「そんなものはとっくにできている。さっさと取り込んでくれ。しみったれた空気は御免だ」
「分かったよ」
準之介は魔石を口に放り込み、呑み込んだ。
体の中が急速に熱くなっていく感覚。そしてしばらくすると、頭の中に無機質な声が響いた。
《特殊スキル『成らぬ堪忍するが堪忍』を獲得しました》
それはカツジの魔石が、魂が取り込まれ、消滅したことを意味していた。そして予想通り、カツジの幽霊は跡形もなく消え去っていた。
「ありがとう、カツジ……」
腹を摩りながら、準之介は静かに微笑んだ。
「どういたしまして」
唐突に、背後から声が聞こえた。
「悪霊退散!! はぁ!!!」
「うぎょあーーーーーーーー!!!??」
呪術師でもなんでもない準之介の言葉によって、カツジは苦悶の表情を浮かべた。しかしそれは本気で苦しんでいるというよりも、ただの演技に見えた。
「なんだよ、消滅したんじゃなかったのかよ!?」
「そう思っていたんだがな、どうやら私の推測は間違いだったようだ」
人間のおっさんの幽霊は、照れくさそうに頭を掻きながら笑った。
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