34話
「お、お、お、ついに……っ!」
魔物を十数体ほど退治しながら奥へと進んだダンジョンの通路。その突き当たりで、準之介の目の前にポツンと置かれた宝箱が現れた。
「開けても平気か?」
不意の罠を警戒し、横に立つカツジへ問いかける。だが、ベテラン探検家は迷うことなく大らかに頷いてみせた。
「もちろん! 触れた瞬間に勝手に蓋が開く仕組みだからね。慣れてくると、みんな足で蹴っ飛ばして開けたりもするぞ」
「なるほど、そういうものか……」
やはりカツジに同行してもらって大正解だった。
こちらの些細な疑問に対しても、実用的なダンジョンの豆知識を次々と伝授してくれる。今はまだ魔物が弱い層だからいいが、下層の危険度が増した時は、距離を取って足で蹴り開ける方が断然安全だろう。
「記念すべき人生初の宝箱だ、いいモノが入っていてくれよ……!」
期待に胸を大きく膨らませながら、静かに宝箱へと手を触れた。ギィ……というかすかな金属音とともに、青い宝箱の蓋が滑らかに開く。
「え……?」
視界に飛び込んできたのは、あまりにも見覚えがありすぎる物体だった。
半信半疑のまま手を伸ばして触れてみる。手触りはゴワゴワとしていて、指先にチクチクとした独特の刺激が走る。次の瞬間、頭の中に無機質な女性のシステム音声が響き渡った。
《物品名:たわし 》
《詳細:異世界品。鍋などを洗うのに使用する》
「……いらんわ!!」
準之介は思わずそれを放り投げた。
「ああちょっと、何で投げ捨てるのさ!」
カツジが慌てて飛びつき、地面に転がるそれを拾い上げる。
「これのどこが宝なんだよ! ただの『たわし』じゃねーか!」
「え?」
「ん?」
拾い上げた物と準之介の顔を交互に見比べ、カツジがきょとんとした表情を浮かべた。
「もしかして君……これの名称が『たわし』だって知っているのか?」
「そうだけど……それがどうかしたか?」
「どうしてそれを知っているんだ……? これはたぶん異世界の品だぞ。こちらの世界じゃ誰も本当の名前なんて知らないはずなんだ。なのに、なぜ君は即答できたんだ?」
「それは……」
「それは?」
カツジが探るような視線を向けてくる。前世が人間だったという事実は、この弱肉強食の魔界において不用意に明かすべきではない秘密だ。ゴブリンになってから今日に至るまで、誰一人として打ち明けたことはない。
「……今は、言えない」
「……そうか」
カツジは少し寂しそうな顔を見せたものの、それ以上深く追求しようとはしなかった。
「なぁ、君がいらないなら、この『たわし』をもらってもいいか? 約束では、今日見つけた宝箱の中身は全部君のものってことになっていたけどさ」
「欲しいなら好きにしてくれ。今のところ鍋の焦げ付きを落とす予定はないからな」
「そうか、これは『鍋を擦るための道具』なのか……面白い、実に面白いぞ! やっぱり君と一緒にダンジョンへ潜る決断をしたのは大正解だったな!」
カツジは宝物を手に入れた子供のように目を輝かせ、たわしを自分のリュックサックへ大事そうに放り込んだ。
「はぁ……頼むから、次はもうちょっとマシなお宝が出てきてくれよ」
「実はね、宝箱はその『色』で中の期待度が大体わかるんだよ」
「えっ、そうなの!?」
「ちなみに、さっきの青色は一番期待できないハズレの色だ」
「……だったら、触る前に教えてくれればよかっただろ!」
「あんなに目を輝かせてワクワクしているやつに、水を差すような真似ができるわけないじゃないか」
「そう言われると何も返せないけどさ……」
「ちなみに、色ごとの期待度っていうのはだな――」
軽口を叩き合いながら、準之介とカツジは再びダンジョンの暗がりの中を歩き出した。
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