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ゴブリンのほうが生きやすかったり  作者: 青井銀貨
ゴブリンにある幸せ
3/22

3話 ~Sleep~

 

「おらぁ、今日の分だ! 拾い損ねるんじゃねえぞ!」


 戦場の霧が朝焼けに溶け始める頃、上官のオーガが野太い声を張り上げた。彼の手からバラバラと放り投げられたのは、濁った色をした低品質な「魔石」だ。


「うおっ、こっちだ!」

「どけ、俺のもんだ!」


 さっきまで死んだふりをしていた連中も、この時ばかりは目の色を変えて飛びつく。準之介も泥に顔を突っ込みながら、手際よく二つの魔石を掴み取った。


 魔物は、これを直接飲み込むことで、傷を癒し、筋力を底上げすることができる。いわば、魔界における「栄養ドリンク」兼「通貨」だ。


(よし、ゲットだぜ!)


 かつての自分なら、地面に落ちたものを口にするなんて考えられなかった。だが今は、泥を払うことすらまどろっこしい。


「野郎ども! 明日の日没、またここで集まれ! わかったな!」


 上官の横暴な命令を合図に、ゴブリンたちは三々五々散っていく。他のゴブリンたちがどこで何をしているのか、それ以前に名前すら知らない。


 そんな事を気にしなくても生きて行ける。準之介は最近の棲み処である岩山の穴倉にやって来た。


「……おい、ジュン。生きてるか?」


 背後から声をかけてきたのは、片方の耳が欠けたゴブリンの「ガボ」だった。転生してから何度か同じ部隊で顔を合わせ、それから会話をするようになった。友達と言うほど親しくも無いが。


「ああ、見ての通りだ。お前こそ、その腹の傷、結構深いんじゃないか?」

「へへ、さっきの魔石を一個飲み込んだから、もう塞がってきてる。お互い、今日も死ななかったな」


 ガボはニヤリと笑った。


 血と泥にまみれた醜い顔。前世なら絶対に近づきたくない人種だが、不思議と今のジュンには、その笑顔が心地よいものに感じられた。


「なあ、ジュン。俺は決めてるんだ。いつか高品質な魔石を山ほど手に入れて、進化を繰り返してよ……最後には魔王になってやるんだ」


 ガボが、朝日を避けるように穴蔵の奥へ進みながら、大真面目に軽口を叩く。


 魔界の底辺であるゴブリンが魔王になるなど、日本で平社員が「明日から俺が総理大臣だ」と言うより滑稽な話だ。


「はは、魔王様か。そいつはいい。お前が魔王になったら、俺はそうだな……『何もしなくていい係』に任命してくれよ。一日中、ジメジメした暗闇で寝て過ごすんだ」


「なんだそりゃ、今とあんまり変わらねえじゃねえか!」


 二人の笑い声が、薄暗い洞窟の中に反響する。明日もまた戦場が待っている。それでも、花粉に怯え、清潔さに縛られ、誰かの目を気にして神経を擦り減らしていた頃より、今の「ゴブリンのジュン」は、ずっと深く、心地よい呼吸をしていた。


「じゃあな、魔王様。明日も生きてたらまたな」


「おう、またな」


 準之介は湿った土の上に大の字に寝転がると、手に入れたばかりの魔石を一つ、口の中に放り込んだ。喉を焼くような微かな熱が、腹の底に収まると少しずつ力が増していくのが分かった。


(そういえば、午後の乱戦の最中だったか。すぐ隣にいた奴が、飛んできた巨岩に直撃して消し飛んだな……)


 味方であり同族が目の前で死んだ。けれど、不思議なほど同情は湧かなかった。相手を殺した敵軍への怒りもない。


 ただ、「自分はああならないように、もっと上手く立ち回ろう」と思うだけだ。


 かつての鈴木準之介なら、戦場なんてテレビの向こう側の出来事ですら直視できなかったはずだ。それが今や、一歩間違えれば死ぬ場所に立っていても、腹の底をかき乱すような恐怖がない。


 これは、ただ環境に慣れただけではない。転生というプロセスを経て、魂そのもの、あるいは脳のつくり自体がゴブリンへと書き換えられたのだろう。人格が変わってしまったという自覚はある。


 けれど準之介はそれについて深く悩むのをやめた。


(人格が変わったからって、どうしようもないじゃないか)


 究極の自己責任と、汚れなき解放。魔界には、日本のような「世間体」という檻がない。


 このまま今の魔王に仕え続けるのもいいし、気が変われば敵軍に寝返ったっていい。誰の下にもつかず、野良ゴブリンとして生きる選択肢だってある。誰がどう思おうと、勝てば食えるし、負ければ死ぬ。それだけの、あまりにもシンプルな世界。


 戦うのが嫌なら、誰かが食べ残した死肉を漁ればいい。それをしないのは魔石が欲しいからだ。魔石を取り込めば昨日よりも強くなれる。昨日よりも高く跳べる。その快感が準之介を夢中にさせていた。


(風呂になんて、ここに来てから一度も入ってない。身体は泥と返り血でガビガビだ。でも、誰も俺の体臭を笑わないし、避けることもない)


 カサカサ、と耳元を虫が這いずる。かつての準之介なら、絶叫して跳び起き、殺虫剤を一本使い切るまで落ち着かなかっただろう。


 だが、今の準之介はピクリとも動かない。


 地面を這いずる虫の足音すら、今は子守唄のように聞こえる。

 鈴木準之介は、泥と自由の深淵に身を沈め、深い眠りへと落ちていった。


 明日への不安のない安らかな眠りだった。






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