29話
「おらー!!」
飛びかかってきたバッタの魔物を一刀両断に叩き切る。息を整える準之介の額には、びっとりと脂汗が滲んでいた。
「――『吸引』!!」
飛び散った死体から回収した魔石を革袋の中に放り込み、ようやく大きな息を吐く。
「……キツいな、想像以上に」
初めてのダンジョン探索は、想定を遥かに上回る苛烈さだった。今倒したバッタの魔物もそうだが、ここでは出会う魔物のすべてが、こちらの存在を認識した瞬間に迷わず襲いかかってくる。
同族であるゴブリンなら、人間と似た体つきをしているため、動作の予備動作や行動パターンを読むのは容易かった。だが、足が跳ね、不規則に飛来する虫型の魔物の動きは全く予測がつかない。
一撃で撃破できている以上、個々の強さ自体は大したことがないのかもしれないが、未知の動きに対応し続ける精神的疲憊は相当なものだった。
(ホブゴブリンに進化しておいて、本当に良かった……もしゴブリンのまま挑んでいたら、とっくに生きて帰れなかったぞ)
壁を伝ってさらに奥へと歩みを進めるが、突き当たったのは無情な行き止まりだった。
「またかよ……」
思わず重い溜め息が漏れる。
ダンジョンの内部はゲームさながらの入り組んだ迷路構造だ。しかしゲームと決定的に違うのは、視界の隅にミニマップが表示されたりしない点にある。通ってきたルートはすべて自分の頭の中に叩き込まなければならない。
お世辞にも頭の回らないゴブリンたちにとって、この仕様はストレス以外の何物でもないだろう。場数を踏んだベテランのゴブリンたちがダンジョン探索を嫌がる理由が、痛いほど理解できた。
溜め息をつきながら来た道を引き返し、別の分岐へ進む。今度もまた行き止まりだったが、その床には淡い光を放つ「青い魔法陣」が浮かび上がっていた。
これに乗れば、下の階層へとワープすることができる。
「……もう、赤でいいのに」
そしてこれこそが、このダンジョンにおける最も厄介で非情なルールだった。
ダンジョン内では「帰りたい」と思った時に地上へ逃げ帰れるわけではない。そのためには、階層のどこかにある「赤い魔法陣」を見つけ出すしかないのだ。
「くそっ……」
毒づきながらも、前進するしか道はない。青い魔法陣へと足を乗せる。ぐにゃりと全視界が歪んだ。準之介は全身の筋肉を硬化させ、鋭く息を吸い込む。転移した先で、即座に魔物に奇襲されるリスクを警戒したためだ。
「っ……!」
転移した先には魔物の気配はなく、前の階層と変わらない静かな洞窟の小部屋だった。そして――ほんの数歩先、床の上にぽつんと「赤い魔法陣」が設置されていた。
一瞬だけ迷いながらもすぐにそれを踏みつける。
再び視界が切り替わり、目の前に広がったのは――太陽の光が燦々と降り注ぐ、あの慣れ親しんだ山の山頂だった。
「よし……戻ってこれたな」
あまりにも呆気ない幕切れに、未消化感を抱きつつも、こうして準之介の「初めてのダンジョン探索」は無事に終わりを告げたのだった。
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