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25話 ~愛に気づいて下さい~

 


 やや湿った夜の風が、血塗られた荒野をひとしきり吹き抜けた。


 向かい合う両陣営、その総勢はおよそ三百。そのほとんどが泥と狂気にまみれたゴブリンの群れだが、そこに漂う空気は、命のやり取りを背負った紛うことなき死闘のそれだった。


「いけーー!!」

「「「うおーーーーー!!」」」


 怒号の合図とともに、味方のゴブリンたちが目を血走らせ、喉が裂けよとばかりに咆哮をあげて突進する。準之介もまた、その奔流の中に身を置いていた。


 だが、かつての自分とは決定的に違う。


 以前なら、密集する雑兵たちの押し合いへし合いに揉まれ、足をもつれさせて転ばぬことだけに全神経をすり減らしていた。戦いが始まる前に、味方に踏み潰されて野垂れ死ぬなど、あまりにも滑稽で耐えがたかったからだ。


 しかし今の周囲には、奇妙な空間が自然と生まれていた。


 ――こいつは違う。自分より一回りも二回りも大きな、恐るべき上位種だ。まともにぶつかれば、弾き飛ばされるのは自分の方だ。

 本能でそれを悟っているのか、雑兵たちは恐れをなして準之介の周りからすっと身を引いていく。


 目の前に、敵軍が迫る。


 いつものように、胸の奥で恐怖の冷たさと興奮の熱さが激しくせめぎ合う。だが、今日ばかりは違う。恐怖など微塵もない。心を満たしているのは、獲物を狩る歓喜だけだった。


(死ぬわけがない)


 もはやこれは戦争の消耗品としての足掻きではない。気高き狩人が、無力な標的を蹂躙する遊戯に等しかった。


 見渡す限りの視界に、同族であるホブゴブリンの姿はない。本来ならば、この階級の者は群れを統率する「指揮官」として後方から采配を振るうべき立場だった。実際に、そうするように誘いも受けた。


 だが、準之介はそれを突っぱねた。

 ――指揮官などごめんだ。俺は、ただの「戦士」でいい。


 他人に群がり、安全な場所から指示を出して報酬をもらうなど、自分の望むところではない。この手で敵を屠り、自らの力で生と富を勝ち取ること。それこそが今の欲望だった。


 人間だった頃は、汗を流すことも嫌い、楽をして利益を得ることばかりを夢見ていたというのに――我ながら、変わってしまったものだと思わず笑いがこみ上げる。


 最高だ。


 大地を蹴りつける足裏の感覚が、かつてとは比べものにならないほど力強い。これが進化の果実か。全身を駆け巡る爆発的なパワーが、心地よい戦慄となって背筋を駆け抜ける。


 敵陣との距離が、一気に縮まる。


「伸びろ――『錆丸』!!」


 心の中で愛刀に呼びかけると、意思に呼応するように、刀身が奇跡のような軌跡を描いて望みの長さへと俊敏に伸びた。


「ウオラァーーーーーーー!!」


 唸りを上げて一閃。ただの一振りが空気を切り裂き、群がってきた敵ゴブリンの首をまとめて二つ、宙へと舞い上がらせた。


「――『吸引』!!」


 絶命した躯の魔石を即座に奪い取る。この世界の報酬の支払いはいつもその場で現物だ。だからこそやる気が起きる。成功と達成の実感を感じることが出来る。そしてそれは更なる闘争心を煽り立てる。


「うおーーーーー!!」


 その戦果に満足することなどない。飢えた獣のように、準之介は血塗られた荒野で剣を振るい続けた。





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