20話
「どりゃあ! どりゃどりゃどりゃどりゃあ!」
ガリクの咆哮とともに、槍の穂先が空気を切り裂き、鋭い風切り音を立てて突き出される。狙いは一点、準之介の喉元。わずかでも掠れば致命的な大量出血を免れない、必殺の刺突だ。
現在、分隊長として雑兵を束ねるガリクだが、かつては奴も泥にまみれた一介の雑兵だった。そこから今の地位まで這い上がれたのは、ひとえにこの「槍働き」が認められたからに他ならない。
力こそが全てのゴブリン社会において、これほどの実力がなければ、荒くれ者の雑兵たちが命令に従うはずがなかった。
槍を繰り出すその鋭さは、ガリクが戦士として一流であることを雄弁に物語っていた。
「おいおいおい、どうしたどうした! 逃げ回ってばっかじゃ勝負にならねぇだろうが!」
攻撃の合間にガリクが嘲笑を挟む。
並のゴブリンであれば、この挑発に激昂して無謀な突撃を敢行していただろう。だが、準之介はそれほど愚かではなかった。戦いが始まってからというもの、彼は一言も発さず、ただひたすらに回避に徹していた。
「おい、いい加減にしろよ! 最近暴れ回ってるから少しは骨がある奴かと思えば、とんだお門違いだぜ。お前はミミズか何かか? 少しは勇ましくかかってきたらどうなんだ、ええ!?」
準之介は冷静に思考を巡らせる。
剣と槍。やはり圧倒的に不利だ。あまりにも間合いが違いすぎる。
――『剣道三倍段』。
剣が槍に勝つためには、三倍の技量が必要であるという言葉。準之介はその教えの正しさを、今まさに肌で感じていた。
「どりゃあ! どりゃどりゃどりゃどりゃあ!」
またしても繰り出される連撃を、正確なバックステップでかわしていく。
確かに、槍の間合いの内側に潜り込み、攻撃に転じるのは至難の業だ。しかし、逆に言えば「回避に徹する」のであれば、凌げないことはない。
なぜなら、槍において最も警戒すべき『突き』は、常に直線的な動きだからだ。相手が一歩踏み込むなら、自分は一歩下がればいい。避け方そのものは、ひどく単純な理屈だった。
(ガリクが挑発を繰り返すのは、俺に攻めてきてほしいからだ。なら、攻めない)
相手が欲しがっているものを、わざわざ差し出す義理はない。
しかし、このままでは勝てないのも事実だ。普通に考えれば、いつかは体力が尽き、槍に貫かれる。
だが、準之介の読みは違った。
このまま凌ぎ続ければ、いずれ自分が「圧倒的に有利」になる。その確信が、彼の中にはあった。
(ガリク……最近はまともに戦ってないだろ?)
ガリクは雑兵を束ねる分隊長だ。
その主な役割は部隊の後方から戦況を眺め、逃げ出そうとする雑兵を監視し、命令を下すことにある。つまり、実力で成り上がった過去はあっても、ここ最近の彼は「実戦」の渦中にはいなかった。
人間と同じく、ゴブリンとて筋肉を使わなければ衰えていく。特に、命を削り合うような極限状態でのスタミナは、現場を離れれば瞬く間に落ちていくものだ。
「はぁ、はぁ……っ、おい、逃げてばかりじゃ……ラチがあかねえだろうが!」
ガリクは平然とした顔を装っているが、呼吸の乱れまでは隠しきれていない。槍を振るうごとに、その肩の上下がわずかに大きくなっていく。
疲労は、肉体だけでなく精神を蝕む。
判断ミス。
操作の狂い。
それらは必ず、ほんの数センチの「ズレ」となって現れる。
(待っていればいい。あんたの槍が、正確な目標を外すその瞬間を)
ガリクの槍が、疲労ゆえにわずかに狙いを逸らし、大きな隙が生じた時――。
その一瞬に、槍の間合いの内側へと「最短距離」で潜り込めばいい。
特殊魔法『疾風波動』。
予備動作なしで最高速度へ到達するこの能力は、まさにその一瞬の隙を突くためにこそ存在する。
準之介は、滝の飛沫を浴びながら冷ややかにその時を待つ――つもりは毛頭なかった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「ブックマーク」と「いいね」を頂ければ大層喜びます。
評価を頂ければさらに喜びます。
☆5なら踊ります。




