19話
ガリクは、ニヤリと口角を吊り上げた。それは、己の圧力に屈した相手を嗜虐的に見下す、紛れもない悪人の笑みだった。
「分かればいいんだよ。最初からそうやって素直になってりゃ、俺だって声を張り上げる必要はなかったんだ。少しは反省しろよ、な?」
「……一緒に、稽古がしたいんだな?」
「ああ、そうだ。けどまあ、とりあえずはジュン、お前ひとりでやって見せてくれ」
「なぜだ?」と準之介が問い返すと、ガリクは肩をすくめてみせた。
「俺は滝での稽古なんてやったことがないからな。まずは見本として、お前のやり方を見せてもらいたいんだよ」
「やり方なんて別にない。敵をイメージしながら剣を振るっているだけだ」
「それでもいい。……ほら、行けよ。また言い合いをしたいわけじゃないだろ?」
「……分かったよ」
溜息を吐き、準之介は滝つぼに向かって歩き出した。その時だった。
「なー!」
鋭い鳴き声とともに、茂みの隙間から小さな黒い影が飛び出してきた。
「また来たのか、タンバリン」
「……それはお前の飼い猫か?」
背後からのガリクの問いに、準之介は「そうじゃない」と短く返した。
「ここで稽古をしていると、肉をねだりにやってくるんだ」
黒猫のタンバリンは、準之介が差し出した手に甘えるように顔を擦り付けた。「なー!」と催促する声に、準之介の口元がわずかに緩む。
「わかってるよ」
腰の革袋から取り出した肉を手のひらに乗せると、タンバリンはそれを一瞬でかっさらった。そして「もうお前には興味がない」と言わんばかりの素っ気なさで、夢中で肉を食らい始める。
「なー、なー、なー」
食べ終えると、タンバリンは準之介の顔をじっと見つめて三度鳴き、再び茂みの奥へと消えていった。
「よし。……それじゃあ、稽古を始めるか」
首を回してコリをほぐし、歩き始める。
「おらぁーー!!」
静寂は、野卑な怒声とともに唐突に破られた。
準之介が滝つぼへ向かって数歩踏み出したその瞬間、背後の茂みから剣を構えたゴブリンが弾け飛ぶように躍り出てきた。
「『疾風波動』発動!」
襲撃者が剣を振り下ろすよりも早く、準之介は特殊魔法を叩き込んだ。それはまるで、初めからこうなることを予期していたかのような神速の反応だった。
「ぽか……っ」
不意打ちを仕掛けたはずのゴブリンが、間の抜けた声を漏らす。その口の両端から、どろりと赤い血が溢れ出した。
「ごふぁ!」
激しく咳き込んだ衝撃で、その頭部が肩からずり落ちた。生首は地面を無様に転がり、吸い込まれるように滝つぼの暗闇へと消えていった。
「ふぅ……」
準之介は長く、熱い息を吐き出した。
コンマ数秒の世界。襲撃者が飛び出すより早く発動した『疾風波動』は、静止状態から一気に最高速へと準之介の肉体を運んだ。
相手の奇襲速度を遥かに凌駕する加速。それと同時に、準之介は前進しながら独楽のように体をひねり、後方へ向けて愛刀『錆丸』を一閃させた。
首の断面から勢いよく噴き出した鮮血が、夜の闇に小さな噴水を作った。
「なんだ、ゾルじゃないか。分隊長のゾル。……なあガリク、あんたのお友達が、どうして藪の中からいきなり飛び出してきたんだ? 教えてくれよ」
準之介は『錆丸』を鋭く振り、刃に付着した血を払い落とした。その圧倒的な迫力を前にしても、ガリクは岩に腰かけたまま動じなかった。
「……気のせいか。今、その剣が伸びたように見えたんだがな」
「ああ、伸びるよ。理由は分からないが、急に伸びるようになったんだ」
きっかけは、先ほど現れた黒猫のタンバリンだった。
あの猫は警戒心が異常に強く、準之介以外のゴブリンが近くに潜んでいれば、必ず特有の「警戒の声」で鳴く。彼女が去り際に発した三度の鳴き声――それが、敵の伏兵を知らせる合図だったのだ。
準之介は歩きながら密かに『錆丸』の長さを通常より長く設定していた。相手の攻撃が届かない間合いから、一方的に首を刎ねるために。
「魔武器か……」
「そうらしいな。……それよりもガリク、質問に答えろよ。どうしてお前の仲間が襲ってきた?」
「そんな奴のことなんか知るかよ」
「……その答えには、無理がありすぎるだろ」
「黙れよ、カスが」
「カスはお前だろ」
言葉の応酬は終わった。ガリクは無言で立ち上がり、重厚な槍を構えた。
「『吸引』!」
準之介は足元に転がったゾルの死体から「魔石」を吸い上げ、迷わず口に放り込んだ。
喉を焼くような強い魔力の胎動。
筋肉の隅々にまで力が漲り、準之介の全身が戦いの熱に包まれていった。
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