18話
「悪いけど、俺は一人で稽古するのが好きなんだ。場所は譲るから、あんた一人で頑張ってくれ」
足早にその場を去ろうとする俺の背中に、滝の音を切り裂くような怒声が突き刺さった。
「おい、お前!」
振り返ると、ガリクが顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。
「何帰ろうとしてんだよ、おい! 俺は『一緒にやれ』って言ってんだよ。耳が付いてねえのか!」
「断る」
一言、冷たく言い放つ。
「はぁあ!? てめぇ、今なんて言った?」
「確かにあんたは分隊長で、戦場では俺に命令を出せる立場だ。だが、ここは戦場じゃない。仕事以外の時間まであんたに付き合う義務はないはずだ」
俺の正論が、ガリクの逆鱗に触れたのがわかった。奴の額に太い血管が浮かび上がる。
「……お前、やっぱ調子に乗ってんなぁ。ちょっと魔石を稼いでいい鎧を着たぐらいで、自分がホブゴブリンにでもなったつもりか?」
「そう思いたければ、勝手に思っていればいい」
吐き捨てて再び歩き出そうとしたが、背後から放たれた殺気に、本能が「逃げられない」と告げていた。
「殺されてぇのか、てめぇ……!」
低く、獣のような唸り声。俺は覚悟を決めて向き直り、ガリクを正面から見据えた。
分隊長という椅子を、実力と暴力でもぎ取ってきた男だ。立ち昇るプレッシャーは、並のゴブリンとは比較にならないほど重く、鋭い。
飛び散る滝の飛沫が、まるで凍りついたかのような錯覚に陥る。
(……やるしかないのか。この状況で、こいつを相手に)
準之介の胸中に、重い迷いが渦巻く。
正直、ガリクがなぜここまで激昂しているのか、その根本が理解できなかった。たかが稽古を断ったくらいで、なぜ殺し合いの空気まで発展するのか。
準之介の脳裏に、前世で聞きかじった「剣道三倍段」という言葉が浮かぶ。
得物の長さが勝敗を分ける戦いにおいて、剣が槍に勝つためには三倍の技量が必要だという意味だ。今の自分に、それほどの圧倒的な差があるだろうか。
確かに最近の俺は、戦場で無双状態だ。だが、それはあくまで有象無象の雑兵を相手にした時の話。ガリクは、その雑兵の中から暴力と実力だけで成り上がり、分隊長という椅子をもぎ取った男だ。並の腕前であるはずがない。
(戦場なら、いつ死んでも構わないと覚悟は決めている。……だが、こんなくだらない喧嘩が原因で死ぬなんて、冗談じゃない)
命の価値を誰よりも理解している準之介にとって、これは「割に合わない投資」だった。
「……どうすればいいんだ?」
喉元まで出かかった怒鳴り声を飲み込み、準之介が選んだのは「譲歩」だった。
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