第9話 自動ドアが二回開く
那音と対照的に、そもそも緊張をしていない蹴人は遠慮なく声をかける
「なぁ、俺たち34と35番目ってトリだな」
受付をした順にパフォーマンスをする事になっており、那音たちの後には、他の参加者は来なかった。
「集中してるからあんま話しかけんで」
少しうんざりした表情で那音が伝えると
「いや、緊張し過ぎも良くないって。それに今回は技術以外の面も大きいから、お前有利だと思うよ」
蹴人は那音の肩に手を置き応援する。
「俺もそう思う。てかそうじゃなきゃ勝ち目ないから」
「カラオケの点数自体は、よっぽど誰でも80点は取れるからな。だから満点のやつがいても、20点以下しか差が付かないから」
「わかってるってば。審査員と視聴者の得点でぶっちぎってやる。まぁカラオケも毎日練習したから90点取るから」
そう言うと、口を結び、静かに自分の番を待つ。
「34番 風間那音さん 準備をしてください」
那音の番が来た。
「那音がんばれよ、今の一位って何点だ?」
「それぐらいは把握しとけよ。今は……142.8点だな。やっぱりカラオケで90点は取りたいな」
「えっ……お前……それ持ってくの?」
蹴人がバナナを指差して聞くと、
「当たり前だろ! 御守りなんだから」
バナナ一房を抱えながら、胸を張ってステージへと向かう。
指定したのは余梁の父のあの曲。
余梁との練習の日々を想いだし、昂らせる。
――そして、審査員、視聴者に想いを届けるための歌を響かせる。
最初の一音で、聞いている者は不思議な感覚を抱く。
心臓や呼吸のリズムが那音の歌に共鳴しているような心地の良い不思議な感覚。
『この余韻は心に棲みつく贈り物』
最後のフレーズを歌い終えた時、あの時と同じ手応えを感じた。
一拍遅れて拍手が降る。一瞬身体をすくめるが、高揚感も同時に感じられた。
――ジッと結果が出るのを待つ。
「風間さんの結果が出ました。――カラオケ81.4点、審査員 45点 視聴者 15.2点 合計は……141.6点」
「と……届かなかったか……?」
「視聴者票の移動があったため、風間さん暫定一位です!」
「っっっっ!」
言葉にならない歓喜を発し、震える拳で力強くガッツポーズをする。
「審査員からの得点がかなり高いですね。それでは、暫定順位が入れ替わったので、審査員の一人にお話を聞いてみたいと思います。5点満点を付けた山口さんお願いします」
「はい、素晴らしいパフォーマンスでした。カラオケの点数は取れてなくても、想いは伝わって来ました。4点にしようか迷いましたが、この場にバナナ一房持ってくるところに、スター性を感じて満点をつけました」
「ありがとうございます!」
お辞儀をしながら、那音が叫ぶように謝意を示す。
「それでは35番 相馬蹴人さん、準備をしてください」
「那音すげーじゃん! 俺もがんばってくるわ」
「御守りのバナナのおかげだ! 貸してやんねーからな」
「いらねーよ」
蹴人は全く緊張していない様子でステージに向かう。
指定したのは、ドラマの主題歌として大ヒットした人気アーティストの代表曲。
――そして、堂々と歌い始める。
音程がほとんど外れないまま歌い終える。
那音は身体を横に揺らしながら、不安を目に宿し呟く。
「……ほんと上手いな……。やっぱりあいつも『天才』だ……」
両手の拳に汗を滲ませながら祈り、結果を待つ。
「相馬さんの結果が出ました。――カラオケ93.8点、審査員 36点 視聴者 7.3点 合計は……137.1点」
那音は祈る手にさらに力を込めて次のアナウンスを待つ。
「そして、視聴者票の移動を考慮した結果……138.4点で、風間那音さんが、ゆ……」
「すんませーん、遅くなりました。まだ大丈夫スよね? よろしくお願いします」
司会者の結果発表を遮り、那音より少し年下に見える男が、照れ笑い浮かべながら入ってきた。
「え、えーっと、本来はダメですが、時間に余裕があるのでギリギリ大丈夫です。すぐに準備してください」
「はーい、わかりました」
那音はそのやり取りを見て、拳は握ったまま、息が荒くなる。
「じゃあ歌いまーす。よろしくお願いします」
一瞬の静寂の後、イントロが流れ始める。
アニメの主題歌として人気の女性アーティストの曲。
歌い始めると、圧巻だった。
音程、テクニック、表現力、スター性、全てが一級品。
那音は、まばたきをつい忘れて、時が止まったように感じる。
「――それでは結果を発表します。――カラオケ98.1点、審査員 46点 視聴者 21.4点 合計は……165.5点」
そのまま審査員が続ける。
「よって、優勝者は……」
那音は全身の力が抜けふらつくが、なんとか言葉を遮り抵抗を示す。
「ちょ……ちょっと待ってください。遅れてきてそれってありなんですか!? あと5秒遅かったら俺の優勝だったハズでしょ?」
「優勝の発表前なので有効です」
再び発表を遮られた司会者は、毅然とした態度で答える。
「あ、あのー。俺が間に合わなかったらその人優勝だったんスよね? じゃあ俺いいっスわ。棄権します。それでは!」
右手を小さく上げながら、遅れてきた男が発言しそのまま背中を向け、会場を出ていく。
「「「はっ?」」」
会場のいくつかの声が重なる。
那音は首を傾げ、不理解を示しながら、胸を撫で下ろす。
「じゃあ最初から来んなよ」
横にいる蹴人に、同意を求めるように言葉をぶつける。
「いや、ほんとだよな。まぁ、とはいえお前の優勝に決まりだな」
「結局『天才』にボロ負けしたってのが気に入らんけど、優勝は優勝だ。ついにやったぜ」
自分の喉を擦りながら、運命に勝った喜びを口にする。
「えーっと、皆さま、棄権者が出ましたので、視聴者票が再度動きます。集計完了までしばらくお待ちください」
司会者は、若干の焦りを見せながら、必要事項をアナウンスする。
「……あいつが来る前の点に戻るだけだよな?」
下唇を噛みながら確認するように那音が尋ねる。
「そりゃそうだろ。あれからあいつしか歌ってないんだから」
「俺、やっぱ『天才』って嫌いだな。俺のこと全く相手にしてない感じがする。せめてもの抵抗で、俺も名前覚えずにアルファベットで識別してるわ」
「なにそれ?」
那音の妙なこだわりに蹴人が疑問を口にする。
「いや、だからさ、『天才』認定した順にABC付けてるんだよ。今のあいつは『天才K』だな」
「『天才』ってそんなにいるのかよ!」
と指で数えながら答える蹴人に、那音は意味ありげな視線を向けるが、この『天才I』は気付かない。
「お待たせしました。集計が完了しました。合計得点142.8点で優勝は相良 蹴人さんです」
淡々と発表された。
――那音は言葉もなく、全身の骨が溶けたようにその場に崩れる。
「おい、那音、おい」
と蹴人に声をかけられるが、顔を見られないように反対方向を向き、のっそりと立ち上がる。
そのまま、向かい風を受けているように、重い足取りで、出口に向かう。
――そして、後ろから呼び止める声を、耳に入れないようにし、会場を去る。
『自動ドアが二回開く』




