第8話 熟れようとする抗い
蝉の叫び声。生命力に満ちた草木。突き刺すような日差し。
各々が生を全うする公園で、那音もまたいつも通り、
「あめんぼあかいなあいうえお……あ、え、い、う、え、お、あ、お……生バナナ、生バナナ、生バナナ」
生を全うし、運命に抗うために叫ぶ。
朝の練習を終えベンチで水筒を口にして、瞑想を始める。
異様に喉の渇きを感じ、震える手をぎゅっと握り、落ち着かせるように深い呼吸を繰り返す。
無理やり身体の緊張を誤魔化し、家に向かおうと公園を出る直前、後方から、
「那音くーん」
聞き慣れた声が聞こえてきた。
「余梁、朝からどうしたの? 今日用事あるんじゃなかった?」
「用事は昼からだよ。オーディションが上手くいくように、御守りを持ってきたのだ」
胸を張り、自信に満ちた顔で何かを隠すように後ろに持っている。
「え、御守り!? 昨日渡してくれればよかったのに」
「当日の方が嬉しいでしょ。はいっ」
と言って後ろに持ってた物を差し出す。
「あ、ありがとう……てこれ、バナナ? しかも……一房!?」
「へへへー、ナイス御守りでしょ」
「……バナナって、滑る象徴じゃない……?」
「縁起悪いこと言わないの。これは私とがんばった日々の象徴だよ」
「あはは、まぁ、ありがとね。ちょっと恥ずいけど、見せびらかすように持ってくわ」
那音は苦笑いを浮かべながら、気持ちを受け取り、そのまま続ける。
「いい感じにほぐれたわ。ありがと。会場で緊張したらこれ食べるわ」
「いや、御守り食べちゃダメでしょ! それにまだ黒いとこできてないから甘くないよ」
余梁は、一瞬目を瞑り、再び那音を真っ直ぐ見て続ける。
「あと……私は用事があって配信みれないけど、ちゃんと受かってきてね」
拳を前に突きだし、激励を送る。
合わせるように拳を出し
「もちろん。この4ヶ月、余梁と毎日練習したからな。絶対受かってくる」
じゃあと手を振り、立ち去る那音の背中を、余梁が見送る。
喉を手で抑え、堪えていた咳を、那音に聞こえないように発しながら。
* * * * * * * * * * * *
会場を目の前に、目を瞑ってイメージを膨らませる。
右手を心臓に当て、肺の空気を入れ替える。
上手く歌えているイメージを得て、左手に持ったバナナ一房に目を向け、頬が緩む。
「おお、那音じゃん。何バナナ見て笑ってんの?」
「えっ、……君は……相良?」
不意に声をかけられ、急いで真剣な顔に戻す。
「蹴人でいいってば」
「てか『蹴人』って名前、明らかに歌のオーディション受けるやつの名前じゃないだろ」
「お前こそ、バナナ持ってきてお笑いのオーディション受けるつもりかよ」
「いや、これは御守りだわ」
違和感を覚えながらも、余梁を否定したくないので胸を張って主張した。
バナナを相手に掲げながら、那音が言葉を続ける。
「てか蹴人、またオーディション受けてんのかよ。しかも最終審査まで残ってるし」
「母ちゃんがうるさいからさ。『才能あるんだから歌手になれ』って、別に上手くないのに」
うんざりした表情で蹴人は肩を落としている。
蹴人の足を一瞥し、
「サッカーは?」
と那音が尋ねると、
「プロになりたいよ。父ちゃんもそれで名前付けてくれたし」
「お互い、名前と目指してる方向は合ってるのに、なかなか上手くいかねぇな」
「だよなぁー。お前は……あっ、喉……か……。オーディションまじで受かれよ」
「ありがと。でも手は抜くなよ」
揃わない足並みで一緒に会場の中へと向かう。
会場はキャパシティ300人程のライブハウスで、既に30人程が集まっている。
ステージの上には、カラオケのセットと大きなスクリーンが用意されている。
目を閉じうつ向いている者、そわそわしている者、隣同士で談笑している者、各々がそれぞれの時間の使い方をしている。
那音は、周りをキョロキョロ見回し、何度も髪をかき上げている。
「お前、緊張してるだろ」
緊張を見透かした蹴人が指摘する。
「うるさい。してないわ」
「そのバナナ食って落ち着けよ」
「ふざけんなっ! 御守り食べちゃダメだろ!」
軽口を交えながら話していると
「えー、皆さま本日は弊社主催の『カラオケバトル ボーカルオーディション』の最終審査へようこそ、お越しくださいました」
司会者の挨拶が始まり、会場の空気がキリッと引き締まる。
そのままルール説明が始まる。
「本日はパフォーマンス勝負です。やってもらうことはカラオケで一曲歌うこと。順位はカラオケの点数をそのまま100点満点。それに加え、審査員と視聴者が50点ずつの200点満点で、得点の高い人が優勝です」
得点の説明をスラスラと伝え、そのまま続ける。
「審査員と視聴者は、主に表現力やスター性を重視して評価します。なので音程など技術面で不安がある方も、諦めずに一生懸命出しきってください」
会場の熱気が徐々に上がる。
「審査員は10人がそれぞれ5点ずつ、視聴者は抽選で選ばれた500人が0.1点ずつを持って、それぞれが1人に投票します。但し、この視聴者票だけは最終結果発表まで入れ直しが可能です。つまり、最後まで勝負がわかりません!」
那音は手に汗を滲ませる。
「そして、優勝者には楽曲提供が確約されます。さらに、弊社がプロモーションサポートしてメジャーレコード会社からデビューした前例もあります」
会場に拍手が巻き起こり、那音はトラウマから肩をすくめてしまう。
「それでは、最終審査を始めます!」
那音はバナナを胸の前でぎゅっと抱え、覚悟を全身に宿すと、喉の奥が熱を帯びた。
『熟れようとする抗い』




