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Nobodyが聴いてない!  作者: 大貴古川


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7/7

第七話 喉の熱さと喉の厚さ(後編)

 最初の一音は、とても小さかった。

 なのに耳の奥まで届き、脳に貼り付き、永遠に余韻(よいん)が残るような音。

 

 (のど)(うれ)いを無くした余梁は、サビに向けて急激に気持ちを高めていく。

 那音はゴクリと、固い(つば)を飲み込む。


 サビに入ると、支配が始まる。

 那音は、どこまでが自分の感覚か分からなくなる。

 触覚(しょっかく)、さらに味覚(みかく)までもが余梁に支配されているように……


 

 ――那音は口を開けたまま。

 余梁が座り、支配が解けて、曲が終わったことを認識する。


 自由になった那音はそのままの口で

「――天才だ……」

 と(つぶや)く。

 液晶には97点が表示されている。


 余梁は、やれやれと息を吐きながら肩を落とし

「はぁ……『天才』って褒め言葉なのかな。すっごい練習して、喉が(かす)れるほど努力しても『天才だから歌が上手い』って評価されるの?」

「えっ……」

 『天才』が羨望(せんぼう)の対象だった那音は目を丸くして、口に手を当てている。


「確かに、多少の才能はあるって自覚してるよ。でもね、『天才』って言われたら、その奥にある努力とか歌への想いとかは無視されるよね」

「ご……ごめん。言葉が悪かった」

 那音は顔の前で両手を合わせ、謝意(しゃい)を表し、言葉を続ける。


「余梁の歌はあいつらとは全然違った。聞いてる俺の逃げ場がなかった。(とりこ)にされた」

「ありがとう。那音くんが悪い意味で言ってないことは、もちろんわかっ……ゴホッゴホッ」

 歌う前よりも(にぶ)(せき)が言葉を(さえぎ)る。


「余梁、大丈夫?うがい薬あるから待ってて」

「失礼します」

 ノックの音がして、ポテトが届いた。

「ありがとう。ちょうどよかった。申し訳ないけど、うがい薬を持ってきてくれる?」

「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 ちょうど注文の品を持ってきた家政婦に、間髪(かんはつ)入れずに注文する。


 しばらく待ち、再びノックの音がする。

「お待ち致しました」

「ありがとう、助かるよ」

「ゴホッ……あっ、家政婦さん、ゴホッ、お邪魔してます。薬ありがとうございます、ゴホッ」

「お大事になさってください。それでは失礼致します」


 那音は、余梁をドリンクバー横のシンクに連れていき

「余梁、ここでうがいしていいよ」

「ゴホッ、ありがとう。ガラ…… ガラガラッペッ」

 一緒に受け取ったタオルで口を()き、余梁が続ける。


「ふぅーだいぶ楽になったよ。ありがとうね。」

「よかった。てか病院行った方がいいんじゃない?親父に診てもらう?」

「うーん、大丈夫! 昔からよくあるし、病院行っても『ちょっと炎症起こしてますねぇ』って言われるだけだから」


 それに……と余梁が続けて言葉を(つむ)ぐ。

 

「この喉は努力の証なんだ。『天才だから歌が上手くて当たり前』って言われても、私は喉を(かす)れさせた分だけ、自信が持てる。そうして喉に積み重ねた自信の厚さが、私の歌をつくってる」

 喉をさすりながら、反対の手を腰に当て、得意気だ。


 それを受け止めた那音は深く(うなず)きながら感心を示す。

「なるほど、君の歌の正体がわかった。見習うよ」

「私は、那音くんの歌に、お父さんみたいな熱さを感じたよ」

 音が同じ『厚さ』と『熱さ』の違いをジェスチャーで表しながら余梁は続けて那音に伝える。


 「歌ってみてよ。お父さんの曲。聞きたい」 

 那音は、身体の横で拳を握り

「俺も歌いたいと思ってた、君に。」


 以降、どちらも口を開かない。


 カラオケルームに戻ってきて、ポテトに目もくれず、その曲を転送する。

 マイクをテーブルに置いたまま立ち上がり、余梁の方へ身体ごと向ける。

 余梁も真っ直ぐな目で那音を見ている。


 イントロが流れると、二人(そろ)ってゆっくりと目を(つむ)り、第六感を(するど)くする。


 先の那音の周りを共鳴させる強引な歌

 先の余梁の周りを支配する蠱惑(こわく)的な歌

 

 その(せき)が自分の目指す歌だと、那音は定めた。

 目指す歌の頂きは果てしない。

 今は目の前のたった一人の女の子に届けるために歌う。心に届くように。



 最初の一音は、音程を合わせる気がない叫び。

 発した時、那音は手応えを(つか)んだ。

 それを離さないように、慎重に、強引に、力の限り歌い続ける。


 『この余韻は心に棲みつく贈り物』

 最後のフレーズを歌い終えた時、その手応えは那音の心に()みついた。


 ゆっくり目を開け、肩で息をしながら余梁を視界に入れると、目を瞑ったまま、口をへの字に曲げ、身体を震わしている。


 余梁が目を開くまで待ち、那音が口を開く。

「君のお父さんの曲、やっぱすごい」

 それを聞いた余梁は、満面の笑みを作り、跳び跳ねるように立ち上がる。

「那音くん、すごい!すごいよ!」

 とまたハイタッチのように両手のひらを向けてくる。それに応じて手を合わせると、ギュッと握られた。


「……ちょ……手……俺、手汗……」

「那音くん、すごかった。ほんとに。昔のお父さんみたいな魔法の歌だった」

 

 那音は、弾む心臓を抑え動揺(どうよう)を隠し、なんとか言葉を返す。

「おれ目指すべき歌がわかった。この曲に込められてる想いが身体に入り込んできた」


 息と固い(つば)を飲み込み、那音が続ける。

「この曲って、余梁のこと歌ってるんじゃないかな?」

「うん、私も今聞いて、そう思った」

 余梁は応え、言葉を続ける。

 

「私、ちゃんとお父さんに愛されてるね」

 朝のたぬき寝入り中の疑惑を吹っ飛ばし、満足感で顔を満たしている。

「あの曲……お父さん、めっちゃ余梁のこと大好きだと思うよ!」

 那音は、手の感触に慣れてきて、握り返しながら伝える。

 液晶には、測定不能と表示されている。


 

「じゃあ、そろそろ……」

 と那音が切り出すと

「あ、あのー……那音くん……。」

 と小さく右手を挙げながら余梁が発言を続ける。

「ポ、ポテト持って帰っていいでしょうか?あと……オレンジジュースも……お父さんに豪邸(ごうてい)土産で……」

「あはは……もちろん、いくらでもいいよ」

 と那音が応えると、やったーとガッツポーズを作る。 

 ポテトとオレンジジュースを持ち帰り用に包む。


 「じゃあ、そろそろお開きかな」

 再び那音が伝えると、残念そうにジト目をつくり、余梁が問いかける。

「……え、延長は無しですか?」

「無しです」

「だってカラオケじゃないの?」

「いや、家だよ!」

 先と逆のやり取りを交わし締める。

 

 公園まで送っていく途中、那音は前を向いたまま

「余梁、また練習試合しようね。朝、夕は自主練か学校があるけど、今日ぐらいの時間ならいつでもいいから」

「那音くん、ありがとう。私もまた那音くんの歌聞きたいから、それじゃ明日も明後日も行くね!」

「えっ!?……喉大丈夫?」

「調子悪かったら、聞くだけにするから」

 お願いします、と両手を合わせながら上目遣いで那音を見る。


「うーん、わかった。また、うがい薬とのど飴、用意しておくね」

「やった!ありがと!じゃあもう近くだからここら辺でいいよ。那音くん、お父さんとの話し合いがんばって!さっきの歌の調子で気合い入れて!」

 右手の拳を那音の方に突きだし、余梁が駆け足を始める。


「ありがと!バッチリ伝えるわ!」

 那音も拳を突きだし、後ろ姿を見送る。



 * * * * * * * * * * * * *


 余梁の手の温もりの余韻(よいん)を思い出しながら、家に着き、スマートフォンを確認すると、正人(まさと)からメッセージが届いていた。


 『那音、悪い。急患だ、

  今日は帰れない』


 喉の話をしようとするといつもこうだ。


 結局、話し合いが出来ないまま、夏のオーディションを迎える。

 那音が挑戦できるオーディションは後二回。



       『喉の熱さと喉の厚さ(後編)』

第一章 完です。

ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます。

面白いと感じてくださったら、評価、ブックマークして頂けるととても励みになります!


この話は結末まで決まっていて、

まだまだ面白い展開用意してますので

この後も是非読んで頂けると嬉しいです!!


第二章 4月27日(月)18時より開始します。

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