第10話 バレバレの嘘
重い足取りのまま、行き先を決めずに歩く。
必死で努力して、やっと掴みかけた夢。それを天才たちは簡単に奪っていく。
誰にも会いたくない。親父にも家政婦にも……余梁にも。
否、余梁には、会って慰めて欲しい気持ちと、会いたくない気持ちが拮抗していて、僅かに会いたくない方が強い。
彷徨い、気付くといつもの公園に来ていた。
「はぁ……」
毎日の練習、余梁と出会ってからの日々を思い返し、深いため息をつく。
太陽がゆっくり沈み一日の終わりに向かう遊歩道。水の中を歩くような気分で、いつもの練習場所に吸い込まれる。
その途中、あの日に余梁が入っていた遊具から音が聞こえる。
「……ぅ…………ぅ……」
音を立てないように覗いてみると、
「……うぅ……くぅっ……すっ……ぅうう……」
顔を伏せ嗚咽を漏らしながら、余梁が泣いていた。
いつも明るく真っ直ぐで、笑っている余梁の印象が強い那音にとって、それは衝撃だった。
幸い、こちらに気付いていないようなので、そのままそっとして、どうするか決められないまま、ベンチに根を張る。
今は自分の事で精一杯。だが心配。気になる。
何もできないまま、辺りはすっかり暗くなった。
今まで、練習のためにあれだけ惜しんでいた時間を浪費した。
なのに後ろめたさすら感じない。
ベンチに張った根は抜けるのだろうか。
那音はまた、立ち上がれるのだろうか。
浪費する中でも、一つだけは決められた。
――余梁が遊具から出てきたら声をかけよう。
そんなことすら、決めないとやれない。
堂々巡りするうちに、時計は長針が二周していた。
何度も根を抜こうと足に力を込めるが、抜けないまま、変化が訪れる。
那音のスマートフォンが震えた、余梁からの着信だった。
目を丸くし、遊具の方を一瞥した後、再びスマートフォンに視線を戻す。
だが指も思考も固まってしまい、出られないまま切れてしまう。
一度深呼吸をし、どう切り出すかシミュレーションをしてから折り返す。
ワンコールで余梁は出た。
『あ、那音くん、もしもーし』
遊具の中で泣いていたとは思えないほど、いつも通りの明るい声が聞こえる。
「もしもし、余梁、どうしたの?」
『どうしたの? ってそりゃオーディションの結果でしょ』
「あ、あー、そ……そうだよね」
『あ、待って言わないで、直接聞く。今から会いたいんだけどいい?』
「うん、いいよ。俺もちょっと会いたかった。ウチ来る? それとも公園?」
『ちょっとかい! 私今公園にいるから公園でいい?』
「わかった、じゃあ10分後にいつものベンチのとこで」
電話を切ると、那音は公園にいたことを隠蔽するために、急いで、だが音を立てずに公園の外に向かう。
公園の入り口で、スマートフォンで時間を確認し、ちょうど約束の時間に着くように、ベンチに向かう。
既に余梁は座っていた。さっき泣いていた気配は、やはりない。
「あ、余梁……お待たせ」
抑揚のない声で那音が言うと
「ねぇー、那音くん、元気ないじゃん。結果バレバレなんだけど」
「……ご、ごめん。余梁があんだけ練習付き合ってくれて、応援してくれて、御守りもくれたのに」
左手に抱えたままのバナナに一瞥をくれる。
「謝る必要ないよ。お疲れ様。ゴホッゴホッ」
喉の調子は相変わらずなようで、以前那音から大量にもらっていたのど飴を、口に入れながら続ける。
「てかさっき電話した時、那音くんも公園にいた?」
「え……いないよ」
右手で首の後ろを触りながら那音が答える。
「うー、那音くんってさ、嘘つくとき首の後ろ触るよね。公園から出てく姿見えたんだけど」
余梁は唇を尖らせ、子犬が威嚇するような声を上げ追及する。
「……ごめん、実はいた」
「どうして嘘ついたの?」
泣いている姿を見た事を隠すためとは言えない。
「いや……なんだろ……ごめん。落ちてからあんまり頭が回ってなくてさ、電話中に『公園にいる』って言えなかったから一旦出ただけだよ」
指摘された手を、意識して下に持ってきて答える。
「余梁はなんで公園にいたの?」
涙の意味が気になり、少し探りを入れてみる。
「わ、私は……またお父さんと喧嘩したのよ」
目を泳がせながら、分かりやすい嘘を返す。
那音はバレバレの嘘を指摘しない。
「そっか……余梁も大変だな。でも公園に泊まるのは危ないしもう辞めなよ」
余梁の嘘を肯定するように話を合わせて返す。
「じゃあさ、那音くんち泊めてよ」
首だけ那音の方に向けた余梁が、頬を上げながらお願いする。
「え……まじで? え、大丈夫? ほんと?」
「お父さん夜勤だし、那音くん変なことしないでしょ」
「それは……しないけど……うーん。わかった」
会いたくなかった方の感情を乗り越えた那音は、言葉では渋りながらも、内心は昂っている。
今夜はどうしても一人でいたくなかった。
「やったー! 豪邸に泊まれるぞー!」
余梁は右手で力強くガッツポーズを作りながら立ち上がると、気が緩んだのか雫が零れる。
顔を背け拭うように顔に手をやった後、何事もなかったかのように
「ほら、那音くん早く!」
と促すと、那音は無言で立ち上がり、歩幅を合わせた。
『バレバレの嘘』




