第五話 認めさせる、譲らない
約束の時間の五分前に着くように向かいながら、既に余梁がベンチで待ってるのを見つけ、駆け足で近づく。
「ごめん。お待たせ。これあげる。朝、声掠れてたから。」
息を切らしながら、のど飴を渡す。
「全然待ってないよ。えっ那音くん、めっちゃ気が利くね。ありがとう!どこのカラオケ行く?」
「カラオケ……なんだけどさ、実はウチにあるんだよね……親父も少しの間、歌手目指してたからさ。だから、ウチでもいい?」
少しうつむきながら、那音が提案する。
「はっ!?ほんとに!?普通、歌手目指しててもカラオケ持ってないでしょ。どういう家?」
「うーん、親父は医者で、母ちゃんはよく分からんけど、世界飛び回ってる……」
「わぁー、お金持ちだ!じゃあ、那音くんちのカラオケで決定!タダ?」
余梁は興奮を顔中に宿し、立ち上がる。
「ウチでいいの?お金は、もちろん無料だけど。」
「いいに決まってるでしょ。やったー、無料カラオケだ!早く行こー。」
那音の腕を引っ張り、立たせる。
那音は心拍が速まるのを感じた。
家に向かう途中、前を向いたまま那音が口を開く。
「……その……余梁のお父さんとの事って……」
「あ、それね。思いきって気持ち伝えたら、大学のこと、そんなに強く言われなくなったよ。」
「おー、よかったじゃん。前も聞きたかったんだけど、余梁のお父さん、急に曲出さなくなっちゃったのってなんで?」
好きな歌手の突然の休止理由を聞くと、余梁は胸の前で拳を握り、唇を歪め重い口を開く。
「――盗作されたの、可愛がってた後輩に。できたばっかの曲聞かせたら、録音して、歌詞も盗んで、全部自分の物にされた。ほら五年前ぐらいに、大賞取ったあの男。」
「……はっ?」
那音は足を止めて、余梁の方を向くが、開いた口が言葉が紡げない。
「それから思うように曲創れなくなっちゃったんだ。だから、私が……お父さんの心を引き継いだ私が、世間に認めさせてやるんだ。あいつに絶対勝つ。――そしたらお父さん、また笑って私の歌、聞いてくれるかな。」
最後だけ無理に笑顔を作り、余梁が強い言葉を発する。
那音は開いたままの口で
「……余梁はすごいな。」
とだけ伝える。
「ねぇ、私も聞いていい?」
「うん、どうしたの?」
「那音くん、この前さ、『声が失くなっちゃう』って言ってたじゃん……どういうことなの?もしかして……病気?」
余梁は気になっていたことを聞いてみる。
「あー……違うよ。うーん……ちょっと長くなっちゃうんだけど。親父が歌手目指してたって言ったじゃんね。二年間必死に練習したけど、才能がなくて諦めたらしくて。」
止まってた足を再び家に進め、那音の言葉を余梁が相槌だけで真剣に聞く。
「それで親父は耳鼻咽喉科と代替器官に詳しい医者なんだけど」
「だいたいきかん?」
パッと漢字が浮かばず、理解できなかった言葉を聞き返す。
「えーっと、義手とか人工心臓みたいなやつね。」
「あーその代替ね。」
「そうそう、それでさ……倫理的な問題は置いといて……才能ある声帯を創って……俺の声帯を、代替しようって話。」
那音は下唇を強く噛み、額に手を当てながら告白する。
「はっ!?なにそれ、那音くんはそれでいいの?」
「いいわけないだろ!だから必死に練習して、結果出して、俺の声のままを認めさせようとしてるんだよ!」
余梁は那音の前に立ち、足を止め、言葉をぶつける。
「いやいや、練習の前にちゃんと断りなよ!なんで言われるがままなの!?」
余梁の声は強かった。理解できない苛立ちがそのまま乗っている。
那音は一瞬だけ目を逸らし、すぐに睨むように言い返す。
「……簡単に言うなよ。」
「簡単じゃないよ!おかしいじゃん。声って……自分の声って……一番大事でしょ!?」
「だから守ろうとしてんだろ!」
思わず声が荒くなる。
「守るって……それ、逃げてるだけじゃん。」
「は?」
那音の眉がピクリと動く。
「だってそうでしょ。練習して認めさせてやるって、話し合うことに怯えてるんじゃないの?。ちゃんと向き合いなよ!」
逃げ場を与えない、真っ直ぐな眼で余梁が伝える。
図星をつかれ那音は言葉を返せない。
そのまま那音の言葉を待っているが
「……コホッ、コホッ」
喉が沈黙を破る。
「――ごめん。余梁の言う通りだと思うから、少し落ち着いて。先に伝えるべきだったけど、俺も今日の夜、親父と話す約束してるんだ。今までは確かに怯えてた。ちゃんと話すよ。」
「なんだ、それならよかった。……コホッ私も大声出して……コホッごめんね。」
余梁はまだ掠れが残る声を、咳を交えながら発する。
「いやいや、俺が大声出させちゃってごめん。のど飴、舐めなよ。」
「うん、……コホッありがとう。いただきます。」
会ったときにもらったのど飴を口に含み
「わぁーのど飴ってだいぶ楽になるね!よーし、那音くんがちゃんと伝えられるように応援歌、歌うぞー!あとどれくらいで家着くの?」
再び歩き始め、残りの距離を尋ねる。
「もう見えてるよ、あれ。」
前方を指差し、余梁に教える。
手入れの行き届いた生け垣に囲まれた、近所で知らない人は居ないだろう、豪邸を差していた。
どう伝えても自慢になってしまうので、家を紹介する時には、毎回相手の反応が気になる。
余梁は……
身体の前で両手を握り
「すげーー!」
と眼をキラキラさせていた。
『認めさせる、譲らない』




