第36話 夢への扉
夢への扉は自動ドアではない。自分の力でこじ開けるしかない。
そう思って努力してきたのに。
——やっぱりこいつら天才にとっては自動ドアなんだ。
那音は自身の太ももを力の限り握った。
しかし那音は折れない。決して折れない梁を打ち込まれているから。
だから無理をしてでも那音は、またすぐに立ち上がる。
一度大きく深呼吸をして、スッと立ち上がった。
「ありがとうございました」と深々とお辞儀をしてから、会場を後にするために、背中を向けてドアに向かった。
「風間さん! ちょっと待ってください」
ドアの直前で、面接の時に握手をした審査員の声に呼び止められた。
——呼び止めないでくれ……。振り返りたくない。だって今の顔は誰にも見せられないぐらい、ぐちゃぐちゃなのだから。
那音は振り返らずドアを向いたまま、足を止めて続く言葉を待つ。
「今日の合格者が任されるのは、なんのアニメの主題歌だと思う?」
どうして落ちた者にそんな話をしているのか、全く理解ができなかった。
そのままの姿勢で、首を振って不理解を示す。
審査員は咳払いを一つして、先の自身の質問の答えを言う。
「君が憧れた、あのマンガが原作のアニメだよ」
那音の胸が跳ねた。膝の力が抜け、グラつく。なんとかギリギリのところで踏ん張った。
しかし震える声が漏れる。
「……なん、なんです、か……。なんで……それを、今、俺に、言うんですか」
審査員は毅然とした態度で、那音の想いを全て受け止める。
その上で、同じ熱量をぶつける。
「風間那音さん!」
力強い声でフルネームを呼び、そして
「——君が憧れたあのキャラの声を、君にお願いしたい」
と告げた。
その提案を頭が理解した瞬間、那音の顔はさらにぐちゃぐちゃになった。
膝の力は完全に抜け、その場に崩れた。
慌ててその審査員が駆け寄ってくる。
傍らに膝をつき、肩に手を添えてくれた。
「もちろん、僕たちが大好きなあの歌うシーンもだ! やってくれるね?」
「……はい。……やらせて……くださいっ」
那音はぐちゃぐちゃの顔を隠そうともせず、両手で力の限り拳を握りしめ、噛み締める。
「……やった。やった」
天才が開けた夢への扉に、ギリギリのところで爪先を引っ掻けた。
それから審査員は補足を続ける。
様々なジャンルの芸能事務所だから、入り口はたくさんあること。
そのキャラの声優を入り口にして、その先に那音が目指しているような歌手を目指せばいいと。
夢や目標を諦めない力を与える歌手を目指している那音にとって、そのキャラを演じられるのは、まさに渡りに船だ。
説明を受けていると、視界の端を人影が横切る。
重い足取りで松葉杖をついている蹴人が、ドアへ向かっていた。
那音はドアの近くに居たが、反応が遅れ、気付いた時には、ガチャンとドアの閉まる音が聞こえてきた。
その音にハッとして
「すみません。お話の途中なんですが……俺の憧れたキャラは、ああいう奴の事、ほっとけないんです」
と言った。
「ハハハ、そうだね。むしろ彼をほっとくようなら、あの役はやらせたくないよ」
審査員は軽口気味に背中を押してくれた。
「詳しい話はあとでしよう。これが私の連絡先だ」
連絡先が書かれたメモを受け取り、文字通り背中をポンと叩いてくれた。そして勢い良くドアを開け、廊下に出た。
【夢への扉】




