第33話 三者三様の歌う理由
天才Kが五番目の椅子に座るのを確認して、一番左の審査員が仕切り直す。
「はい、それでは始めます。おはようございます。本日は弊社の専属ボーカルオーディションの、最終選考にお越しくださいまして、ありがとうございます」
ハキハキとした口調で進める審査員に、向かい合った五人は挨拶だけを返し、緊張感の無い天才K以外は、背筋をピンと伸ばして静かに聞く。
「ご存じだと思いますが、弊社は様々なジャンルで活躍するタレントが所属している芸能事務所です。今回はその中でも、特にアニソンボーカルとして活躍できる人を求めています」
進行を務める審査員は、五人の顔を順番に品定めをするようにじっくりと見ながら続ける。
今回のオーディションで合格した者は、来年に放送が決まっている、とあるアニメの主題歌を任される事。
その後、アニソンだけでなく本人の素質や、伸び代を考慮して、様々なジャンル——シンガーソングライターや声優、アイドルやテレビタレントなどに育成される事が説明された。
「ここまでで質問はありますか?」
「はい」天才Kが右手を挙げて質問をする。
「参加者はこの五人だけスか?」
「そうですね。申し込みの際に送って頂いた歌唱データと、書類審査を経てふさわしいと判断した五名に最終選考に来て頂きました」
天才Kに視線を向けて、淡々と説明したあと「それでは」と進行した。
「次に本日の審査の流れを説明致します」
抑揚の無い声で告げる。
まず、自己紹介と志望動機、簡単な自己PRをした後、課題曲を一番だけ歌う。そして最後に個別で面接をしてから結果発表が行われる、と説明された。
「質問はありますか?」
「はい」再び天才Kが手を挙げる。
「課題曲ってなんスか?」
その質問に対して進行役は眉をひそめる。
「申込みサイトに書いてあったハズですが……」
天才Kは他の参加者に顔を向ける。那音以外は皆、目を合わせず細かく頷き、那音は鋭い目つきで、横の天才Kに不満を飛ばした。
そして進行役から、課題曲は最近の大ヒットアニメの、挿入歌に使われている曲と説明される。
「あー、よかった。それなら歌えるス」
天才Kは胸を撫で下ろした。
那音は憤る心を振り払うように首を振り、気持ちを落ち着かせて視線を前に戻す。
「それでは、自己PRから始めます。弊社は真面目な優等生が欲しいわけではないです。皆さん取り繕わずに、心の内の熱いものを曝け出してください」
声のボリュームを一段階上げて、会場の緊張感を高めると「ではあなたから」と蹴人へ振った。
「はい」ハキハキと返事をして、ギプスを巻いていない方の片脚で立ち上がろうとすると
「あなたは座ったままでいいですよ」
と言われ、謝意を伝えてから座ったまま始めた。
「相良蹴人、十八歳、高校三年生です」
聞き取りやすい声で、審査員の顔を順番に見ながら続ける。
「俺は小さい頃から歌が得意で、それで母ちゃんに『歌手になれ』ってずっと言われてきました。夏にあった別のオーディションでは優勝して、楽曲を提供してもらう事もできました。そんな中で自分自身も歌手になりたいと思うようになっていきました」
事前に用意してきたように、すらすらと述べると、一息ついて、ゴクリと音を立てて唾を飲み込み。
「——みたいな事を言おうと思っていましたが」
目つきを鋭くして心の内を曝け出す。
「本当はずっと、十八年間ずっと。サッカー選手になりたかった。今年の春ぐらいから大学やプロのスカウトに声をかけられたりしてたのに……。少し前に……最後の大会前に、大怪我してからバッタリとそんな話も無くなりました。今の俺は得意な歌に縋るしかない。歌が無くなったら、俺からは何も残らない。よろしくお願いします」
サッカーの話の時に僅かに声が震えたが、それ以外は堂々と胸を張って告げた。
那音は眉間にシワを寄せて、できるだけ蹴人の声を頭に入れないように努める。今は自分に集中したい。
審査員は五人とも深く頷きながら、拍手で応じて「では次の方どうぞ」と促した。
二人目、三人目と無難な自己PRが続く。
審査員の反応は分かりやすく、僅かに首を傾けて気持ちのこもっていない拍手が響いた。
そして那音の順番になる。
「風間那音、十七歳、高校三年生です」
丁寧に一音一音しっかりと伝え始める。
「俺は小さい頃に読んだマンガの影響で、脇役のちょっとしたシーンなんですが、歌で人を救える人に憧れました。その憧れを大事に育てて歌手を目指しています」
胸を張り力強い言葉をハキハキと続ける。
「ですが、今年の夏ごろに諦めかけてしまいました。そんな時に俺を鼓舞してくれる子が居たんです。俺の歌が大好きだって。そしてその子が応援してくれる姿が、俺の憧れたマンガのキャラに重なりました。人を救う姿に憧れた俺自身が、逆に救われちゃってる事に気付きました」
那音は自分の喉に左手でソッと触れ、大きく息を吸い込み
「その子が今日、別の場所で戦っています。それを俺は自分の歌とオーディションの結果で祝福したい。その子が救ってくれた俺の歌で。その子が繋いでくれた俺の夢で」
審査員の反応を確かめるように、間を取り一人一人に視線を向ける。
好奇の目を向ける者、前のめりになり頷く者、全員が那音に惹かれ興味を示していた。那音は手応えを感じ、右手を拳にして強く握り込む。
「そして俺は、俺の歌で世界中の人に勇気を与えられる歌手になる。よろしくお願いします」
深々と頭を下げると、力強い拍手が響き渡る。
トラウマの影響で一瞬体がビクッとするが、すぐに異変を感じる。
拍手に対して、怯える感情が生じなくなっていた。
怪訝に思いながら、頭を上げて着席した。
「では最後の方、どうぞ」と天才Kの番になる。
のっそりと立ち上がり、徐に口を開いた。
「加藤っス、十六歳、高校一年っス」
「フルネームでお願いします」
緊張感が全くない自己紹介を始める天才Kに、審査員が初めて途中で口を挟んだ。
そして加藤は言いたくなさそうに、身体をもじもじさせた後、絞り出す。
「——加藤…………我歌っス」
恥ずかしそうに顔を俯かせた。
ここで那音は天才Kの名前をすんなり認識したことに対しても、自分の中での変化を感じた。
「俺は親が歌手で、それで変な名前も付けられて、歌手になることもほぼ強制っス。あ、でも歌が上手いのはマジっス。お願いしまース」
軽く首だけで会釈をして自己PRを終えると、まばらな弱々しい拍手が鳴る。
三者三様の歌う理由が明かされ、いよいよ課題曲の歌唱審査が始まる。
『三者三様の歌う理由』




