第31話 二人らしい激励
しばらく固まって歌の余韻に浸っていると、
「さ、次のやつ捲って!」
二本目のバナナを捲るように促された。
また同じタイプのボイスレコーダーが出てきた。余梁は企んだような顔で那音を覗き込んでいる。
期待を膨らませて、再生ボタンを押すと、勢いよく男性の声が流れ始めた。
『——君の頑張りはいつも見ていたよ! いよいよ大事なオーディションなんだってね! 君ならできる! 絶対できる!』
那音は目が点になり、余梁の方へ顔を向ける。
「……えっと……だれ?」
「ふふふ、よくここで散歩してる、高橋さん!」
「いやいや、喋ったこともないし、顔もわからんのだけど!」
「ちょっとネタ枠で使わせて頂きました! でも那音くんを見てて応援してくれてるのはホント。今度一緒にお礼しよっ」
首を傾けて、舌を出しておどけた。
那音は「余梁らしいな」と口の端を上げて、もう一度再生して、小さく「ぷっ」と笑った。
そして、言われるまでもなく、三本目を捲る。
「これもネタ枠?」
「さぁ、どうでしょう?」
予想通り、ボイスレコーダーが出てきて、ワクワクしながら再生ボタンを押す。
『——那音へ』
小さな頃から聞き慣れている声が流れ始めた。那音を温かく包み込むように。
『まず、お前の才能を疑ってて悪かった。俺は自分が歌手を目指していたのに……いや、目指していたからこそ、勘違いしていた。あの後、また余梁さんから熱く話をされたよ。人を救う歌っていうのは、どれだけ想いを乗せられるか、なんだな。恒一さんがそうだったように。——オーディション、自信持っていけ。お前は俺の自慢の息子だ』
那音は聞き終わると、無言で俯き肩を震わせた。
「よかったね、那音くんっ」
「……うん」
膝の上で拳を握り、その上に雫が落ちた。
「……俺さ、昔バカにされてから勘違いしてた。俺の事、応援してくれる人ってこんなにいるんだな」
「へへへ、その通りだよっ」
「余梁のおかげで気付けたわ。ありがとう」
それを聞いて余梁は満足げな顔で、何度も頷いた。
那音はポケットを探り、
「実は俺からも渡すものあるんだ」と手のひらサイズの物体を渡した。
厚みが無くて、お年玉が入っているような袋で包まれている。
「わぁ! なにこれ! 嬉しい。嬉しい。開けていい?」
両足をバタバタさせて、パッチリと目を見開いて尋ねる。
「もちろん」
「やった、やったー! ん……? え、なにこれ……?」
興奮する余梁に、得意気に応じるが、すぐに訝しんだ顔を向けられた。
「え? なにって……御守りだけど……」
「違う違う。それはわかるよ。え、なんで交通安全なの?」
那音は口をポカンと開けて、目を点にして固まる。
そして五秒ほど停止してから急に「しまった」と言って、額を左手で叩いた。
「え? なにか狙いがあってじゃなくて?」
「……ごめん。まじでうっかりミスだ。なんとか手術の時間までに変えてくる」
慌てて立ち上がり、走り出す姿勢を作った那音を、余梁が腕を掴んで引き止める。
「あっははは、那音くんらしいなぁ。これでいいよ。ううん、これがいい!」
交通安全の御守りをギュッと握り、自分の胸に当てた。
那音は申し訳なさそうに振り返り「ごめん」と掴まれていない方の手を、顔の前で縦にする。
余梁は掴んでいる手を離して、那音の手に合わせる。
「これでお互いにありがと、しよっ」
片手ずつで合掌して、上目遣いで提案した。
「うん」と那音も当然受け入れて、アイコンタクトでタイミングを合わせる。
「「ありがとっ」」
同時に言って、同時に歯を見せて笑った。
「俺さ、実はもう1個プレゼントってか、計画してたことがあって……」
手を離して、まだ薄暗い空を見上げる。
「なに?」
「ちょうど今の時間ぐらいに、しぶんぎ座流星群ってのが見れる予定だったんだけど……」
目を凝らしてみても、流れ星は見えない。
嘆息を漏らしながら、
「俺の計画、なんも上手くいかないなぁ」
と呟いた。
「そんなことないよ。私はこの御守りめっちゃ嬉しかったし! うーん、じゃあもう一個、那音くんからもらっちゃお」
御守りを見せびらかし、顎に人差し指を当てて考え、後ろで手を組んで、ピョンっと那音の正面に立った。
豊富なジェスチャーから、幸せが滲み出ている。
「ん? どういう意味? え、ちょ、なに」
不理解を示す那音に、もう一歩近づく。
そして、那音の喉に口づけをした。
那音は気をつけの姿勢で、指先までピンとして固まり、頭の中が余梁だらけになっている。
先の言葉の意味がまだ理解できない。これではまるで那音の方がもらっている。
余梁は唇を離して、一歩下がって、
「那音くんが力を発揮できるように、おまじないだよっ」
ニンマリと笑った。
そして笑顔の中に照れを加えて「それと」と続ける。
「——私も……。手術、怖いから……だから……んっ」
自分の顎を上に向け、喉を人差し指でトントンとして、先のお返しを求めた。
那音は納得したが、された事と今から自分がする事を思って、冬なのに身体が火照る。
余梁は黙って待っている。そこにロボットのようなぎこちない足取りで近づいた。
しかし間近まで近づき躊躇っていると、余梁もピンと指先まで伸びている事に気づいた。
フフッと息を漏らしながら腰を屈めて。
余梁の喉に口づけをした。
触れたところからお互いに熱が伝わり、広がる。それは愛を土台にして、勇気や自信、覚悟や誇りを二人の全身に張り付けた。
「へへへ、那音くんの変態! 顔真っ赤だぞ」
顔を真っ赤にした余梁が言った。
「うるさいっ」余梁の顔には言及しない。
「おかげで、私も手術がんばれるよっ! ありがと!」
小指を立てて那音に向ける。
それを迎えに行って、小指だけ繋がる。
そして同じ歩幅で公園の出口に歩いた。
この後は余梁は一旦家へ、那音はコーチの元へ向かうため、やがて別れ道になる。
「じゃ、また後で」
「うんっ」
既にたっぷりと言葉を送り合い、激励をし合ったので、言葉少なに別の道へ。
背中を向けて歩き、まだギリギリ相手の姿が見えるタイミングで、ふと二人同時に空を見上げた。
示し合わせず、同じ空を見上げると、明るくなり始めの空を何かが横切る。
咄嗟だった。
——余梁の手術が成功しますように。
——那音くんのオーディションが上手くいきますように。
空を横切ったのが流れ星かは、わからない。
だが咄嗟にそれぞれ、自分の事ではなく相手の事を祈った。
そして同時に振り返り、二人とも一生懸命ジェスチャーで空を示す。
もう一度見上げると、薄明かりの空をほんのりと、いくつかの星の光が横切った。
二人の未来に明るい希望を示すように。
『二人らしい激励』




