決意の後
四時にセットしたアラームの音で那音は目を覚ます。
季節とともに、日の出の時間は遅くなり、外はまだ真っ暗だ。
「よし」と自分の頬を張り、気合いを入れて、部屋の外に出る。
余梁が寝ている部屋の前に立ち、コンコンと小さめのノックをすると
「あ、ちょっと待って。すぐ出る」
五秒ほどで余梁が出てきた。
あの日、余梁が手術を決心してから、一時的に那音の家に身を寄せて暮らす事になった。
体調面や生活面、防犯の面など様々な面で那音の傍に居る方が安心だろうと、二人で出した結論だった。
とはいえ、二人ともお互いの傍に居たいのが一番の理由である。
「余梁、おはよう」
「おはよ、那音くん」
「今日もついてくる?」
「もちろん!」
「体調大丈夫?」
「早寝早起きして、適度な運動が一番だよ! だから那音くんの朝練のおかげでバッチリ!」
朝の準備を済ませ、いつもの公園に向かう。そしていつものルーティンをこなす。
いつしか、余梁が横で応援することもルーティンのようになっていた。
朝練を終えて家に帰る途中
「今日って、余梁なんか用事あったっけ?」
「私はスマホの画面の修理行くよ。那音くんは?」
「俺はオーディションの申し込み。今日からだから」
那音はまた頬を張り、気合いを入れながら言った。
「あ、そうだね。いよいよだね」
那音の方を向き、微笑みながら言った後、少し俯いて自分の喉を撫でた。
「「ただいま」」
あの日から余梁は『おじゃまします』を『ただいま』に変えていた。
「じゃあ俺、申し込み用に歌ってる動画撮らなきゃいけないから」
「うん」といって余梁は拳をつき出す。
それに応えて、拳を合わせた。
そのまま背中を向け、那音は地下のカラオケルームへ向かう。
何度か撮り直し、一番満足のいくデータを残した。
そして、必要事項を入力し、歌唱データを添付して、那音にとって最後のオーディションに申し込んだ。
『申し込む』ボタンを操作した後、目を瞑り深く息を吸い込む。
そして開けた目には、揺るぎない決意が宿っていた。
その後、食堂へ行き壁にかけられたカレンダーの前に足を運ぶ。
オーディションの日、一月十日の日曜日。
その欄には既に、別の予定が書き込まれていた。
『余梁 手術』と黒いマジックペンで力強い文字で。
そして、その下に同じように力強く
『那音 オーディション』と書いた。
* * * * * * * * * * * * *
「修理の時間ってどれくらいかかりますか?」
スマートフォンの画面を修理してもらいに来た、メーカーの直営店で、余梁は尋ねた。
「一時間程でできると思います」
「わかりました。でしたらまたその頃、戻ってきます。よろしくお願いします」
といって、店を後にした。
そのままの足で、道路を挟んで向かい側にある、五階建ての大型家電量販店に入る。
フロアマップを確認し、目当ての売り場まで真っ直ぐ向かった。
「すみません。これの一番安いモデルってどれですか?」
近くの店員に、陳列されている商品を一つ示しながら尋ねる。
「それでしたら、こちらでございます」
「ありがとうございます! でしたらそれ、四つ買います」
目当ての物を手に入れ、口の端を片方だけ上げてニヤリと微笑んだ。
『決意の後』




