第23話 向かい風へ、二人で
撫でていた余梁の頭から手を離し、自分の胸に当てられた手に重ねた。
同じ鼓動を二人で共有しながら、その鼓動が伝播するように全身に覚悟を宿していく。
「――てことは、俺の人生もハッピーエンドだな」
「へへへ。お願いします」
鋭い表情の那音に、余梁は軽くお辞儀をして応える。
余梁の口から『ハッピーエンド』という言葉が出た事で、那音の胸を支配していた焦燥感が少し緩んだ。
だが、状況が好転したわけではない。
「少しベンチで休もうか。これからの計画も立てたいし」
「うん」
重ねた手を胸から離して、自然と握り合ってベンチに向かう。
その途中、少し俯きながら余梁が言う。
「私、この先ほんとに無計画だからね。……追いかけてきてくれなかったら。多分、そのままどっか行ってたし……」
それを聞いた那音はゾッとして、握った手に力を込めて、自分の方に少し引く。
「もう死ぬまで、那音くんの傍から離れないよ」
引かれた腕に身を寄せながら余梁が微笑みながら言った。
「……余梁。『死ぬ』って言わないで……」
「はーい」と拗ねたように言ってから、
「救ってくれるんだもんね。私のヒーロー」
余梁が舌を出しながら言ったその響きを聞いて、那音は口角が上がった。
肩の触れる距離で、ベンチに座り那音が口を開く。
「ちょっと2件電話させて」
と言って握った手を、名残惜しそうに離す。
そしてスマートフォンを操作して電話をかけた。
電話を待っている間、余梁は頭を那音の肩に預けていた。
電話が終わり、再び手を握り合う。
「なんの電話?」
「一つはタクシー。迎えに来て貰う」
「え、お金は?」
ハッとして那音の方を向いた顔に、優しくデコピンをする。
「そんなこと気にしなくていいの。俺、コーチのとこでバイトさせてもらってるからさ」
「……わかった。ありがと」
満足した顔で那音が続ける。
「もう一つは親父の病院」
「……私。人工声帯は嫌だからね」
「わかってるよ。セカンド・オピニオンしよう」
余梁はゴクリと唾を飲み込み黙って聞く。
「知ってると思うけど」と前置きをして
「俺の親父さ、世間的には曲がって見られるかも、だけど。本人的には真っ直ぐ声帯と向き合って来たから」
「うん、うん」と頷きながら聞いている余梁の方を向き、「それに」と続ける。
「憧れだった歌手の……。その……娘。だから、意地でもなんとかしてくれそう」
「うん、うん。そうだよね」
余梁も顔の向きを変えて見つめ返す。
「那音くん。お父さんの事、言いにくそうにしなくて良いよ。――自慢のお父さんだからね」
と無理に作ったような笑顔を向ける。
那音は何も言わず、ただ握った手に力を込めた。
そのまま居心地の良い沈黙を堪能して過ごす。
タクシーのお迎え時間が近づき、那音が先導して歩き出す。
再び向かい風の方へ。
さっきはそれぞれが一人で立ち向かった、この向かい風。
今は違う。二人で立ち向かえる。
同じ歩幅で。一歩。一歩。
二人のドラマを。人生を。ハッピーエンドにするために。
遊園地の門をくぐり、駐車場に着くと、既にタクシーが待機していた。
名前を告げて那音から先に乗り込む。
「すみません。少し遠いのですが……」と前置きをして行き先を伝えると、ドライバーは少し不機嫌になったような気がした。
「お客さん、学生さん? 失礼だけどお金ありますか?」
「大丈夫です」
キッパリと答えた那音に対して、その後は特に何も言わず、概ね丁寧なマニュアル接客を受け、出発した。
しばらく無言で車の揺れに身を任せていると、窓の外をジッと見つめながら、余梁が口を開いた。
「ね、楽しかった?」
「めっちゃ楽しかったよ。――あのバイキング、家に欲しいぐらい!」
「あはは。よかった。那音くんと居ると落ち着くな」
と言って肩が触れる距離に寄ってきた。
那音は手を迎えに行き、そっと繋いだ。
「病院に着く前に少し整理させて」
と那音が眉間に皺を寄せ、観覧車で聞いたことを、思い出しながら話し始める。
ドライバーにできるだけ聞こえない声量で。
余梁に確認を取りながら自分の中で整理をした。
・ガンを治すためには声帯を全摘出するしかない
・喋れなくなって生きていくのは無理
・父に喉を傷付けられた可能性が高い
・人工声帯になって大好きな父に嫌われるのは無理
そして、那音の当面のやることが決まった。
・自分の父に、全摘出以外で治す方法を探して貰う
・余梁の声のままの人工声帯は作れないか
・余梁の父と話をつける
これがダメなら、また別の方法を探す。
絶対に余梁に失わせない。余梁を失わない。
繋いだ手にギュッと力を込めて、到着までのひとときを噛み締めた。
『向かい風へ、二人で』




