第22話 ドラマチックなわがまま⑥
余梁は、那音に抱きついたまま、その胸に顔を埋め、大きく呼吸を繰り返して、気持ちを落ち着かせる。
那音は、回した腕を余梁に触れないまま保ち、同じように呼吸して、息切れと気持ちを落ち着かせる。
その呼吸のタイミングはどちらから合わせるでもなく、次第に同調していき、重なった。
余梁は埋めた顔を少し離して、見上げるようにジト目を向けた。
その意図は那音には伝わっているが、そのまま動かない。
次第に目が鋭くなり、「うー」と声が聞こえてきたので、那音はついに観念する。
そして、回した腕で、余梁を包み込むように抱き返した。
余梁は満足そうに頬を上げ、再び顔を埋める。
「那音くん。心臓バクバクだよ」
「走ってきたから……かな」
「ドキドキしてるんじゃなくてー?」
「――それも、ある。かも」
「へへへ。――私もっ」
那音の背中でトン、トンとリズムを取りながら、余梁が鼻歌を奏でる。観覧車で歌った曲だ。
ゆっくり時が流れて、ワンフレーズが終わったところで
「あのね、私、観覧車で話した映画の内容。実は覚えてるんだ」
「そうなんだ……。どんな話?」
抱き付く腕の力がギュッと強まる。
「――最後にね。ヒロインが…………死んじゃうの」
「――――っ」
那音がなにも言葉を返せないまま、余梁が続ける。
「映画とかドラマの中だったらさ。きっと『死ぬ覚悟が決まった』とか『君と過ごした日々が宝物だから悔いはない』とか言って。負担にならないように……黙って。立ち去る。のかなぁ……」
声の震えを感じた那音も腕の力を強める。
「私……今日ずっと。葛藤してた。那音くんの負担になりたくないから。ガンの事も言わずに立ち去ろうかなって……」
「いや、言ってくれてよかったよ。全然負担じゃないからね」
「……ありがと。……病気のヒロインが助かる話ってあんまりないよね。どうしてなんだろ? 死ぬ方がみんな観たいの?」
「……そんなこと考えなくて大丈夫だよ」
次第に感情が高まる余梁の背中を、ポンポンと慰めるように叩く。
だが感情は落ち着かず、涙を堪えるように呼吸も乱れていく。
「――私……。死に、たく、ない。死にたく、ないよぉ……」
表面張力ギリギリの気持ちが溢れた。
「映画、みたいな結末。嫌だ……。私は……そんなに。強く、強くないよぅ……」
後ろに回した手で那音のシャツを握り込む。
「――余梁。あのね、迷惑かけないように、1人で歯食いしばって堪えることなんか『強さ』って言わないよ」
埋めた顔を離して、ハッとした目を那音に向ける。
那音も近距離で余梁を見つめ返して続けた。
「抗おう。一緒に。どんな過程でも最後にニッコリ笑える方が強い。絶対に。自分と大切な人が笑顔になれるように頑張ることが『強さ』だ」
真っ直ぐに目を見て那音が言った。
「それに……」とさらに続ける
「好きな子からのわがままは、迷惑じゃなくて嬉しい事なんだ」
「……那音、くん……」
「よ、余梁だって……俺がピーピー泣いて『助けて』って言ってきたら嬉しいでしょ?」
「それは……嬉しくは……ないかな」
見つめ合ったまま笑い合う。
「少し落ち着いた。ありがと」
と言って余梁は身体ごと離れた。
その様子を見て那音も落ち着いて説得を試みる。
「――生きて欲しい」
それを聞いた余梁は何かを抑え込むように目を瞑り
「――私も生きたいよ。うん。ほんとに」
「じゃあ……」
那音が言い終わる前に、「でも」と遮って
「声を失って生きるのは絶対に堪えられない……。あと人工声帯の話も。そんなことしたら、さらにお父さんに嫌われそうで怖いの」
「そのお父さんが原因で病気になったかもしれないのに?」
「――私は……それでもお父さんが好きなの。たとえ傷つけられてたとしても……」
目には迷いがなく、強い想いを感じる。
「だからさらに嫌われるくらいなら。このまま……死んで。……惜しまれたい……かなって思っちゃった」
その言葉の含意を汲み取った那音は、余梁の頭に手を伸ばして、優しく撫でた。
「さすが那音くんっ! 私が今して欲しいことよくわかったね」
と頭の上の撫でる手を指差して「ししし」と笑いながら、
「――私、どうすればいいかな?」と言った。
「今すぐに答えは出せないけど……。でも絶対になんとかする。笑顔で居て欲しいから。一緒に笑って居たいから」
それを聞いた余梁は手を伸ばして、那音の胸の真ん中に当てる。
そして、那音の心臓の鼓動を感じながら深呼吸した。
「これ、言おうか今日ずーっと本当に迷ってたんだけど。那音くんの想いも、よく伝わったから言うね」
濡れた目のままニッコリと笑い、首を傾けながら
「――ハッピーエンドにして。私の人生」
「――これが私の『ドラマチックなわがまま』だよ」
『ドラマチックなわがまま』




