第20話 ドラマチックなわがまま➃
風向きが変わったのか、花火の煙が観覧車に向かってくる。
先ほどまでは気にならなかった、機械音がやけに気になる。沈黙がうるさい。
なんとか努めて冷静に伝えた余梁は、自分を落ち着かせるので精一杯。
良い返事をほぼ確信した告白を遮られ、逆に衝撃の事実を明かされた那音は、現実逃避に走ってしまう。
――俺の告白を断るための嘘じゃないのか
――いつものおどけた冗談じゃないのか
余梁の雰囲気から事実であることは、容易に想像がつく。
しかし那音の無意識が『こうであって欲しい』と現実逃避をしてしまう。
なんとか自分の意識を叩き起こし口を開く。
「――余梁……」
言葉が続かない。
それを見て余梁が、
「――ごめんね。こんなこと言われたら……困るよね。黙ってバイバイできなくて、ごめんなさい」
ぎこちない笑顔を作った。
「そ、そんなことないよ……。俺に話してくれてありがとう」
「……那音くんならそう言ってくれると思ってたよっ」
前のめりに話す那音に、さっきより自然な笑顔で応える。
がんばれ俺、がんばれ俺、がんばれ俺
自分を奮い立たせ、パンっと頬に両手で気合いを入れる。
そして「……余梁」と口を開き
「――好きだよ」
と伝えた。
余梁は
「……那音くん」と口を開き
「――ありがと。……ごめんね」
と伝えた。
余梁は自然な笑顔を浮かべている。
単純な断りではない。
たった二言の返事。その二言にどれだけの意味、想いが込められているのだろうか。
次は脚にパンっと気合いを入れて立ち上がり、余梁の横に腰を移した。
余梁はその肩に自然と、自分の首を預ける。
那音が自分の膝の上で手の平を開くと、手が重なってきた。
「――余梁……俺がついてる。俺が助ける。詳しく話せそう?」
「ありがと。でもね……よく考えた結果なの……」
繋いだ手に力を込め、余梁の声が震える。
「――聞いててね。……上手に……話せないけど」
那音も手に力を込め、優しくコクりと頷いて応えた。
「あのね……」とゆっくりと、しっかりと言葉を紡ぎ始める。
「夏の那音くんのオーディションの日、私用事あるって言ってたでしょ?」
「うん」
「実はその前に病院に行ってて。ガンの可能性があるって。だから、あの日は精密検査の日だったの」
「……そうだったのか」
それなのに朝からバナナを持ってきてくれてたのかと那音は思った。
「それで、やっぱり……ガンだって。声帯を守りたかったから、私はレーザー治療を選んだの」
「うん、うん」
さっきは『死ぬ』って言ってたけど、レーザーで治せるのかと、那音は少し希望を抱いた。
「レーザー治療はね、成功したの」
「えっ?だったら……」
「――ううん、再発しちゃった。すごい勢いで。もうレーザーはできなくて。だから……全摘出でしか治せないの」
希望は一瞬で砕かれた。
「じゃあ……」と一番最初に考えた提案をしてみる
「俺の親父に頼んで……人工声帯にしてもらうのは? ……嫌かもしれないけど……」
それを聞いた余梁は大きく深呼吸をし、
「あのね、よく聞いてね。もしかしたらね。もしかしたら……だからね」
と丁寧に前置きをして
「――私の喉ね。お父さんに傷つけられたのかも」
「……はっ!?」
那音は理解ができなかった。
「私が寝てる時に、飲み物に何か入れられたの。あと……喉に直接、なんかピリピリするの塗られたの……」
「な、なんだよそれ……」
「気付いてからは、やられないように防いだけど……。多分その前からやられてる……かな」
余梁の目から雫が、那音の脚に落ちた。
「追及してみたら、話逸らすしさ。『喉頭ガンになった』って伝えたら『そ、そんなハズはない』だってさ」
他人事のように話すことで、気持ちを抑える。
「多分さ、歌の邪魔がしたかったんだと思う……。嫉妬かなぁ……。そしたらガンになっちゃって、焦ったんだろうね。その後の病院は着いてきてくれたよ」
「そんなの、おか……」
口を挟もうとするが、余梁にチャックのジェスチャーで制される。
「憧れたお父さんから、こんなに反対されてるとは思わなかったなぁ」
「私も声帯移植の事は最初に考えたよ。でもさ自分の声じゃなくなるだけでも、堪えられないのに。一番応援して欲しいお父さんに……私の声が……歌が……嫌われるなんて……」
余梁は身体から力が抜けていき、スルスルと滑って、頭を那音の脚に着地させた。
「……ほんとは疑いたくないよぅ」
それは伝えるための言葉ではなく、自身の心の叫び。
那音は繋いだ手にギュッと力を込め口を開く。
「――それでも俺は、余梁に……」
「だから、那音くんは暗い話禁止。って約束したでしょ」
諦念を宿した目に、見上げられ那音は止まった。
それを見て余梁は、「フー」と下から息を吹き掛けながら話しかける。
「ねぇ、遊園地、めっっっちゃ楽しかったね」
飾り気のない幸せな顔で笑う。
今はその顔が、最期の思い出作りのように感じてしまい、辛い。辛い。辛い……。
観覧車の終わりが近づき、余梁は身体を起こす。
「那音くん」と優しく話しかけ、口を耳元に寄せて
「――私も好き」
そっと囁いた。
余梁の顔を見ると、「シシシ」と声を出して無邪気に笑っている。
那音は笑顔を返すことができない。
ガチャリと音が鳴って、ドアが開く。
観覧車の終わり――遊園地の終わりが訪れた。
ドアが開いた瞬間、強い風が吹き込む。
外に出ようとする二人は押し戻されるが、那音が先導して地上に立った。
この向かい風は、どちらを向けば追い風になるのだろうか。
全方向から二人の身動きを封じるように、風に縛られる。
まるで『他に道などない』『諦めろ』と言われているかのように。
『ドラマチックなわがまま➃』




