第19話 ドラマチックなわがまま③
早歩きで余梁を降ろしたベンチに戻ると
「……あれっ!?」余梁の姿が見当たらない。
慌ててスマートフォンを取り出しながら、周りをキョロキョロ見回すと
「わぁっ!」
「うわっ、びっくりした!」
「へへへー、お化けより強い那音くんに勝った! よって私はお化けよりも強いのだ」
勝ち誇ったような薄笑いを浮かべた余梁が、背後から現れた。
「じゃあもう一回お化け屋敷入る?」
「う……お化けが可哀想だから今日は辞めておいてあげる……」
と拒み、ベンチに根を張った。
そしてベンチをトントンと叩き、横に座るように促しながら
「少し座って休も」と言った。
沈黙が二人の間に流れる。
但し、嫌な沈黙ではなく、むしろ心地の良い沈黙。
那音は夜風に触れて寂しくなった手を、余梁の手に重ねる。
「ちゃんと手洗った?」
「洗ったわ!」
イタズラな笑顔で軽口を言うと、余梁は手を裏返して、手の平同士で繋ぎ直す。
ジェットコースターの時の繋ぎ方で。
那音は心地の良さに、このまま時間が止まればいいのに、とさえ考えてしまう。
そのまま引き寄せられるように、肩を触れさせると、同じように圧力が返ってきて、もたれ合うような姿勢になった。
「また、那音くんの背中に助けられちゃったな」
「また?」
「あの、……泊まった時……」
「あぁ……もう大丈夫なの?」
「うー、暗い話、禁止だってば」
「ご、ごめんごめん」
余梁が膨れっ面で、威嚇する様な声を出して制すると、那音は軽く謝る。
握った手の人差し指をチョンチョンと動かして
「ね、背中向けて」
と余梁が言った。
那音にとって背中を貸した記憶は、大泣きされたこと、恐怖で立てなくなったことなので、顔色を窺うようにジッと見る。
そんな那音に対して
「違う違う。顔じゃなくて背中を向けて欲しいの」
と言ったので、悲愴な意は感じず、安心して背中を向けた。
「はい。何するの?」
「私を助けてくれた、背中様にお礼をするの」
と言って人差し指を背中に立てる。
そして泊まった日の泣き止んだ後と同じように、指を這わせて何かを書き始めた。
那音は解読しようと目を瞑り、神経を背中に集中させる。
――下、右……丸
「カタカナ? 数字?」
「英語だよ」
言いながら、続ける。
――斜め下、斜め上……下、右、右、右
那音は完全に解読できた。四文字の英単語。
その結果、固まってしまう。
そして数秒後、意を決して勢い良く振り返ると、真っ直ぐに見つめる余梁の目と再会した。
その目は那音から一切はぐれない。
何かを待っているのか。何かを期待しているのか。
何かを覚悟しているのか。何かを諦めているのか。
「――余梁」
「なぁに?」
「――お、俺さ……」
意を決した那音の口元に人差し指を立てて
「那音くん。ドラマチックな感じにしよ」
と首を傾げ、おどけた笑顔で提案した。
『ご来園中の皆さまに、ご案内致します。
まもなく20時より、当園名物の大花火――ロマンティック・ファイヤーワークの時間がやって参りました。
大切な方と過ごす特別なひとときが、皆さまの心にいつまでも余韻を残しますように』
園内にアナウンスが流れた。
それを聞いた余梁が膨れっ面を作り、聞こえてきたスピーカーの方を向いて
「だから、ロマンティックじゃなくてドラマチックだってば」
と足を踏み鳴らしている。
――何のこだわりだろうか。なぜスピーカーに怒る? 可愛いな。
自然と手を握り
「観覧車の方行こっか」
同じ歩幅で歩き始めた。
観覧車につく頃、最初の花火が打ち上げる。
周りのカップル達は吸い込まれるように、次々と観覧車に乗り込んで行く。
「みんなクライマックスの時間知らないんだな。さすが余梁先生!」
「そうだろー。もっと褒めていいよっ!」
花火を見上げながら、余梁が教えてくれた時間まで観覧車の下で待機する。
「さっき背中になんて書いたか分かった?」
「……わかったよ」
余梁が目を拭ったように感じ、視線を移すと、少し目の辺りが濡れていた。
「うー、那音くんのばか。花火を見なさい」
と頬をつねられ上を向かされる。
那音は何も言わず、繋いだ手にギュっと力を込めた。
「さっ23分だよ!」
と手を引っ張られ乗り込み。
そして名残惜しそうに手を離して、対面に座る。
既に那音は揺らがない決心を固めている。
――7分後には余梁とどんな関係でいられるのだろうか。
――下りの半分は未来のワクワクする予定を話し合いたいな。
窓の外では、まるで二人の世界を際立たせるように、色とりどりの花火が夜空を彩っている。
余梁が外から、那音へ視線を移す。
「那音くん! えへへ。楽しいね」
思わず笑みを溢しながら話しかける。
「めっちゃ楽しい。余梁と来れてよかった。誘ってくれてありがとう」
「こちらこそ、わがまま聞いてくれてありがとだよ」
花火をそっち退けて笑い合う。
「実は……」と余梁が申し訳なさそうに口を開く
「まだ聞いて欲しいわがままがあるのです」
と胸の前で、お願いしますの手を作る。
「あぁ、歌でしょ?」
「それもそう! 聞かせて」
「いつものやつでいい?」
那音はお腹に手を当て、腹式呼吸をしながら聞いた。
「うーん。今日はお父さんのじゃなくて別のがいいな。ほら、私が那音くんちで最初に歌ったやつ」
「あー、あの映画の主題歌のやつね」
「そう!」
「どんな映画だっけ?」
「うーん、忘れちゃった。でもこの曲も大好きなの! ではお願いします」
諦めかけた歌の道。その道を繋いでくれた。
だから、那音の歌は一番に余梁に届けるべきで、ずっと側で歌うために、那音の喉は存在する。
那音はお腹に手を当てたまま、優しく口を開く。
BGMもマイクもない。那音の喉から発せられる声だけが、歌となって余梁に届く。
那音の歌は声質なのか、震わせ方なのか、身体の芯まで響いてくる。
クラシックを聞いているような心地良ささえ感じる。
4ヶ月ぶりに聞く那音の歌は、段違いだった。
それは那音が涙を流しながら歌った影響も大きい。
余梁への気持ち。歌への気持ち。夢への気持ち。
ダムが決壊したように溢れ出る。
「――君が好き」
最後のフレーズはストレートに那音の気持ちを表現させてくれた。
歌い終わると、お互い鼻を啜って言葉を失う。
やがて沈黙を破るように、余梁が優しく拍手をする。
「那音くん……。ありがと」
「俺が歌えるのは、余梁のおかげだよ」
「やっぱり那音くんの歌、大好き。音程も安定してたね」
二人とも目を濡らしながら笑い合う。
観覧車が半分ほど登り、視線を再び外へと移す。
そしてニヤニヤと笑いながら余梁が問いかけた。
「ねぇ、那音くんって……好きな子とかいるの?」
「好きな……子は……作らないようにして……た」
「過去形?」
「そうだよ! 過去形だよ」
「彼女居たことは?」
「ないよ」
と言い、これ以上追及するなと、顔を逸らして
「俺だって意外とモテるんだぞ」
「えー」
「『えー』ってなんだよー」
「ううん。意外じゃないよって意味の『えー』だよ」
ゴクリと唾を飲み込む那音に、
「だって」と続け
「那音くん。歌すごいし。優しいし。夢に一直線だし。面白いし。あと……ちょびーっとカッコいいし」
ニカッと歯を出して笑い、一つ一つの言葉を大事にゆっくり伝えた。
「ちょびっとかよ!」
「んーじゃあ、まぁまぁカッコいい!」
舌を出しながら訂正した。
そして試すような目に変えて聞く
「私の事はどう思ってんのー?」
「余梁は……めっちゃ可愛いよ」
「えっ」
予想外のストレートな表現に、余梁は顔を紅潮させて、それを隠すように両手で覆った。
しばらくそのまま動けない余梁に
「そろそろクライマックスだよ。目に焼き付けよーぜ」と言うと、
「うん、そだね」
手を外してまだ赤い顔を見せた。
クライマックスに向けて花火の勢いが増す。
二人は無言で同じものを目に映す。
そして見渡す限りの夜空一面に、大量の花火が咲いた。
「「わぁー」」
思わず同時に感嘆をあげる。
色とりどりに咲いた花火は一瞬の輝きを放ち、煙になった。
それを合図に、那音は余梁の方を向く。
追い風を受けられる方へ。
唇を強く噛み、望む未来のための誓いの言葉を紡ぎ始める。
「余梁……」
余梁も那音の方を真っ直ぐ向き、目を固く閉じて唇を噛んでいる。
「お、俺さ、まだ出会って一年も経ってないけど……。余梁に救われてばかりだ。……これからも側に居て欲しい」
言葉を切り、次の言葉のための息を吸い込む。
そして
「俺……余梁の事が……す」
「待って!!」
強い言葉で遮られた。
目を白黒させる那音に構うことなく、余梁が続ける。
「――待って……待って。待って、待って。ごめんごめん。ごめん……」
次第に声が震えていく。
そして余梁は深呼吸を3回して、覚悟を決めた顔で那音の目を真っ直ぐ見る。
「――私」
「――喉頭ガン。なんだってさ」
「――生きるためには。声帯を。全摘出。しなきゃ。いけないの」
「――私。声が。すごく。大切」
「――喋れなく。なって。……歌えなく。……なって。生きるのなんて。想像しただけで。耐えられない」
「――だから」
「――死ぬね」
『ドラマチックなわがまま③』




