第18話 ドラマチックなわがまま②
ジェットコースター初体験の那音のために、子ども向けの物から乗っていく。
座席がてんとう虫の形をしている物。
途中でレールが一回転している物。
垂直に座席が落ちるフリーフォールと呼ばれる物。
うつぶせの姿勢で固定されて飛び回るような物。
様々な種類のジェットコースターがあり、どんどん動きが激しい物にレベルアップしていく。
「よ、余梁……。ちょっと休憩しようよ」
「えー、情けないなぁ。座席に座ってるだけじゃん!」
乗る度に気力が削られていく那音と対照的に、余梁は水を得た魚のように、生き生きしていく。
「あれを座ってるだけ、とは絶対言わない!」
「じゃあ、おんぶしてあげるから私の背中で休む?」
「……それは別の意味で休まらないかも……」
本気か冗談か分からない提案をされ、那音はボソッと呟いた。
「うーん、だったら次あれ乗る?」
と一番レベルの高い、観覧車より高くから落ちる物をイタズラな笑顔で指した。
那音は固い唾を飲み込み唇を噛む。それを見て、余梁が矢継ぎ早に口を開く。
「あれなら並んでる間……30分ぐらいかな? 休めるよ! ね、行こーよ! どうせ後で乗るんだし」
「……わ、か……った」
目をキラキラさせた余梁に、全く納得していない様子で肯定した。
件のジェットコースターの前に着くと、確かに【30分待ち】と書いてあった。
その横に【身長制限140cm以上】の看板がある。
それを見つけた余梁は「あっ」と駆け寄り、しゃがんだ姿勢から、ジワジワと制限の高さまで上げていく。
「どう? 私越えてるー?」
飛びっきりのドヤ顔で、答えの分かりきった質問を那音にぶつけると、
「あー、惜しいな。よく見るとちょっと越えてないかもなぁ。残念っ! また身長伸ばして来よう!」
明らかに制限をクリアしている余梁の手を取り、その場から逃げる素振りをした。
余梁は手にグッと力を込めて、本気で逃げるつもりのない身体を引き留め
「はいはい、覚悟決めて。行くよー」
列に並び始めると、先に乗っている人たちの悲鳴やコースターの生々しい機械音が、急に間近に聞こえてくる。
「もう逃げれないよー」
「大丈夫……。大丈夫……」
身体を弾ませながらイタズラな笑顔の余梁。
全然大丈夫じゃなさそうな那音。
「私がついてるから大丈夫だよ」
「……それ、俺が言いたいセリフ……」
もはや当たり前のように握った手に、双方が力を込めた。
ジェットコースターの事から意識を逸らそうと、那音が話題を変える。
「さっき見えたけど、プールもあるんだね」
「そーそー。しかも海水のプールなんだって」
「えー! 俺、海も行ったことないな」
「――海は知ってるの? 膿じゃないよ?」
余梁は、イントネーションの違いを強調して、肩をコツンとぶつけながら、からかう。
「う、海知らんかったらヤバいだろ」
「遊園地知らないのもなかなかだけどね」
肩を同じ強さでぶつけ返し合いながら会話を続ける。
「ねぇ、プールも行きたいし、夏ごろまた来ようよ」
「えー、そんなに私の水着見たいのー?」
「……っ!? そ、それは……見たいけど……」
「わー、想像するなー」
慌てつつも、無意識に視線を落とす那音の目を、余梁が素早く手で覆って制する。
そして、覆った手をすぐに外しながら
「でも、また一緒に行きたいね」
と満面の笑みを咲かせた。
胸をチクっと刺激されながら那音が繰り返す。
「夏、行こ」
「どーしよっかなー」
「お願いします」
「じゃあ、1つ約束。んっ」
小指を絡ませるよう促す。
那音はそれに応じて
「約束?」
「うん。ゆーびきーりげーんまーん、――この先も私の傍にいてね」
「えっ?」と言葉の真意を確かめようとするが
「ゆーびきった!」と離されてしまう。
――今の約束はどういう意味だろう。もしかして余梁も俺の事……
ロマンティックな妄想に思考を支配されていると
「次の方どうぞ」
逃げたい現実の順番が回ってきた。
ガチャン、ガチャン
ガチャン、ガチャン
嫌らしく耳と脳に響く機械音が、落下へのカウントダウンを告げている。
バーをギュッと掴み、視線を自分の拳から離せないでいると
「那音くん、見て、見て! めっちゃ景色良い! まだまだ上がるよ」
「そ……そうだね」
コースターが上がるにつれ、テンションも上がって行く余梁は、那音の様子に気付いて
「もうっ!」と言って那音の右手をバーから奪う。
さっきまでとは違い、指を1本1本絡ませるように手を握った。
「ほら、私が付いてるってば!」
「ありがとう……俺、カッコわりぃ」
握ってくれた手に力を込めると、温かさがよく伝わってきて恐怖心を紛らわせた。
そして周りを見渡して見ると
「うわー、景色やばいなぁ! 余梁、ありがとう」
「うん。こちらこそだよ」
気付けば頂上近く。
「さっきの約束はやっぱ忘れてもいいよ」
「えっ?」
落ちる直前に余梁から言われた言葉。
ハッキリとは聞き取れなかったが、諦念を宿した雰囲気が感じられた。
しかしすぐにそれどころじゃなくなる。
「っっっっうおぉぉぉ!? うおぉぉぉ!! うわあああああああ!」
叫びっぱなしの3分間が終わり、スタート地点に戻った。
満足そうな余梁と、立ち上がれない那音。
「大丈夫? 立てる?」
と繋いだ手を引かれ
「うん、ありがと……う」とゆっくり立ち上がると、異変を感じる。
「う、ごめん。ちょっとトイレ」
と手を離して駆け出した。
そのまま大便器に対面で屈み、嘔吐してしまう。
しっかりと出しきって、気分を回復させる。
そしてバレないように、よくうがいと手洗いを重ねて、平静を装って戻った。
「お待たせー! 何見てるの? 写真?」
「お帰りー! これ、落ちる瞬間の写真なの! 那音くんすんごい顔してるよ」
顔中の穴を全て限界まで広げた那音が写っている。
「私、これ記念に買ってくるね」
と屈託の無い笑顔でレジに向かった。
満足げな顔で戻ってきた余梁は、申し訳無さそうな顔に切り替えると、顔の前で手を合わせて
「これ、もう一回乗りたい。だめ?」
と上目遣いで探るように聞く。
嘔吐する程、気分が悪くなった事は、弾む胸の中に隠した。
「いいよ! 乗ろ」
余梁の望みを叶える事が、那音の望み。
結局その後3連続――通算4連続で乗ることになってしまった。
「……ごめん。俺、死にそう……」
「あははー。めっちゃ楽しかった!! 少し休もっか」
やっと本格的に座ってるだけの休憩を獲得する。
そしてなんとかこの後、ジェットコースターを避けてゆるめのアトラクションを中心に乗ることに成功した。
日が沈み始め、空が夕焼けで赤く染まる。
「先生! あの古い家みたいなの何?」
「あ……あれは……なんでもないよ。さ、他の行こ」
ビクッと身体を震わせ、その場を立ち去ろうとする余梁を引き留める。
「あれもアトラクションでしょ? 乗りたい!」
「ううううう……。あれこそ死ぬよ……」
「えー、隠してたでしょ? 隠されると余計に行きたくなるもんだよ」
とイタズラな顔を向け問い質す。
「うー……。那音くん。守ってね」
観念してお化け屋敷に吸い込まれていった。
全く説明を受けられないまま、那音は勇み足で暗い道を先導する。
余梁はその背中に両手で掴まり、顔を埋めている。
キィィィィ カチ……カチ…… ヒュゥゥゥ
不穏な音が聞こえる度に背中の手に力がこもるのを感じる。
ドンッ!! ウオォォォオオ!!
と大きな音が聞こえた。
「いやーー」と言って、余梁は尻餅をついてしまう。
「な、那音くん。うううう……私立てない……」
「え……ど、どうする?」
「守ってくれるんでしょ?」
「うん」と力強く頷く那音に食い気味に、だが懇願するように
「じゃあ……おんぶして」
と言った。
それからも一悶着あったわけだが、全く譲る気のない様子に、那音が折れた。
那音の背中に今度は身体ごとガシッと掴まる。
「私、もう出口まで目開けないからね。守ってね。よろしくね」
「う、うん」
背中の感触。手のひらの感触。耳元の気配。自分と違うシャンプーの匂い。
那音の頭は、余梁に支配されてしまう。
その先の仕掛けにも那音は動じず、黙々と進んだ。
出口の灯りが仄かに見えたとき、余梁の息が耳にかかる。
そして表面張力でギリギリの、那音の想いはポトッと溢れた。
「――す……き」
それは伝えるための言葉ではない。半分以上を息が占めた、弱い言葉。
聞こえたかどうか憂えながら、誤魔化すように咳払いをする。
二人の呼吸音だけが響く。
そして、出口の直前で
「――知ってるよ」
さらに弱い声が返ってきた。
お化け屋敷から出て、ベンチに余梁を降ろす。
「ふぅー。背中、頼もしかったぞっ! ありがと」
「……う、うん」
那音は先ほどのやり取りを思いだし、照れが混じる。
気持ちを整えるために
「ちょっと花火の前にトイレ行ってくるわ」
とその場を早歩きで離れる。
小便器に向かうが、緊張のせいか何も出ない。
そして手洗い場で顔を洗い、気持ちを落ち着かせる。
この先も側に居て欲しい。もう離れたくない。
他の人に取られたくない。
笑っていて欲しい。笑顔にさせたい。
今まで朧気だった気持ちが、今日ハッキリと輪郭を帯びた。
――きっと余梁も同じ気持ちで居てくれているハズ
――観覧車の中でハッキリと伝えよう
『ドラマチックなわがまま②』




