第二話 心に棲みつく余韻
一週間も経たずに、桜はほぼ散ってしまった。
目を瞑るたびに、網膜に焼き付いた笑顔が咲く。発声練習をするたびに、後ろが気になる。
ただ夢を肯定されたのが嬉しくて、同じ夢を応援し合える日々を期待してしまった。
春休みに入った那音のルーティンは二時間早い時間が通常になっていた。もう一つ変わったことは発声練習の声量である。特に『生バナナ』。
公園中に響く声で、
「あめんぼあかいなあいうえお..... あ、え、い、う、 え、お、あ、お... 生バナナ!生バナナ!生バナナ!!」
こだまは返ってこない。
一通りの練習を終え、いつものベンチに腰を掛け、水筒の水を飲んでいると、
「――生ニャナバ」
と、もはや魔法が出てきそうな囁きが、耳に届いた。
胸が高鳴り振り返ると、ごめんなさいと手を合わせた余梁が前屈みで立っていた。
「あの日ごめん。声が掠れてて。お父さんに外出止められちゃって。それから治るまで外出禁止って……。今日は隙をみてこっそりと、ね」
確かに余梁の声はまだ少し掠れていた。
「――全然大丈夫だよ。それより声、大丈夫?」
那音は何度も水筒を口に運んでいる。
「うん、まぁ熱もないし、私も那音くんに負けないくらい練習してるからね!それでだと思う。ねぇ、連絡先教えてよ。」
「あ、うん、そうだね。じゃあ……はい。」
とスマートフォンを互いに出し、メッセージアプリで友達になった。
那音は再び水筒を口にして、
「余……梁もなんか飲む?あっちの自販機でなんか買おうか?俺ポイント貯まってるからいいよ。」
「では、遠慮なく!ありがと、那音くん!」
と自販機まで歩き出す。
自販機まで半分ほど歩いたところで余梁が口を開く。
「私、お父さんとあんまり上手くいってないんだ。」
「え?お父さんって、歌手の……憧れてるって言ってた……?」
「そう、あの日も『大学行かない』って言ったらすごく怒られちゃって、それでちょっと反抗したくて……。歌手になるのに大学行く必要ないじゃんね。」
自販機に着きジェスチャーで選ばせて、ポイントでカフェオレを買った。
「頂きます。私はお父さんみたいな歌手になりたいし……お父さんも大学行ってないくせに。」
「確かに俺も、歌の練習しか興味ないから高校すら行きたくなかったもん。」
「え!私もだよ。だからその時も揉めて通信制になったんだけど、その頃からあんまり応援してくれないような、むしろ歌手になること反対されてるような気がするんだ……」
再びベンチに戻る。少し暗い雰囲気が二人を覆っている。
那音が紡ぐ言葉を探していると、
「ふんふん、ふーん、ふふん、ふふーんーーっ」
と余梁が鼻歌を奏でた。
「この曲って……」
「那音くん知ってるの?お父さんの曲だよ。」
那音は勢いよく立ち上がり、口を開く。
「そうなの!?うちの親父が大好きな曲だって昔、毎日流してたよ。」
余梁も立ち上がり、たちまち笑顔が咲いていく。
「嬉しい。お父さんの曲、聞いてくれてたんだ。」
「俺もつい鼻歌しちゃうぐらい好きだよ。なんていうか、綺麗なだけじゃなくて、心の底からの魂で歌ってる感じがすげーかっけー。」
「へへへー、そーだろー。うちのお父さん、最高にかっこいいんだぞ。」
散った桜とは対照的に満開に咲いている。
「那音くん、ありがと。私、ちゃんとお父さんと向き合って話してみるよ。やっぱり一番応援して欲しいし、お父さんの音楽を引き継いで世間に認めさせてやるんだってね。」
「余梁、『この余韻は心に棲みつく贈り物』でしょ?」
「それ、お父さんの歌詞!さすが那音くん!」
右手をグッドの形にした那音の意図を当然のように余梁は理解した。
那音は満足したように再び腰を掛け見送る。
「じゃあ、推し活楽しんで!」
「推し……ではないし。またメッセージ送るね。今度こそカラオケ行こうね。じゃあね。」
8割ほど残ったカフェオレを手に、立ち去った。
背中が見えなくなるまで見送り
「ふんふん、ふーん、ふふん、ふふーんーーっ」
と那音も家練に向かった。
「俺もこのままじゃ嫌だな。親父とちゃんと話そう。声を奪われる前に。」
『心に棲みつく余韻』




