第15話 教えてあげよう
那音は、まだ薄暗い遊歩道の、すっかり葉を落とした並木道を、カサカサと軽い音を踏み鳴らしながら、大股で歩く。道には、赤や黄の葉が、ところ狭しと落ちている。
色が薄く、元気がなくなった芝生の、いつもの場所まで、真っ直ぐに進み、ルーティンを始めた。
まず、あの遊具を覗き、居るはずのない、あの子がやはり居ないことを確認し、嘆息を漏らす。
「ふぅー、居るはずないのにな……」
と微笑して、ベンチに腰を掛ける。
座ったまま前屈みになり、お腹に手を当て
「んーーーーーー」と一定の音量で30秒。
「はぁ、はぁ、だいぶ慣れて来たけど、やっぱきついな」
これを10セット繰り返す。
「よしっ」と立ち上がり、走り始める。
そのまま公園のランニングコースに入り、
「はぁ、はぁ、はぁ、あ、え、い、う、え、お、あ、お……か、け、き、く、け、こ、か、こ……」
息切れをした状態でも、安定した声を意識して出す。
他にも、理に適ったトレーニングを5種類こなし、最後に
「生バナナ、生バナナ、生バナナ」
と締める。
ベンチに腰を下ろし、水筒で水を飲み、一息つく。
そしてスマートフォンに目を向けると
『余梁から新着メッセージが届きました』
と通知が来て、スマートフォンを落としてしまう。
深呼吸をしてから、スマートフォンを拾い上げ、見間違えではないことを確認し、メッセージを開いた。
[那音くん、久しぶり! 練習頑張ってるかな?
ほんとに申し訳ないけど……わがまま聞いて欲しいな]
何か困った事があったのかと、背筋を伸ばして、すぐに電話をかける。
『もしもし。那音くんなら電話かけてくれると思った。ありがと』
「久しぶりだね、……4ヶ月ぶりかな?」
『お泊まり以来だからそうだね!』
「えっ……と、わがままって……何かあったの?」
『んとねー、うーん……忙しいのにほんとにごめんね。今度の日曜日、1日だけ付き合って欲しい』
「うん、余梁の頼みなら、もちろんいいよ」
『さすがっ! ありがと』
「いいけど……何するの?」
『それは会った時に話すね! じゃあ那音くんの朝練が終わる時間に、公園に集合で!』
「わかった。7時には練習終わるよ」
『あいあいさー! よろしく!』
「うん、じゃあね」
と電話を切る。
いつの間にか、立ち上がって話していた那音は、頬を上げたまま、静かに拳を握る。
* * * * * * * * * * * * *
約束の朝。いつもの様に公園に来てルーティンを始める。
期待を込めて、遊具を覗くと
「わっ! 那音くん! なんでわかったの?」
目を見開いた余梁が居た。
毎朝、覗いているからとは言えず、左手で首の後ろを触りながら誤魔化す。
「えっと……なんとなく……」
見透かした目をした余梁は、追及せず
「おはよ、練習見たくて来ちゃった」
ニッコリと笑顔を浮かべ、跳ねる様に遊具から出た。
那音も頬が緩むのを堪えられず、
「おはよう、おっけー! んじゃ終わるまでちょっと待っててね」
ニッコリと歯を見せて返す。
いつもより気合いを入れ、練習をこなす。
その姿を余梁は、ジッと見つめながら時々
「頑張れー! ファイトー!」と拳を上げている。
「生バナナ、生バナナ、生バナナ……ふぅー、終わった」
大きく息を吐きながら、ベンチに座る余梁の横に座る。
水筒で水を飲み、蓋が開いたまま、余梁に渡す。
「――ぷはぁー。……はい」
「んっ、ありがと」
そのまま余梁も喉を潤した。
「――ぷはぁー。やっぱ那音くんちの水、絶品だね」
グッドサインを右手で作り、那音に水筒を返す。
飲み物を共有するやり取りは、もはや定番だが、その度に那音は、心臓を握られた感覚になる。
こっそりと腕の血管に指を当て、脈を感じながら、那音が尋る。
「それで何するの?」
「んーもうちょい秘密なのです」
余梁は、脚で大袈裟に反動をつけて、立ち上がりながら答え、那音を振り返り
「さっ着いてきて」
と袖を引っ張り、立ち上がらせる。
道中も目的については頑なに、教えず
「もうちょっと。もうちょっと待って」
と舌を出して、もったいぶっていた。
那音は、内緒にされればされる程、気になる。しかし途中からは、舌を出した顔が見たくて、聞いていた。
4ヶ月会っていなくても、自然に喋れるものだな。
会えない期間で、会いたい気持ちが募っていた。
話したい事、聞きたい事は、山ほどあるので、どこで何をするかは、那音にとってそこまで重要ではなかった。
楽しい時間を味わいつつ、明日以降また会えなくなるのかなと憂えている。
絶えず軽口を混ぜた雑談を交わしながら、街の中心のターミナル駅に着く。
「余梁ー、そろそろ教えてくれる?」
「……んじゃ、バスに乗ったら発表します」
「バス!? 遠出?」
「遠……近くはない……かも。でも日帰りだよ……」
と申し訳無さそうな顔で、余梁が続ける。
「チケット買ってくるね」
有無を言わさぬ口振りで、発券機に向かう。
「おまたせー! はい、どうぞ」
得意気な笑顔で、戻ってきてチケットを渡す。
那音は受け取りつつ
「ありがとう。俺お金払うよ」
「いいの、いいの。私のわがままに付き合ってもらってるし。昔から使ってないお年玉を解放したのだ」
余梁は手のひらを那音に向けて制止し
「さっ行くよ行くよ!」
と袖ではなく、那音の手を掴み、バスへ先導する。
顕著にテンションが上がってきた余梁。
みるみるうちに手汗が溢れてきた那音。
二人は全身に興奮を宿し、バスに乗り込む。
すぐに時間になり、バスが出発した。
「……ねぇ、……手……」
「わー、那音くん、手汗びちょびちょー」
握られたままの手を見ながら、那音が口を開くと、余梁は手を離して、那音のズボンで拭い、おどけたように酸っぱい顔を浮かべる。
「ごめん」
「いや、全然いいよ! 私から握ったしね」
舌を出して那音の目を見て答える。
そして周りに配慮して声量を抑えつつ、テンションをさらに一段階あげ
「それでは!! どこに行くか! 発表です!」
那音は自分の手をズボンで拭いながら、黙って聞く。
「じゃかじゃかじゃかじゃか……ちーん! 今から私たちは、遊園地にいきまーす!!」
両手を身体の前で拳にして、満面の笑みを咲かせた余梁が発表する。
那音は胸をチクっと刺激されながら、首を傾げた。
「……ゆう、えんち?」
慌てて拳を開き、なだめるように両手のひらを向けて
「も、もちろん那音くんが、遊園地で遊んでる暇なんて無いのわかってるけど……。ごめんね。今日だけわがまま付き合って……」
続けて顔の前で、お願いしますと、両手を合わせ片目を瞑って頼み込む。
那音は、先と逆に首を傾げ、不理解を目に宿して
「……ゆーえんちー……って何?」
と言った。
「えっ?」と口を開いたまま、目を点にして余梁は固まる。
前の座席からも「えっ」と聞こえてきた。
那音も脳内を懸命に検索しながら固まる。
目を合わせながら、しばらく沈黙が流れた。
こめかみに指を当て、難しい顔をした余梁が口を開く。
「え……っと、遊園地、わかんない?」
「ごめん。わかんない。中華料理?」
「それ多分、油淋鶏……」
「んじゃ、モンゴルの……?」
「それは……多分、遊牧民……かな。さすがに離れすぎでしょ」
嫌な反応をされるかもしれないと、ほんの少しの懸念があった余梁は、予想を遥かに通り越した反応を受け、気が楽になる。
「あはは、那音くん。面白いなぁー。遊園地わかんない人なんて居ないよー」
笑顔を取り戻した余梁を見て、那音も落ち着き
「じゃあ、ゆうえんちを教えてください!」
と先の余梁に倣い、お願いしますの手を作る。
「よろしい。それではーー」
いたずらっぽく口角を上げ、人差し指をピンと立て
「この余梁先生が、遊園地を教えてあげよう!」
胸を張り、得意気に言った。
『教えてあげよう』




