それぞれの決意
テーブルに置かれた、バナナ一房をジッと見つめる。
昨日の朝にもらった時より、黒いところが増えていた。
正直なところ昨日までの那音は、逃げ道を残していた。
自分の喉で歌手になりたい。
でも、もし届かなかったら。
その時は上手な喉に変えてもらえる。
心のどこかでほんの少しだけ、そう思ってしまっていた自覚がある。
しかし、昨夜ぶつけられた想い。泣いている余梁に何もしてあげられない無力感。
――俺の歌で、余梁を笑顔にしたい。
那音から迷いは消えた。
今まで届かなかった結果を掴み取るためには、今までと同じ努力じゃいけない。
バナナに視線を合わせたまま熟考し、アイデアが浮かんだ。
スマートフォンを取り出し、検索を始める。
「――よし!見つけた……」
大きく深呼吸をし、意を決して電話をかける。
スマートフォンの画面には
【SUGAR SPOT RECORDS 育成担当 山口 篤】
と表示されている。
* * * * * * * * * * * * *
恒一の自転車がないことを確認しながら、アパートの外階段を昇る。
いつも通り慎重に家に入り、狸寝入りを始めようと、布団に腰を降ろすと階段を昇る音が聞こえてきた。
寝たフリをしようか迷ったすえ、出迎えることにする。
「お父さん、おかえりなさい」
「なんだ、起きてたのか?」
「……うん、寝てたんだけど、暑くてさっき起きちゃった」
昨夜泣いたせいで、より一層掠れた余梁の声を聞き、淡々とした態度で恒一が口を開く。
「喉、全然よくならないな」
「……うん」
「やっぱり歌を仕事にするのは厳しいよな」
「……」
余梁は何かを堪えるように、無言で眉間にシワを寄せている。
目を合わせずにタバコに火を付け、コップにお茶を注ぎ居間に座って
「大学行けよ。学費はなんとかしてやる。歌うのは大学通いながらでもできるだろ」
「……ねぇ、お父さんって……私に歌手になって欲しくないの?」
「そんなことはない」
「じゃあどうしてっ!」
布団から腰を上げ、身を乗り出して言葉を続ける。
「……どうして……。昔は応援してくれてたのに。私が上達したら、変わった」
「……それは、関係ない」
「『それは』ってなに!?」
恒一は火を付けたタバコに口を付けず、言葉も紡げなくなる。
余梁は勢いよく立ち上がり、吐き出す。
「私……本当に、こんなこと考えたくないけど……お父さん、自分が歌えなくなったから、私が歌手になるの嫌なんじゃないの!?」
「ち、違う。……そんなことはない」
思わず振り返り弁明を図ろうとするが、決意を宿した余梁の言葉に遮られる。
「――私の喉に何かした?」
長くなったタバコの灰は、コップの中にポッと音を立てて落ちた。
『それぞれの決意』




