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Nobodyが聴いてない!  作者: 大貴古川


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第14話 余梁より

 触れた肩の居心地が良くて、しばらくの間、離れられない引力が生じていた。

 

「――ねぇ、那音(なおと)くん」

 余梁(より)はたっぷりの息を使い、(ささや)くような声を出す。 

「ん? どうした?」

「……いや……やっぱ、なんでもない。そろそろ寝よっか」

 とゆっくり立ち上がり、ドアへ向かう。

「そうだね。今日はいろいろあって疲れたわ」

 胸の内を話してくれない寂しさを感じ、さっきまで余梁に触れていた自分の肩を見つめる。


 寝る準備――うがい薬と歯磨きを終え、寝室を案内する。

「じゃあ、余梁はこの部屋使って。暑いから冷房ガンガンかけなよ」

「ありがと。那音くんは?」

「俺はこっちの部屋にいるから……」

 那音が言い終わる前に

 

「何かあったら遠慮なく私の部屋、起こしに来いよ!」

「いや、それ俺のセリフな!」

 右手でグッドサインを作りながら、軽口を発する余梁に軽快(けいかい)にツッコむ。

 

 居心地が良い。今まで余梁の明るさに何度も救われた。

 今日は特に。

「余梁、今日はありがとうね」

「へへへー、どういたしましてっ」

 えっへんと、胸を張って得意気だ。


「余梁が居なかったら……俺……多分諦めて、(のど)のしゅじゅ……」

「しー」

 苦い顔で吐き出す那音の口元に、人差し指を立てて余梁が制止する。 

「後ろ向いてる暇なんてないでしょ。ほら!私に歌届けてくれるんでしょ? ほら!顔上げて私の方見な!」

 

 ハッとした表情で余梁を見る。

「…………体操服、似合ってるな」

「それはちょっとキモい」

 軽口で応じる那音に、口元の人差し指を上げてデコピンをした。


 那音は(ひたい)(さす)りつつ、口を開く。

「なぁ、余梁、なんかあったら言いなよ」

「うん。お化け出たら、那音くんの部屋に()け込むね」

「そうじゃなくてさ、なんか悩んでる事あったら、俺に相談してよ。力になるから」

 軽口の調子のままの余梁に、那音は真剣な表情で伝える。


「えー、頼りになるかなー?」

「なるよ」

「うーん、わかった。なんかあったらね」

 とドアノブに手をかけ

「じゃあ、おやすみ」

「うん、おやすみ」

 二人とも閉める音がならないように、静かにドアを閉めた。


 那音はベッドに身を投げ出して、仰向(あおむ)けで天井を見つめる。

 壁に掛かった時計は、深夜1時過ぎを指している。

 疲れてはいるが、すぐに寝たいような気分でもなく、一日を振り返る。

 

 バナナの激励(げきれい)、届きかけたオーディション、ふざけた天才達、折れた心、公園で泣いていた余梁、余梁からの(はげ)まし、親父への歌、余梁との居心地の良い時間。


「ふぅ……」

 自分の無力感に嘆息(たんそく)する。

 余梁が何かで悩んでいるのは明らか。解決してあげたい。力になりたい。

 それは余梁のため、というよりむしろ自分のため。余梁の力になれる自分になりたい。


 堂々巡りのすえ、電気をつけたまま意識を手放す。


 コンッコンッ

 コンッコンッ


 ドアをノックする(かわ)いた音で、意識を取り戻した。

 音の方へ視線を向けると、部屋の中からドアをノックする余梁が立っていた。


「よ、余梁! どうした? てか普通ノックって外からしない?」

 余梁は応えず、口を(とが)らせ、薄めた目で那音を見ている。

 夕方の事もあり、よく見ると泣いた後のような気がした。


「余梁っ!」

 飛び起きて早歩きで近づき、

「えっ……と……」

 なんて声をかければいいか分からず、余梁が口を開くのを待つ。


「――――なんか。……あった。の」

「……っえ?」

「――なんか。……あったの」

「……ん?」

「もうっ! 『なんかあったら言う』って言ってたでしょ! なんかあったの!」

 余梁は目を赤くして、(ほお)(ふく)らませながら地団駄(じだんだ)を踏む。


「……えっと……なにがあったの?」

「言わない。なんかがあったの」

「……心配なんだけど……」

「――もうっ! いいから。来てっ」

 那音の(そで)(つか)み、ベッドへ誘導する。


「え、なに?」

「あっち向いて。うん。よし、絶対こっち向かないでよ」

「は? え? なに? 一緒に寝るの?」

「――うるさいっ。変な期待しないでよ。こっち向いたら絶交だからね」

 那音を自分と反対向きに寝かせ、余梁も背中を向け、セミダブルのベッドで、背中合わせになる。

 なにがあったのだろうか。いつもより余梁の口調がキツい。心に余裕が無さそうな雰囲気を感じる。


「電気消して」

「う、うん」

「おやすみ」

「なにがあったのか……聞いちゃだめ?」

「――おやすみ」

「わかった。おやすみ」


 すっかり目が覚めた那音は、再び堂々巡りから抜けられなくなる。

 

 音を立てないよう(ひそ)めていると、背中越しの呼吸が荒くなる

「ふー、はぁ……すー、ズっズっ……ぅ、ぅう……」

 (こら)えているが、嗚咽(おえつ)が混じる。


 那音は振り返らず、ソッと肩を触れさせると、体重がかかるのを感じそれに(ゆだ)ねていると、背中がピタッとくっついた。

「ぅ、うう……ズっズっ……ズっ……ぅぅぅぅうぁ」


 徐々に(くず)れる。

 思いきって首だけ振り返る。

「――余梁……」

「……だか……ら。こ……っち。……向かない……で」

 と湿(しめ)った指で、とても弱々しく(ほお)を押さえられた。


 その流れで余梁は寝返りを打ち、那音の方を向く。

「……ぅうう。なお、と、くんの。……ばか」


 那音は振り返らず、自分の喉が産み出せる、一番優しい声を発する

「――余梁、遠慮するなよ」

 余梁は那音の背中に顔を(うず)め、決壊した。



 外から朝日が差し込み、部屋が薄明るく染まる。

「ふぅー、ふぅー……。あーぁ、泣いちゃった。那音くん。ありがと。だいぶ、落ち着いた」

 肩で息をしながら、余梁が言った。


「よかった。……あのさ、俺じゃ力になれないか?」

「――うん。……なれないの。ごめんね。ありがと。あっ……背中貸してくれたのは、めちゃくちゃ力になったよ!ありがと」

 背中に指を()わせて、何かを書きながら余梁が伝える。


「私、今夜一人だったらやばかったかも。一緒に居てくれてよかった」

「それは俺もだよ。余梁が居なかったらやばかった」

 あははと、同時に笑う。


「そっち向いてもいい?」

「ダメだよ。こっち向いたら、我慢できなくなっちゃうでしょ?」

「どういう意味だよ!」

「へへー、冗談。でももうちょっと背中貸して欲しいからこのまま」

 再び那音の背中に顔を(うず)める。

 二人の間を、心地のよい沈黙(ちんもく)が支配する。


「――ね、那音くん。私、一つ決心しました」

「なに?」

「あのね……次のオーディションまで、会うの辞めよ」

「え……?」

 

 自分が余梁を必要だと思うように、余梁も那音を必要だと思ってくれている自負がある。

 一生懸命(はげ)ましてくれた。このまま最後のオーディションまで、一緒に頑張るつもりでいた。

 理解が追い付かないまま、なんとか言葉を返す。

 

「……どうして?」

誤魔化(ごまか)さずにちゃんと言うね。ふぅ……私の問題に付き合わせてたら、きっと那音くん、オーディションに集中できないから、だよ」

 余梁は息を整えながら伝える。


「それ……余梁は大丈夫……なの?」

「さっきも言ったけど。那音くんじゃ力になれないの」

 きっぱりと否定の言葉を発し、「それに……」と続ける。

「那音くんが落ちるのも絶対嫌なの。だからオーディションの日の朝会お! また激励してあげる」


 反論を寄せ付けない強い意志が伝わる。

 夕食の時の言葉を思い出す。

『私がどこに行っても那音くんの歌届けてねっ』

 譲歩(じょうほ)したい気持ち。伝えたい言葉。分かってもらいたい感情。

 拳を握り、全てを(こら)えて口を開く。


「じゃあ、一つだけ約束して」

「んー……内容によるかな」

「――俺が力になれないんだとしても、遠慮はしないで。小さい事でも、頼りたかったら頼って。無理はしないで。……また背中借りたい時はいつでも連絡して。……あと絶対に受かるから……だから、絶対にまた会って」

 吐き出し、目を固く(つむ)り、返事を待つ。


「全然一つじゃないじゃん! でもわかったよ。頼りにしておいてあげるぜっ」

 肩をポンっと叩いて、余梁は立ち上がり

「じゃあそろそろ、お父さんが夜勤から帰ってくるから帰るね。バレたら怒られちゃう」

「あれ? お父さんとケンカ中って言ってなかった?」

「あー、それは、ちょっとウソ」

 舌を出してドアへ向かいながら余梁が言う。


 那音も起き上がり、ベッドに腰を掛けながら 

「なんだそれ。余梁のお父さんとの事も、また一緒に考えようよ」

「うん、そだね。でもそれは……もう無理かも……」

 余梁は苦しげな表情で、消えそうな言葉を発する。

 はっきりと聞き取れずに、聞き返そうとするが間に合わず。


「じゃ! オーディション絶対受かってね! 那音くんの一番のファン、余梁より」

 満面の笑みを咲かせ、なぜか敬礼ポーズを決める余梁を見て、那音も笑顔を選択する。

「『余梁より』ってなんかダジャレみたいだな」

「私も言ってて思った」

 目をみて笑い合う。


「心配しなくても、私もまた会いたいからねっ」

「――知ってる」

 笑顔のまま、手を振り余梁は部屋を出ていく。


 一人残された部屋で、大きなため息をつく。

 背中に湿気を感じ、シャツを脱いで確認していると、

「あっ、この体操服どうしよう?」

 余梁が急に戻ってきた。


 そして上半身裸で脱いだシャツを、(かか)げるように持っている那音を見て、

「え……も、もしかして、私の鼻水なめてた!?」

「んなわけないだろっ!」

 全力で否定した。

「あははー、冗談だよー」

 余梁は顔をクシャっとさせて笑う。


 居心地がいいな。


          『余梁より』

第二章 完です。

ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます!

この先もさらに面白くなります。


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― 新着の感想 ―
14話読みました。 切ないですね。 那音君、余梁ちゃんの為にも オーディション♪ 頑張ってほしいです。
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