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ふたつめの消失

 ****


 レインズゲートシティの催事情報、物品のレンタル、売りたい買いたい情報、ルームシェア等の記事の中にそのコーナーはあった。

『奇妙な街の奇妙なミステリー その57 消えた死体

 今日はつい先日起きた謎の殺人事件についてのミステリーをお伝えしよう。

 それは3月13日のことだ。朝の八時、真面目な学生、ジョニー・コベットは大学の北にある公園で、季節の花や時折見かけるジョギング姿の女子学生を愛でながら、きままな散歩を楽しんでいた。

 そこへ1人の女があわてた様子で駆けてきて、ジョニーの腕を掴んだ。

「人がっ! 人が死んでるの!」

「えっ!」

 ジョニーは耳を疑った。だが、女の真剣な青ざめた顔にそれが冗談ではないことに気づいた。

「警察に電話しなくちゃ!」

 ジョニーが言うと、女がその腕をひっぱった。

「お願い。一緒に来て確かめてからにして」

 少しびびりながら、ジョニーは女に言われるままについて行く。

 普段はあまり人気のない公園の奥まった銅像のそばの草むらに、女が倒れているのが見えた。

 恐る恐る近づいてみると、髪が異様に赤く見えたが、それは後頭部がぱっくりと割れているせいだとわかった。

 淡い水色のワンピースの背中にもべっとりと血がついていて、真ん中の部分に穴が開いているようだ。

 どうみても生きているようには見えない。

「撃たれたのかな」

 口に出してみて初めてジョニーは、自分の声が震えていることに気がついた。

「どうしたらいいの? ねぇ、どうしたらいい? 気分が悪いの」

 彼を引っ張ってきた女は、本当に具合が悪そうにしゃがみこんだ。

「ここにいちゃだめだ」

 あわてたジョニーはすぐさま彼女を立たせると、公園の外へ引っ張って出た。

 ジョニーは、彼女を入り口の低い石塀に座らせると、すぐに緊急電話をかけた。


 5分後。

 警官を銅像のところへ案内したジョニーは、呆然と立ち尽くすことになった。

 そこには……何もない。

 誰も倒れていなかった。

 ただ、緑になりかけた薄茶色の草むらがあるだけ。

「そんな馬鹿な! ここです! ここに倒れていたんです」

「私も見たわ。血まみれの女の人が倒れていたのよ」

 最初の発見者の女とジョニーが口々にそう主張した。

 だが、どこにも死体はない。

「じゃあ、生きていたんだろう。探した方がいいな」

 警官はそういうと、手馴れた様子で近辺のパトロールカーに緊急手配をかけた。

 それが済むと、二人の警官もあたりを丹念に探し始めた。

 しかし、ジョニーは納得がいかない。

 あれだけの傷を負って生きていられるものだろうか?

 いや、生きていたとしても、たった5分やそこらで姿を隠せるほど遠くへ歩いていけるのだろうか?

 その場に立ち上がることすら難しいのではないだろうか?

 警察は複数の目撃者がいる、ということで丁寧に捜査をしたようだ。

 だが、公園の周辺、病院、近辺の薬局などを念入りに聞き込みしたが、怪我をした女、あるいは死体も発見することはできなかったのだった。

 そして、そこに女が倒れていた、という証拠すらも見つからなかった。


 まさにミステリーだが、いやいや、ここで話は終わらない。

 その一週間後のことだ。

 その死体が、その公園から100キロほど離れたダーニング川の岸辺で見つかったのだ。

 川の流れに洗われ面変わりはしていたが、意外に損傷は少なく、着衣と傷は公園でジョニーとあの女が見たまさにそのままのものだった。

 ポケットの中に奇跡的に残っていた学生証によると、殺されていたのはブレンダ・ロギンス、19歳。しかも、ジョニーと同じく、当校の女子学生だ。

 彼女を知る人によれば、少しファニーフェイスで愛らしい顔立ちだったそうだが、残酷な仕打ちを受けたいま、その顔立ちは可愛らしくは見えないだろう。

 彼女は、肩までの赤っぽい金髪に水色のニットワンピースを身に着けていた。

 その頭の後ろの傷はざくろのようにぱっくりと割れ、胸には25口径の弾痕があった。ジョニーは警察に呼ばれ、ワンピースの現物とうつぶせの死体の写真を見せられた。死体の写真にジョニーはぶるっと身震いをした。

 そこには生きていた頃の彼女を想像させてくれるようなものはない。不条理な死があるだけだ。

 ジョニーは、そのワンピースに見覚えがあった。確かにあの日、公園で見たものとおなじものだった。

 薄い色合いのそれは泥水にも少し浸かったせいだろう、色が変わってしまっていたが、まだ少し元の色合いが残っている。特に血に染まっていないスカート部分のほうは空の色より幾分か薄めの青が見て取れる。

 そして何より、ひらひらした裾についている複雑な模様のレースに見覚えがあった。

 とても高価そうなものに見えたのが、記憶のどこかに残ったのだろう。

 ジョニーは警察にあの日見た死体に間違いない、と証言した。

 さて、諸君。それでは、死体はいつどうやって公園からダーニング川まで移動したのだろうか?

 ジョニーは一体公園で何を見たのだろうか? ブレンダの死体かそれとも幻か?

 謎は今も解けないまま、犯人もまだあがっていない。

 以上、文責:M・ノリス

 ****


 レニーが難しい顔で刑事部屋に入ってくると、先に自分の机でサンドウィッチにかぶりついていたBBが目ざとく見咎めた。

「なんだ、レニー? なんかあったか?」

 レニーは無言で新聞をBBに差し出し、そのまま隣の自分の机に行儀悪く腰掛ける。

 BBはうちから持ってきたらしい半分かじったチキンのサンドウィッチをナプキンの上に置くと、示されたページをゆっくりと読み始めた。

 熱心に二度読み返す。

「前半、似てないか? おれの話と」

 レニーが袋からハンバーガーを取り出しながら、BBの顔を覗き込む。

 うーん、とBBはひとつうなった。

「これってお前の話より後、だよな?」

 レニーがうなずきながら、口の中のハンバーガーをコーヒーで流し込んだ。

「うん、時間は後だな。でも日付は一緒だ」

 新聞の日付の情報が正しいならレニーの公園でのできごとと同じ日に起きたできごとで、時間的には2時間ほどあと、ということになる。

「まぁ、似てるっちゃ似てるがな」

 疑わしげにBBは眉間に縦皺を寄せた。

「あのとき、おれが警察だと名乗らなければ、こういう形になっていたかもしれないよな?」

 レニーは口の端のケチャップを紙ナプキンで乱暴にぬぐうと、ハンバーガーの包みと一緒に丸めてゴミ箱に放り込んだ。

「そう思うと、この話がすごく気になるんだよ」

「もしかして、お前がジョニーの役だったかもしれない、と言いたいんだな?」

 BBがぎろりとにらむように相棒の顔を見上げると、レニーは肩をすくめた。

「そう、もしかしたら、だけど」

 BBはサンドウィッチの残りをふた口で食べ終わるとコーヒーを飲み、机の上の電話に手を伸ばした。

「どこにかけるんだ、BB?」

「死体が上がったのがダーニング川なら、あのへんは25分署の管轄だろ。知り合いがいるんだよ」

 その答えにレニーは、にやっと笑って自分の分のコーヒーを飲み干した。


 BBの知り合いの刑事は、電話でレニーの体験した奇妙な話をひととおり聞いたあと、ダーニング川死体遺棄事件の担当刑事に紹介してくれた。

「今日なら担当刑事が分署にいるから、話が聞けるそうだぜ」

「オーケイ。それじゃ、ボスの説得に行こうか」

 さっそくレニーとBBは、ボスに経緯を説明しに行った。

 渋い顔をしながらベケット警部が承知したのは、レニーの熱弁にうんざりしたせいなのかもしれない。いったんこうと決めたレニーをひかせるのは容易ではない。

 こんなふうに熱くなっている場合に、唯一、レニーが受け入れる助言はBBのものだが、肝心の当人は後ろで眉を上げ下げしながら、にやにや笑っているだけで止める気配はなかった。そこでなおも言い募ろうとするレニーを、ベケット警部は片手で制し、ため息をついた。

「わかった、わかった。本当にお前の話が殺人事件の解決につながるのなら仕方あるまい。ただし、今日一日だけだ。それ以上は許さん。いや、許されんだろう、ボードの未解決事件の一覧を見りゃな」

 と、ベケット警部は忘れずにしっかり釘をさした。


「一日ね。今日中に証拠まで何とかしろっていうのか?」

 25分署に向かう車の助手席で、レニーが不満そうな顔をしたが、もちろんベケット警部の言っていることは正しい。

 今、二人がメインで手がけている事件はないが、サブでサポートしている事件はちゃんとあるのだ。

 殺人事件に関係しているのかどうかすら不確かなことで第一線の刑事が二人抜けるのは、事件の解決を遅らせるおそれがある。

「ま、事実確認できて、ある程度のシナリオができりゃな」

「そりゃかなりの難問だ。はっきりいってそこまでは無理だね」

 レニーは肩をすくめて見せた。


 25分署は、ダーニング川沿いにある南北に細長い管轄を持った分署で、レニーたちのいる本署から一番遠かった。

 北の端は自然保護地域にかかっていて、犯罪は圧倒的に繁華街のある南側に多い。

 分署は、その繁華街のほぼ中心にあった。

「久しぶりに来たな」

 埃っぽい道を二時間ほども飛ばしてやっとたどり着いた分署の駐車場で、BBは感慨深げにつぶやいた。

 助手席から降りたレニーも、しなやかな肢体を思い切りよく伸ばしながら分署を見上げた。

「おれはここ初めて。本署よりいいビルだな」

 確かに25分署は真新しく、本署より数段綺麗なビルだった。

 老朽化し、そろそろ建て直しが必要な本署とは比べ物にならない。


「なぁ、BB。おれ、こっちの分署に転属願い出そうかな?」

 腕を組んで大真面目に分署を見上げながらレニーが言うと、BBが笑い出した。

「暇すぎて死ぬぞ、お前」

「今は働きすぎだろ」

「本署の刑事はな、過労死と殉職が多いけどな、ここじゃ暇死にが多いんだぜ?」

 思い切りレニーが顔をしかめた。

「そりゃ、どっちもやだね」

 入り口の短い階段を昇りながら、そんな軽口を叩き合っていると、後ろから不意に声がかかった。

「なんだよ、レビンソン? お前、さっき中にいたんじゃ」

 レニーとBB、ふたりが同時に振り向く。ヒスパニック系の顔立ちをした茶色の髪の男があっという顔をした。

「や、失礼した。レビンソン刑事に良く似てたんで」

「おれかい?」

 首をかしげたBBが自分の胸を指差すと、男は苦笑した。

「そうそう。うちの刑事にそっくりだったんだ、後姿。悪かったよ」

 レニーとBBは顔を見合わせた。

「おれたち、そのレビンソン刑事に会いに来たんだがな」

「なるほど、いとこかなんか?」

「いや、赤の他人だが」

「だよな、顔は全然似てないもんな」

 マルケスと名乗った刑事は、軽く笑い声をたてながら中へ案内してくれた。


 刑事部屋もぐるっとガラス張りのスタイリッシュで綺麗な作りになっている。しかし、中身の方はレニーたちの刑事部屋とあまり代わり映えしているようには見えない。マルケスが中のひとりを親指でさしてレニーに耳打ちした。

「ほら、あれがレビンソン。似てる、だろ?」

 レニーが思わず吹き出しそうになる。

「ほんとだ。BBがいる」

 今日のBBはテーラードタイプのラフな黒の革ジャケットで、向こうはチャコールグレイのウールのジャケットと素材や色は少し違うが、シルエットは良く似ている。体型もがっしりしていて肩幅が広く、ウエストが締まっている。ヘアスタイルも、後ろと横を刈り上げて上を軽く立たせているところも同じだ。遠目ならレニーでも区別がつかないかもしれない。

 だが、中に入ってレビンソンと直接顔をあわせると、BBとの違いがはっきりわかった。輪郭は似ているが構成内容が全く違う。

 精悍で引き締まった顔つきのBBと異なり、レビンソンは鼻が低く目が丸く愛嬌のある顔立ちをしている。正面から見て似ているという人間はいないだろう。

「・・・・・・もしかして、あ、そっか、なるほどね」

「何が?」

 何かに感心してうなるレニーにBBが訊いた。

「いや、ちょっと思うところあって」

 レニーは笑ってそれ以上は答えない。ああ、毎度のこったな、とBBは肩をすくめてやり過ごした。


「殺されたのはブレンダ・ロギンス。十九歳。大学では経済学を学んでいた」

 レビンソンは気のよさそうな笑みを浮かべてレニーたちを歓迎し、資料を机のデスクトップパソコンで見せてくれた。

 たくさんの資料ファイルの中から、華やかな笑みを浮かべた若い女の写真を大写しにする。

「これがブレンダ。レイプの痕跡なし。抵抗した跡もない。9mm以上の銃で前から胸を撃たれている。死因は肺機能不全と出血多量によるショック死だとさ」

 BBはレビンソン刑事の横の事務椅子に座り、レニーは机の端に行儀悪く腰をかけている。

 レビンソンは自分の胸の真ん中に親指をあてた。

「弾は前から入り、背中へ完全に抜けてる。片方の肺に当たり肺動脈を粉々に粉砕した、らしい」

「つまり弾は見つかってない、ってことか」

「頭の傷は?」

 レニーの質問にレビンソンが口元を歪めた。

「そいつが問題だ。解剖医によると頭の傷はふたつある。ひとつは浅めについていて生活反応がある。もうひとつは、その浅い傷の上からさらにつけられていて生活反応はない」

「浅い傷は撃たれた時についたとして、あとのは川で流されたときにどっかにぶつかってついた、とかじゃない?」

 レニーの予想にレビンソンはかぶりを振った。


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