106話 地図で確認しよう
「つ、疲れた……」
タンリガ村で借りた宿の部屋に入ると、ベッドに倒れ込んだ。
ランカ村を出発してから、何度か休憩はあったけど、ずっと馬に乗り続けた。さすがに乗馬を練習したとはいえ、長時間の移動だったので体が重い。
でも頑張ったおかげで、翌日のお昼にはタンリガ村に到着できたけどね。
『リーナ』
ユウが私を呼んでいる声が聞こえるけれど、応える元気がない。
『これは駄目だな。でも、俺の声は聞こえているよな?』
ユウの声が聞こえるほうに右手をちょっと上げると、ユウが笑った。
『周辺を見てくるな。ゆっくりしておけよ』
言われなくても、今は動けないよ。
「はぁ」
しばらくベッドでゆっくりしてから起き上がって、部屋を見渡す。
「この部屋、机もないんだ」
キーフェさんが「寝るだけの宿だ」と言っていたけど、部屋にはベッドと椅子が一脚しかない。それに驚きつつ、部屋の窓からタンリガ村を見る。
ランカ村よりは人が多いかな。でも、雰囲気はランカ村とよく似ているかも。
コンコンコン。
「リーナ、起きてる?」
「お兄ちゃん、どうぞ」
部屋に入ってきたお兄ちゃんは、手にコップを二つ持っていた。
「暖かいミルクをもらってきたよ」
ミルクの入ったコップを私に渡すと、お兄ちゃんは部屋に一つだけある椅子に座り、ミルクを飲んだ。
「ありがとう」
受け取ったミルクを飲むと、暖かさがじんわりと体に染み渡った。
「おいしい」
「よかった」
お兄ちゃんとゆっくりミルクを飲んでいると、ユウが部屋に戻ってきた。
『リーナ、復活したか?』
ユウを見て小さく頷くと、彼はホッとした表情を浮かべた。
『この周辺には、不審者はいないと思う。あと、フォガスが女性の冒険者にナンパされてた』
んっ?
ユウの報告に動きが止まる。
『すっごく積極的な女性でさ「これから一緒に飲みに行きましょうよ~」といいながら、腕に胸を押し付けていたんだよ。……うっらましい~』
なんの報告かと思ったら、うらやましかったのか。
ユウに呆れた視線を向けると、本気で悔しがっていたのでため息がこぼれた。
「リーナ、どうしたの?」
お兄ちゃんが、ユウがいるほうを見て首を傾げる。
「何でもないよ」
笑って誤魔化そう。だって「ユウが、ナンパされたフォガスさんをうらやましく思っているみたいで」なんて、言えない。しかもお兄ちゃんにとってユウは精霊だし……。
「そう?」
納得していない様子のお兄ちゃんから視線をそらして、少しぬるくなったミルクを飲み干す。
「ごちそうさまでした」
コンコンコン。
「リーナ殿、フォガスです。少しいいですか?」
フォガスさんの声に、扉へ視線を向ける。
「どうぞ」
「アグス殿を知りませんか? あっ、こちらでしたか」
扉を開けて入ってきたフォガスさんは、お兄ちゃんを見て安堵した表情をした。
「ごめんなさい。リーナの部屋に来る事を伝えていませんでした」
お兄ちゃんが謝ると、フォガスさんが首を横に振る。
「いえ、いちいち伝える必要はありません。そうですね、宿を出る場合は事前に教えて欲しいです」
「わかりました。それでどうして俺を探していたんですか?」
「はい、これからの事を相談したいので、夕飯前に話そうと思うのですが、大丈夫ですか?」
フォガスさんがお兄ちゃんと私を見る。私はお兄ちゃんと顔を見合わせると、フォガスさんに視線を向け頷いた。
「「はい」」
「それでは、キーフェの部屋に行きましょうか」
フォガスさんの案内で、キーフェさんの部屋に行く。
「どうぞ。アグス殿とリーナ殿は、ベッドに座ってください」
キーフェさんの部屋も私と同じで、ベッドと椅子が一脚しかない。だから部屋に四人も集まると、ベッドに座るしかなく、少し戸惑ったけれど、お兄ちゃんと一緒にベッドに座った。
「ここまでちょっと飛ばしてきましたけど、大丈夫ですか?」
キーフェさんが心配そうに私とお兄ちゃんを見る。
「はい、俺は大丈夫です。リーナは?」
「私も大丈夫です」
『いや、大丈夫じゃないだろう。アグスは落ち着いたけど、リーナは顔色が悪いぞ』
えっ、そうなの?
鏡を見てこなかったから気づかなかった。
キーフェさんはお兄ちゃんと私を見て少し考えこむと、私を見て微笑んだ。
「明日からはゆっくり移動しましょう」
「それは大丈夫なんですか? 予定が狂ったりしませんか?」
私の問いに、キーフェさんは笑って首を横に振る。
「ここからは、一切の予定を決めていません。どこに行くのか、何日かけて行くかなど、臨機応変に動きます」
状況に応じて動くって事か。
「アグス殿とリーナ殿は地図を見た事がありますか?」
キーフェさんの問いにお兄ちゃんが首を横に振る。
「いいえ、ありません」
「私は、ランサ森の位置を確認したかったので、ランカ村周辺の地図を見たくらいです」
私の返答にお兄ちゃんが驚いた表情をした。 キーフェさんもフォガスさんも、なぜかお兄ちゃんと同じ反応をしている。
「えっ?」
私は三人の反応に戸惑って、思わずユウを見る。
「なるほど、そうですか」
私がユウに視線を向けると、キーフェさんが何度か頷くと、私を見て笑った。
「わかりました」
何が? 何がわかったの?
「それでは、地図を見てください」
えっ、話を進めるの?
キーフェさんが大きな地図をベッドの上に広げる。私は戸惑いながら地図を見る。
「右隅にあるのがランカ村です。そして今いるのが、ここです」
キーフェさんが地図上のタンリガ村を指す。私は、ランカ村からトラス村、そしてタンリガ村を確認する。
「この線はなんですか?」
お兄ちゃんが地図の一部を指すとキーフェさんを見る。
「それは馬車がすれ違えるくらい横幅のある道です。町や村をつなぐ重要な道です。隣の線は川を表していて、こっちのマークは針葉樹、こっちは広葉樹の森を表しています。タンリガ村の周辺は広葉樹のマークが等間隔に並んでいるので、この村は広葉樹の森に囲まれている事が地図からわかります」
「すごいですね。地図から、そんな事がわかるんですね」
お兄ちゃんが感心した様子で地図を見る。それを少し不思議に感じながら、タンリガ村の隣の村を見る。
「トランサ村、次が、オトス村。この二つの村の間には山がありますね」
「山? どうしてわかるの?」
「主曲線と計曲線からわかるよ」
『そういえば、この世界の地図って日本の地図と同じマークを使っているよな』
ユウの呟きに、はっとする。
どうして日本の地図と同じマークが使われているんだろう? そのおかげで地図は読めたけど、おかしくない?
『そうか。学校でまだ習っていない地図のマークを理解しているから、みんなは驚いたんだ。で、俺がリーナに教えたと思ったから、キーフェもフォガスも納得したんだな』
なるほど、キーフェさんが納得した様子だったのは、それか。
ユウの説明に、思わず頷いてしまう。
「リーナ殿?」
キーフェさんが戸惑った表情で私を見る。
えっと……誤魔化そう。
「山は少し高いみたいですけど、準備が必要ですか?」
これ、誤魔化せているのかな?
「大丈夫です。地図には書かれていませんが、通り抜けできる道があるので、そこを通ります」
キーフェさんの説明に首を傾げる。
『地図に書かれていない道があるんだ。もしかして、わざと地図に書いていないのか? その理由は? リーナ、聞いて! 聞いて!』
ユウが興味津々な様子でキーフェさんを見る。
「どうして地図に書かれていない道があるんですか?」
私もちょっとだけ興味があるからね。
「新しくできた道なんです。次の地図を作る時には、書かれると思います」
なんだ、そんな理由か。
『なんだ。そっか』
キーフェさんの返答に、ユウと同じことを思ったみたい。ちょっと恥ずかしいかも。




