Aパート
ブロロロロロ
知らない人の御宅にお邪魔するのは少しドキドキするものだ。
急に押しかけで困るのは、お互い様なもんだ。玄関くらいは、見える景色くらいは掃除をちゃんとしておきたい。
それなら玄関先で追い返せる。ちょっとした時間稼ぎもできる。
「飛島さんは野花さんのご自宅を知っているんですか?」
「住所は知ってます。あの人はご令嬢ですから。私達、庶民とは違いますから」
今時の子としては珍しいか。住所も知っている子。
「とはいえ人事、経理、管理のお仕事も任されているので。因心界の皆様の現住所は本部からデータを送ってもらえる事は造作もないです」
「あ、そうですか」
野花のご自宅まで車で向かう表原達。
能力が自分達の都合に合わせれば、きっと蒼山はそこにいるだろう。しかし、よりにもよって。同じ因心界の幹部の家にいるなんて……。
全員がそこに疑問を投げかける。
「野花さんなら普通、連絡してくれるんじゃねぇのか?」
「レゼンの言うとおり、私もそう思うんだけど」
「表原さん達もそう思いますよね。私もそう思っています」
マジカニートゥの不安定さ、あいまいさが、ここにきてモロに来た。
とはいえ、アテが他にないので向かう状況。
「野花さんにはアポなしですか?」
「ええ、面倒ですし。蒼山がご自宅に潜んでいるかもしれないと伝えたら、身震いして、調査もさせてくれないでしょう。本当にゴキブリ並みに気持ち悪いこと。殺虫できないからそれよりも上かな?」
「極度に嫌われてるな、そいつ……。ちょっと気の毒だな」
『レゼンも会えば絶対に分かるさ。人間でいう低俗なクズだというのは間違いないよ』
妖精にも非難されるほどの男。
確かにそれがご自宅にいます。なんて言われたら……
「もしかして………それはないか」
「ちょっ。今、野花さんがそんな人と想像したんですか!?人のイメージを崩しちゃいけませんよ!」
まさかの想像斜め上をイメージしてしまった表原達。
行けば真実は分かるもの。ありえないであろう事を確かめるのも、勤めかもしれない。
キーーーッ
「ご自宅は駅の近くみたいなので、ここから歩いて参りましょう」
「ここ、超高級住宅地が立ち並んでいるところじゃないですか!!」
「令嬢と言いましたよね?そーいう人なんです」
コインパーキングに車を止め、超高層ビル、大型マンション、広くて庭付きの一戸建ての並び。
表原は友達感覚でしょぼい団地や一軒家をイメージしていただけにこれは予想外。
超裕福な家系のようだ。羨ましい。
「か、格好これでいいのかな!?学生服とか、締まった感じので……」
「畏まるなよ。アホウなくせに」
「野花さんのご家系はファッション業界にも進出しているそうですよ。無事に終わったら、そこでお買い物でもしましょうか?」
「うひぇ~~」
『なんて声を出しているんだ、あの子……』
駐車場から歩いて3分ほどで、飛島が立ち止まって見上げる。どこもかしこも超高層ビルだ。
色んな企業が入り、経済を潤しているのだろう。
「た、たか~~い。ここなんですか、野花さんの御宅って……」
「ここらへん一体のビルを管理しているのか?」
「そのようですね。不動産業、ホテル業、多数の銀行……それらを纏めている家系の、娘さんです。いや、違いますね。ホント……」
普段は粉雪とコンビを組んだり、友達のように接している感じではあったが……。こんな高貴な方だったとは。因心界随一の良識的なのも頷ける。北野川が知ったら恨みそうなボンボンである。
「な、何階なんでしょうね!?やっぱり最上階?というか、何階まであるの!?」
「……いや、待ってください。そちらじゃないみたいですね」
「なんだ?ビルとビルの間にあるダンボールハウスが置けそうなところが、住所だっていうのか?今更どーすりゃいいんだ、それ」
「ありませんよ、そんなの。表原ちゃんが向いているビルは野花財閥が経営している会社であって、ご自宅はお隣のビルのようです。え、」
そんなことを言っているわけではないが。少々、頭を抱えるようなご看板に、桃色っぽい雰囲気漂うもの。
駅前に堂々と。駅前だからこそあると言えるものか。
お店の看板+店の中を伝える看板は
『"秘密の花園"』
あは~~ん
うふ~~ん
『LOVEホテル』
超高層の、イケないホテルであった。
ここが野花一家のご自宅でもあったのだ……。
「………………」
顔を赤くしつつも、凍ったような表情で立ち尽している表原麻縫。その気持ちは良く分かると、正気で見ているレゼンと飛島、ラクロ。まさかのラブホテルの中にご自宅があるという予想できない展開。
むしろ
「まさか、蒼山を……いえいえ!野花さんに限って!そんな事はない!」
「真面目な方だよな。あんなホテルが自宅じゃないよな?別にあるよな?一戸建てと間違えてないのか?」
「……残念ながら事実っぽいんですけれど」
そういえば、野花の妖精が。大人用のバイブであった事を思い出す、レゼン。あの時、表原は寝ていたので知らないだろうが。イメージの崩壊は避けられないと思われる。
人のイメージが壊れる瞬間というのは、とんでもなく悲しくて心に残ってしまうものだ。
そして、飛島は少しショックを受けつつものの。
「確かにここなら男を隠すのにはうってつけですね。ホテルによっては、指名手配犯を匿うとも言います。行きますよ、表原ちゃん」
「………はっ!ホ、ホントに行くんですか!?私、未成年ですけれど!あんなヤバい感じのホテルに、こ、こ、子供が入っていいんですか!?ホント!?」
「話しにならないかもしれませんが、ひとまず行きます」
自動ドアを潜って、表原達は野花のご自宅に入り込む。だが、ここはホテルだ。当然
「いらっしゃいませ……!」
受付がある。
当然ながら表原の中学生ぐらいの姿を見れば、従業員が声をかけて止めるに決まっている。
「失礼ですが、お子さんでしょうか?」
「いえ、こちらのご利用ではないです。私、因心界の飛島華と申します。彼女は……パートナーです。野花桜さんはおられますか?」
少し大人びた飛島がいることと、因心界の"十妖"である事を身分証で伝える。
そうすると従業員は
「桜お嬢様に会いにいらしたのですか」
「あ、やっぱりこちらがご自宅なんですか」
「はい」
ラブホテルがご自宅って、完全に如何わしい人確定と見て良いだろう。
清楚なイメージで通っていただけに……。
「申し訳ございませんが、桜お嬢様は現在外出をしておりまして。ご用件であれば、私からお伝えしましょうか?」
「野花桜さんに直接お伝えしたく、ご確認したい事ですので」
「左様ですか」
表原もいる手前、したくはなかったが。
本人が来るよりも前に蒼山を発見した方が良いだろう。野花のイメージを、飛島としても払拭したいところだった。
「どこかのお部屋で待っていても宜しいでしょうか?」
「お部屋をですか……少々お待ちください。ホテルのお部屋を貸すわけにも行きませんが、ご自宅にある客室が空いていれば。育様はお許しされるでしょう」
従業員はこの自宅兼ホテルのオーナーである。
野花桜の父親、野花育に連絡を入れた。交渉とかいうのは、まったくなく。
「大丈夫だそうです。客室までご案内しましょう」
「助かります」
案内される形で、従業員専用の扉を通り、さらに奥へと進んだところにはエレベーターが。
15人以上は軽々乗れる超高級なエレベーターに入り、この先にご自宅があると言われる。
「え?地下」
「はい。野花様達のご自宅は地下になります。これも安全のためです。フロアに着きましたら、育様がお待ちしているそうなので、指示に従ってください。なにぶん、私共も自宅の中までは案内された事がありませんので」
「用心深いんだか、そうじゃないんだが。よく分からないな……」
地下5階相当まで降りていく表原達。
随分と変わっていると思うが、一般というのが通じないレベルなんだろう。
チーーーーンッ
「おおっ、本当に桜のお友達かい?いやぁ、よく来た。私が父親の育だ」
「は、初めまして!」
エレベーターを開けるなり、嬉しそうに挨拶をする野花育。若社長と思われるほど、スラっとしたイケメン父親が表原達を待っていた。
「では、私はこれで」
「うん。案内、ありがとう」
従業員はエレベーターを上げて地上に戻っていく。
表原達は野花育についていく形で、案内されていく。進む事で照明がつき、人がいなくなると消える。無駄な電気を使わないといったところか、防犯上の暗闇を使っているのか。
「桜が友達を連れて来るなんて、初めてだからねぇ。父親として初めて、こんな興奮をしているよ。彼氏がやってくる前に味わえて良かった」
外装と中身が完全にラブホテルなんですから、友達を連れて来れなかったのでは?
「桜が来るまでゆっくりしていたまえ。飲み物もお菓子、好きなのを出そう」
案内されたお部屋はVIPルーム。地下とは思えぬ、広さとゴージャスな内装。さらには
「え!?電車が走ってる!?ここ地下ですよね!?」
「騒音はないみたいだけど、ちゃんとした窓がありますね」
「外や空から電車を見るのは普通だろう。地下を走る電車を見るなんて事、面白いじゃあないかい」
地下を見てなんだというか、代わり映えがまったくしないと思うのは気のせいか。おそらく、一般の思考を持ち合わせていない人なのだろう。
人が考えた事もない事をする。
それも一度や二度なんて、指の数ぐらいの回数じゃない。数打てば当たる……か。
珍しい美術品、骨董品なども並んでいる。一般人の表原達にとっては値の桁を知らないレベルのものなんだろうが
「良い出来だろう。こーいう美術作品」
「え、はい」
「実は8割が偽物なんだよ」
「えええ!?」
「最近の偽物はよく出来ているものだ。本物と言われて、そのまま信じれば力をもらえるじゃあないか」
なにかとポジティブな人だ。騙されて買ったかのような声かと思いきや……。精巧な偽物を讃えるという、妙な心意気。一言で括れば、優しいんだろう。
育自ら、お菓子や飲み物を提供しながら、
「桜の知り合いという事は……いや。因心界と言っていたな。その使いかい?」
「はい。私は、野花桜さんと同じ、"十妖"。因心界の飛島です。実は、桜さんにはアポなしで訪れてしまって。お聞きしたい事と、こちらのご自宅の調査のご協力にと」
「ウチの調査?」
「はい。桜さんにお話をつけてからと思ったのですが……ただの人探しです。ホテルにチェックインしている方だけでなく、自宅をも含めてのことになるかと思いますが。お父さんからご許可を頂けますでしょうか?」
自分で入れたコーヒーをすぐに飲んで
「ふーん。ま、何を捜しに来たのか。危ない人かい?」
「ええ。ただのど変態で……。桜さんに危害が及ぶ前にと」
「そいつは大変だ。ウチの桜の貞操がそんな輩に破かれる危険があるとは……桜に代わって許可をしよう」
ちょっと強引な手段に思えるが、野花の父親からこのホテル全体の調査の許可を得る。
階層は30階越え、地下は5階まで。広さも含めれば、かなり広範囲である。
育は念のためだが、
「言っておくが、ここには私と妻、桜しか来ない。従業員も出入りを禁じているからね。ホテル側には顧客情報を君達に開示させるよう伝えておく」
「……ありがとうございます」
パリパリ……
「ところでそいつの名前はなんだい?監視カメラなどの情報も必要になるかい?"ここにもデータが送られる"から、見せられるけど」
緊張している表原。多少なりともしている飛島。それとはまったく対照的で、調査される側の人間だというのに寛いだ表情でお菓子とコーヒーを頂いている育。
子を護るといった感じからか。フレンドリーな雰囲気で協力的である。
せっかく頂いたお菓子を表原は口にすると
「!美味しー。このチョコクッキー!」
「だろう!ウチのラブホは食事からでも、一流にしているんだ」
「そこは普通にホテルで良いじゃないですか」
「食べるってのは大事だよ。まだまだ若いんだから、胸も成長できるさ」
なんというか、反面教師のような親って事だろう。
思考に多少のエッチを含んだお父さんといったところか。
「彼氏が出来たら、ウチのラブホを使ってくれ。5割引に、精力料理を提供してあげよう」
「ちょっ……」
「それは少し……。表原ちゃんには刺激が強いので、止めてもらえないでしょうか」
飛島にも少し効いてくるお話である。同時に、野花桜の評価が本人の知らないところで下がっていく。
裏ではこんなことを思っていても不思議じゃないのかな、って。
「……!もしかして、飛島さん」
「はい?」
そんなときである。
育は鼻を利かせた。
「……すんすん……もしかしてだが……」
「………!」
なにやら妙な間ができた。そして、飛島の方から
「失礼。さっそく、ど変態の捜索と捕縛に移りたいのですが」
「おっと。ごめんね、可愛い君をずーっと見ちゃってて。この俺が見惚れたよ」
「それはありがとうございます」
「………はぇー」
大人の男性に褒められるって、飛島さんってやっぱり可愛いんだよね。
でも、なんで飛島さん。ムッとしてるんだろ?
ジロジロと見られたから?
「表原ちゃんはどーします?ここなら安全だと思いますよ」
「それは確かに……お菓子もコーヒーもあるなら、ゆっくりしたい!!」
「ここまで導いたからヨシとしてやるか。じゃあ、あと飛島さんにお願いするよ」
『じゃ僕ちんも』
「ラクロはダメよ」
ここでゆっくりを選択した表原とレゼン。
飛島が蒼山探しに入ろうと動いたら、育は思い出したように飛島を止めた。
「エレベーターまで私が案内しよう。暗い道でもところどころ仕掛けもあるし。なによりエレベーター操作は限られた者にしかできないようになっている」
「それは、……ありがとうございます」
「表原。俺達もそこまで見送ろう。離れて行動する輩がいると気になっちゃうだろうし」
「えーーっ」
「防犯上のマナーだよ。こんな地下室で念願のゆっくりができるんだから、良いだろうに」
◇ ◇
表原達がやってきて、丁度地下の自宅にお邪魔している時の事である。
ガーーーーッ
「!桜お嬢様」
「ちょっとーーー!!どーして、飛島達がここに来てるのよーーーー!」
「いや、向こうから来たと、お伝えしたじゃないですか」
「言い訳無用ーー!お父さんの事がバレちゃったら、もう私のキャラが崩壊するじゃなーい!!北野川以外にもバレるって、ヤバイのよーーー!!」
表原達が自宅に向かった後で、野花桜にもちゃんと連絡がいったのは当然である。
近くにいるわけでもない、超高速で帰って来た。それだけ自宅の事がバレたくないのだろう。
ラブホの中に自宅があるんだものな……。変な人と思われるのは仕方ないか。
「うーーっ」
「わ、私共も育様のご指示が絶対ですから。それより、飛島さん達はあなたにご用件があると言って、ここに来られました」
「だったらメールでも良いじゃない!」
「なんか人探しとか言ってた気がします」
「はぁ~?」
当然であるが……。野花桜が、蒼山の居場所なんかを知っているわけがない。こんな自宅に招待するわけもない。絶対に知り合いに知られたくない秘密なのだ。父親は娘の事には甘い。
ほったらかすとヤバイ。恥ずかしい過去とか、一番知っている親から語られたくない。
「早く飛島達と合流して、帰ってもらうわ。お父さんの事だから喜んでそうなのが分かる……」
「そ、そー熱くならず」
ドタバタしながら、自宅のある地下に向かおうとする野花桜であった。
「早くしてくれよ」
受付がドタバタしている事でチェックインをしたいお客様もいるという状況。2名がお待ちしている時だ。
「まったく早くして欲しいもんだ」
「そうよねー」
パサッ
「ん?万札?」
そんな2人の足元に落ちてきた(?)と思われる、1万円札。
2人はそれぞれ万札を拾い上げた……。
パッ
「お、お待たせしてすみま……?あれ?」
待たせてしまったかと、従業員は謝りながらお客様の対応をしようと戻って来たが。お客様が突然、いなくなっていた。チェックアウトのための鍵が置かれたまま。
ブイイイイィィィ
「あー、早く来てーー」
チーーーンッ
「!あ」
「えっ」
ようやくご対面する飛島と野花。それを知れて、ひとまず一息ついて。
「悪いけれど、今日の事は忘れて帰ってくれない?というか、お父さんに会ったわね!飛島!」
「そーも行きません。というか、野花さん。少々内密なお話があるんですが……」
飛島は蒼山を捜すため、エレベーターから降りるのは当然である。野花は溜め息をついてUターンして、出口に追い返そうとするも、ロビーに行く足を止められない。
一方で従業員は、自宅直通のエレベーターに
「?ペンダント?」
飛島が落とした(?)物を見つけ、エレベーターが閉じる前に捕ろうとした。
パッ
その後の様子に気付く事なく、野花と飛島は会話を続けながら
「今日の事はホントに忘れて」
「しつこいですね。私はそーいう類いで接し方を変えるタイプではありませんよ」
「それでも私は嫌なの!」
「ご令嬢も気にするものなんですか?」
「尊敬してるけど!人に褒められるような事、してない父親だから!!」
野花桜からすれば、あんまり褒められた父親ではない。
だが、社長や事業者といったところでは有能な人。運良く株で儲けたような人ではなく、しっかりと時代の流れを見てきて、勝ち取ってきた人であり、負けても来た人。
16歳~19歳。学業を行いながら、AV男優やらアイドルのマネージャーなどのちょっと闇の深いアルバイトを掛け持ちし、20歳で大学の経済学部に入学。その2年後に留学。帰国後すぐに大学を中退し、企業を設立。
アルバイト時代にて様々な人脈を手にしていた事と、大学と留学した経験から世界の様々なところに情報を届けられる技術、必要性を学んだ事を活かした。人材発掘と育成、出世の手助け、進路の確保。総合マネジメント企業でのし上がっていき、7年後に野花財閥の傘下に加わる。
その後婿養子として、正式的にも野花家に入る。ちなみに出来ちゃった結婚でもあり、婚姻からわずか2ヶ月で野花桜が誕生するのであった。
現在も波乱万丈な人生を送っており、因心界や革新党、その他の大企業のマネジメント、資産提供、情報提供などをしている一人の人間である。
結構、凄い人ではあるのだが……。
「父親としてはサイテーな部類」
「そうですか?」
今は自宅にいる事が多くなっているが、野花の子供時代は仕事ばっかりでロクに会った事もなく、別居状態がほとんど。高校に入った辺りから一緒に暮らす事になったが。娘への愛なのか、仕事に対する研究なのか。これからの流行りを作る参考に娘で試させようと、エッチな代物を渡された日々がある。その傾向は知る事もできない幼少からでも時折あった。
『おいおい、お父さんを邪険に言うなよ。俺と出会えたのも父親のおかげじゃないか?生まれも出会いも両親がいたからなんて、珍しいもんだぞ』
「セーシは黙っていなさい!」
11歳の頃、父親からプレゼントされたのは、とある伝説が語られたバイブであった。
そう。それがセーシとの出会いであったのだ。
適合者がおらず、誰にも扱えない(ただのバイブとしての機能しか果たせない)まま、何十年もエログッズ専用の倉庫で眠っていたセーシにとっては、育は恩人でもあった。立場の都合上、両親は桜を護れる時間と力も持たない代わりに、セーシが自分の命が無くなるまで、桜を護り抜こうと決めていた。
しかしながら、その娘さんは。
「ラブホやコンドームの生産とか、エッチ動画やグッズとか。そーいうので金と名誉を得て来ている父親なんて、娘としては恥ずかしいですよ」
「そーいう仕事で生きている方に失礼では?裕福な事だけでも、幸せ者ですよ」
「あなたには分からないんでしょーけどねっ!!」
「みんな、誰にも誰しもそう思っております」
清楚なイメージで通っている野花が、完全に壊れたのは事実である。
ロビーのソファに腰をかければ、飛島は単刀直入に
「野花さん。ここに蒼山の馬鹿が来ておりませんか?」
「!ちょっと!!あんな盗撮馬鹿に、この事を教える私だと思う!?」
逆ギレ当然。
自分の父親の事を知られ、それと同レベルと思っている変態が、この自宅兼ラブホにいるなんて事。
「さっきから私の心にダメージを与えないでくれない!?」
「その様子でしたら、やはり入れませんよね?」
「入れるわけないでしょ!!お父さんと意気投合したら、私はどーすりゃいいの!?」
「あ、先ほどお父さんはそんな奴のことを危険と言って、捜索の許可を降ろしてくれましたよ」
「そもそもここに来させるわけないでしょ!!飛島!いい加減な事を言わないで!!帰って!!」
マジカニートゥの能力では確証がとれない。
飛島もこの野花の反応からして、100%いないと思っている。
だが、いない事を証明する手段もない。
ひとまず
「ともかく、簡単な調査ぐらいはさせてください。ここ数日ホテルに滞在していた人物の一覧、中の様子のチェック。野花さんがご同行、ご案内を引き受けてくれたら仕事もはかどります」
『僕ちんの匂いの調査で、蒼山がいるかいないか。痕跡さえとれれば追えるぞ』
「ちょ!ラブホの中で匂いを嗅ぐとか、止めてくんない?それと私、今日は非番でお出かけしたかったんだけど!」
「キッス様からの指令なんで。チャチャッと片付けますよ」
押し切ってみる飛島。
捜索を開始しようと思った直後であったが、野花は気になる事を思った。
「ちょっと待って!飛島1人?なんかもう1人いるって聞いてたけど」
「いえ。表原ちゃんがいます。ご自宅の客室でゆっくりしているかと」
「!!ちょっとーーー!それってお父さんと一緒にいるって事じゃなーーーい!!よりにもよって、未成年を自宅に招待させんな!!馬鹿お父さん!!」
野花は猛ダッシュで自宅に向かう。エレベーター待ちにイライラするほど、精神的に焦っている。
地下の自宅に着くやいないや、
「お父さん!!表原ちゃん!!」
「お!桜ー。友達が来てくれたぞ」
「…………」
予想通りのことが起こっていた。
「今、表原ちゃんに大人の恋愛とファッションを教えてるところだった」
14歳の子に、初めてのゆる~いAV番組を見せたり、最近の流行りとかほざきながら、かなり大人っぽくてエッチな下着や衣類を見せたり、あまつさえ着させようとする瞬間であり、変態ぶりが際立つ。
女性とあれば子供にも手を出している人物。金で出てきたこと4回ほど。
大人を信じちゃいけないって事を教えてくれる反面ぶり。
「いや。ちょっと刺激が強かったかな?こーいう目覚めには良いかと。人との交流が少ない子だって言うから、その接点、きっかけになればと思ってね」
表原は顔を赤らめながらフリーズ中。
小学生の時はそうでもないが、中学生くらいになれば意識するもの。男性のあれって、そーできているんだと。想像よりリアルなモノを見てしまった。
「だ、だ、だからお父さんの事は大嫌いなのよ!!仕事だけしてて!!」
ドグシャアァッ
父親に心と体にダメージを与え、フリーズしている表原を回収。
エレベーターの中で泣き出し赤面している野花。
「ううっ……めっちゃ恥ずかしい……」
「苦労してんな、野花さん。一番、家系で苦労してんじゃねぇか?」
「レゼンくん。表原ちゃん、気絶してるよね」
「あ、さっき食べてた菓子に洋酒が入ってたらしく、少し酔っ払ってんだ。顔が赤いのは半分それだ」
「あの馬鹿親ぁ~~。人の友達に何してんの!?」
こっそりと心のガードを降ろすお菓子の試作には、何も知らない人を使った方がいい。そーいう目的の商品が今後流行るかもしれない。でも、子供にはやっぱり早いという収穫だけ得られれば十分だろう。
とはいえ、凄い父親だってのはレゼンには分かった。
「手段がどうあれ、あんまり話をしねぇ表原に興味を持つのは変で凄い父親だな」
「1つ余計なんですけれど……意識がハッキリしたら、私謝るから。とりあえず、飛島と一緒に蒼山探しをしましょう。あれと父親を出会わせるわけにいかない」
◇ ◇
「なるほど」
「はい」
野花が戻ってくる前に、1週間分のここの利用客をチェックしていた飛島。
善は急げである。
「有力な情報をありがとうございます」
「いえいえ。というか、それが情報なるんですか?」
「捜している人は極度な大馬鹿ですので」
利用客の中に蒼山ラナの名前はなかった。しかしながら、彼がここにいたかのような奇妙な事件を知れた飛島。
「飛島ー。さっさと帰ってくれない?ここの捜索は私がするから……」
「そうはいきません。野花さん。表原ちゃんも辛そうですが、ついてきてください」
「うーっ……ちょっと気分悪~」
あんまり大きく話しをするもんじゃないため、従業員内でのトラブルで済ませていたお話。1週間ほど前から起こっていた事件に、彼の手掛かりを察した飛島。
そんなのどーでもいいから帰って欲しい野花。2人がいるだけで、恥ずかしくて死にそうだ。
「なにかあったの?」
「実はですね。ここ最近、お客様トラブルに挙がった事例なんですが。これが蒼山がいる可能性に繋がるかもしれません」
「もったいぶらないで」
前置きってのは大切なんですがね……。
飛島は訊かれるものだから、躊躇せず。
「ここ最近。お客様の女性用下着と女性従業員の下着が全部で8着ほど、消えているというトラブルがあったそうです。これは蒼山がやりかねない事件ではないかと思います」
「……………」
「……え?それどんな判断です?」
何も知らない上にちょっと酔っている表原には、よく分からない事件である。
なんなんだこのラブホテルは?変態しかいないのか。
「……マジなのそれ?」
「ええ。ここ最近頻発しているのと、蒼山と連絡がとれなくなった時期が一致します」
しかし、蒼山を知っている野花は目を変えた。というより、血相を変えるほどである。下着を盗む行為は奴にとっては容易に想像が付く光景。能力も知っているから、なおの事である。
信じたくないが、このホテル内のどこかに奴はいる。
「頼むわよ、ラクロ」
「追跡できるんでしょうね」
『ぼ、僕ちん。そんなに責任重大?ただの下着泥棒にこんなマジになってる』
そして、その頃。
ホテルのキッチンでは……。
パッ
「あったあった!ここに鍋があったよー」
5人体制で行なわれていた厨房にて、1人のシェフが先に消えた。
「あれ?」
「おーい」
パッ
そして、ほぼ同時に。残った4人のシェフ達も消えていく。
まだこのホテル内での異変に気付けていない表原達。
正体不明の敵と蒼山ラナの行方は一体……。




