Film.033 アドベンチャー
──【迷宮都市】サンタナ──
白と黄色の単調な塗装は剥がれかけ、看板にはゲイルズ・レストランという文字がデカデカと書かれ俗っぽい料理店。
店内はカウンターが10席、テーブルは6席。カウンターには3人の客が並んで座っていた。
「ゲイルさん遅いー、お腹減って動けない〜」
「エマの言うとおりだぜ! こっちは朝からトレーニングしてきて絶賛空腹なんだよ。それにこの店の売りは安くて早いだろ、全然早くねぇし」
「3人もいっぺんに頼むからだろうがぁ⁈ こっちは1人で切り盛りしてんだからゴチャゴチャ文句言うな!」
エマ シーヤとアレックスの文句にゲイルの怒声が響く。
「従業員雇わないんですか? ゲイルさんもそろそろ歳ですし1人じゃキツくないですか?」
3人のなかで唯一礼儀正しい態度のエイシャが出した提案に、しかしゲイルは一蹴した。
「バカ言え俺ぁまだ40半ばだぁ、まだまだヤキは回ってねぇ。それにバイトは雇えばその分人件費が増えるからなぁ」
そうなれば値上げをする必要があり、安さが売りの1つであるゲイルズ・レストランにとってはかなりの痛手となるのだ。
「40半ばって結構歳だけどな。まぁいいや、こっちとしても安い飯食えなくなんのは困るし」
アレックスが値上げを危惧しているらしいのを聞いたゲイルはあきれながら言った。
「A/2パーティのメンバーが食費を気にするなんて情けねぇなぁ。ココは本来テメェらのくるとこじゃねぇんだよ」
彼ら……アレックス、ミルド、エマの3人は【オーディナリー】という冒険者パーティのメンバーで、数年前に鳳龍の大宮殿の11階層開放を皮切りに幾つかの功績を残し、現在メンバー全員がA/1ランク以上の称号を持っている。
特に【オーディナリー】のリーダーであるクロード アトクスは世界でも百数人しか存在しないSランク。
そんなパーティのメンバーであれば低賃金で不安定である冒険者稼業をしていても一般家庭を大幅に超える収入があるし、ぶっちゃけそこらの貴族と変わらない財を成していてもおかしくはない。
しかしアレックスは駆け出し冒険者のためのゲイルズ・レストランを度々利用している。
「金なんて後輩とメシ行ったらすぐなくなるって。それに俺らがここ来なかったらゲイルが寂しいがるからな!」
「誰が悲しむかぁ‼︎」
ゲイルがムキになってアレックスにそう主張する。
「そうだねー。最近はリーダー、ミーシャの手料理食べるようになって朝あんまり来なくなったもんね〜。ゲイルさんかわいそーにフラれっちゃった〜」
「安心してくださいゲイルさん。代わりに僕たちが毎朝来ますから泣かないでください」
「うっせぇ! テメェらとっとと食って仕事行きやがれぇ」
3人は楽しそうにゲイルをイジり、ゲイルはそんな3人を怒鳴りながらやっと出来た料理を乱暴に3人の前に置いた。
「今日は仕事昼からだよ〜。リーダーが昼にギルド集合って言ってたしー」
エマが嬉しそうにゲイルにそう伝えた。
エマはのんびり屋で休みが何より好きだ。
例えそれが半日でもエマのテンションはいつもの数倍高くなる。
勿論、仕事をやるとなれば怠けたりはしないが。
「ま、そういう事だし昼まではゲイルのことイジれるぜ」
「すぐ帰れ!」
アレックスの冗談に、ゲイルは半ば本気で3人が早く店を出て行ってくれることを願った。
◆
──1時間後 中央交通路──
真っ青な晴天にたなびく雲が優雅に泳ぐサンタナ新市街の朝。
道路には闊歩し往来する千差万別の人々。ローブや鎧を着ていたりケモミミを揺らしていたり。
空を切り取る左右に詰めこめられた鉄筋建築。鍛冶屋やレストラン、薬屋、魔導具専門店などなどが1階部分に埋め込まれヒトが頻繁に出入りする。
混沌と自分勝手に並べられた露店は路上の賑いを一層際立たせ、飛び交う言葉の乱舞を生み出していた。
デイヴィッドは初めて見た街になんとも言えない感嘆を覚えていた。
「うわ、メッチャ凄い。何が凄いって……とにかくスゴい!」
田舎者が初めて都会に出てきたときのごとくキョロキョロと周りをせわしなく見渡しながら頭の悪いセリフを吐く。それ程デイヴィッドには衝撃だった。
前世で見てきた都会に比べればヒトも少ないし建物も低いが、それとは違う異質な圧力がここにはあった。
「でしょでしょスゴいでしょ? 最近は特にスゴいんだよ。ヒトも多くなったし活気なんかは2年前なんかとは比べモノにならないぐらいあるし」
リネラ リーバスタビオが尻尾を振り回し、まるで自分が褒められたように嬉しそうな笑顔を浮かべてそう言った。
2人は現在、鳳龍の大宮殿の入り口から約500メートルほど離れた場所にある新市街の大通りにたっていた。
入り口とはネットワークがあるから正確には違うが崖にあるアーチ状になっている洞窟の入り口ことだ。
「それでデイヴィ……ご主人様、これからどうする?」
リネラがデイヴィッドに訊ねた。
もう少しで名前を言いそうなリネラに、デイヴィッドは若干危機感を覚えながらも特に追及はせず質問に答えた。
「やっぱりまず冒険者ギルドかな」
「え⁈ ご主人様冒険者になりたいの?」
デイヴィッドのセリフにリネラが驚きで目を見開いた。
「いや、なりたくはないけど。でもギルドなんて見たことないし、1回くらい見ときたいってだけ」
デイヴィッドがそう言うとリネラはあからさまにホッとした様子を見せた。
さすがにデイヴィッドもダンジョン側の立場にいることは自覚している。
冒険者なんていう敵対存在になる気はなかったし、そもそも魔物と戦い日銭を稼ぐなんてことはデイヴィッドには向いてないとわかっているのでなる気はさらさらなかった。
デイヴィッドの夢はむしろ逆。部屋にこもって運動不足まっしぐらな魔導具研究者だ。
とは言っても冒険者ギルドなるものが存在する以上、1度くらいは見てみたいのがネットノベル好きの心情だろう。
そういう訳で冒険者ギルドに歩みを進めようとしたが、デイヴィッドはどの方向に進めば良いかわからないことに今更ながら気がついた。
「リネラってギルドの場所わかる?」
「わかってなかったんだ……この道を真っ直ぐ行ったら10分もしないうちにデカい建物が見えから、それがギルドだよ」
リネラはそう言ってデイヴィッドを連れ巨大な通りを歩き出した。
リネラの言う通りギルドには数分で到着した。
ギルドは木造で8階建て。横幅は隣の宿屋の2倍ある。
外見の装いはどこか和風な雰囲気がありギルドに近づくたびアルコールと鉄っぽい血のにおいが強くなった。
またガラの悪そうな強面や大剣を背負った巨漢や怪しげなローブを着た人物が正面の扉から頻繁に出入りしていた。
「なんかいかにもって感じだね」
「ギルドはどこも殆ど同じ構造で1階が依頼掲示板とか受付。2階は酒場。3階より上はギルド職員の仕事場。あと地下があって闘技場なんてのがあるよ」
リネラがそれぞれの階を指をさし説明しながら、2人はギルドの中へと入っていった。
冒険者ギルドは誰でも入れるし2階の酒場は冒険者登録をしていなくても利用することができる。
ギルドの中は正面に受付があり手前が吹き抜けの天井になっていて酒場の喧騒が聞こえた。
左側にはボードと紙束があり結構な数の冒険者がボードの手前で貼られた依頼書を吟味していた。
右側は待合室のようになっていて、受付から番号を呼ばれるのを待っている冒険者や依頼人が何人か座っていた。
「へぇー、中ってこんな風なってるんだ。なんか感動」
デイヴィッドは初めて見た冒険者ギルドの内部に興奮していた。
デイヴィッドはウロウロと忙しなく歩き回り始め、その姿はギルドに初めて訪れて落ち着きをなくした子供のそれそのままだった。
しばらくしてデイヴィッドの足は依頼書が張り出された依頼掲示板の方へと向かっていった。
張り出された依頼は多種多様で魔物の討伐から家の掃除といったものまで様々で報酬もピンキリだった。
とはいってもやはり鳳龍の大宮殿関連の依頼がかなり多かった。
「依頼には大きく3つあるんだ。一般依頼と公式依頼、それから特別依頼だね」
リネラがデイヴィッドに説明する。
「一般依頼は民間からの依頼。つまり住民とか商人とかから出されるよくあるフツーの依頼だね。雑用とか薬草が欲しいとかそんな感じの。
公式依頼はギルドとか政府機関とか、あと貴族王族からの依頼。盗賊の討伐から戦争時の徴兵まで色々あって、一般より報酬がいいのが多いよ。
特別依頼はその他の特別な依頼。例えば、魔物に街が襲撃されて、緊急を要する事態になったりするとギルドもしくは政府機関から指令が出るんだ。強制力があって義務的な面が強いね」
「冒険者にも義務ってあるんだ。まぁ組織に所属してるわけだしそりゃそうか」
そんな風にリネラがデイヴィッドに依頼の形式について説明していると、デイヴィッドに声がかけられた。
「そこのキミ、ちょっといいかな?」
そこには20代半ばの緑髮緑眼のイケメンが立っていた。
「僕? なに?」
イケメンはキザったい態度と仕草で語り出した。
「もしかしてそのメイドって君の持ち物? 悪いんだけど、外に出してくれないかな。〝亜人〟なんかと同じ建物に居たくないんだよ」
イケメンはリネラを指差しながらそう言った。
デイヴィッドは最初、イケメンの言っていることが理解できなかった。
何を言っているんだこいつは、と真剣に思った。
「あー……それどういう意味?」
「どういう意味ってそのままさ。穢らわしい半獣人を、僕のような高貴な人種のいる場所に連れ込まないでくれということだ」
デイヴィッドは目をパチクリとさせて、それでもやはり思考はイケメンの言葉に追いつかず、しかしイケメンに対する嫌悪感だけは着実に増えていた。
見るとリネラを項垂れて申し訳なさそうにしている。
そうしてデイヴィッドがフリーズしていると、これまでずっとデイヴィッドの胸ポケットで寝ていたナギサが飛びだし、悲しそうな表情でデイヴィッドに耳打ちした。
『ご主人さま…………ご主人さまは知らないと思うけど、人間種とその他獣人種や森艶種とかの人類の間には昔、大きな亀裂があったの……差別とか偏見とかが渦巻いてたの。今はほとんどないけど、一部にはまだそういう差別が残ってるの』
それを聞き、デイヴィッドはようやく合点がいった。
と同時に、デイヴィッドのイケメンに対する嫌悪感は抑え難いほどの怒りに変わった。
「キミ、なんとか言ったらどうなんだい? この僕をシカトするなんて無礼にも程が──」
「黙れ」
イケメンはデイヴィッドの態度にイラついているようだったが、デイヴィッドの怒りはそれ以上だった。
「黙れ? この僕に向かって黙れだって? このフェクタリーナ家三男、エル フェクタリーナに──……」
「ゴチャゴチャうるせぇ、ブッ殺すぞ。家名なんてどうでもいい、リネラに謝れ!」
デイヴィッドはイケメン、エル フェクタリーナにそう絶叫した。
デイヴィッドは怒り心頭だった。
しかしエルもそれは同じだった。
エルはデイヴィッドのような子供に反抗されたのがどうしても許せなかった。
「なんだと⁈ 子供だと思って大目に見てたが、もうムリだ! キミのような礼儀知らずは痛い目を見ないとわからないようだな!」
そう言いながら、エルはアイテムボックスからレイピアを取り出し構えた。
周りもこの争いに騒ぎ出した。
武器を取り出したエルにもデイヴィッドは怯まない。
それほどエルがリネラに言ったことが許せなかった。
「礼儀を知らないのはそっちだろーが! 謝らないなら這いつくばらせて謝らせる」
『ご主人さま、やっちゃえなの!』
「──っ‼︎ ダメ!」
ナギサは腕をブンブン回してデイヴィッドを鼓舞し、この状況にようやく気付いたリネラが止めようとしたが間に合わなかった。
デイヴィッドの挑発にエルは完全にキレていた。
「ブッ殺す!」
エルがそう言いながらレイピアを突き出した。
しかしデイヴィッドの動体視力にかかれば遅いもので、デイヴィッドは上半身をひねり攻撃をかわす。
エルはまさか避けられるとは思っていなかったのか驚きに目を見開いた。
デイヴィッドは捻った上半身の勢いを使い身体強化した蹴りをエルのスネにめがけて放った。
エルの体制が崩れる。
そこに凝縮させた魔力を掌に纏い掌打を放つ。
「ガフ──ッ⁈」
吐血しながらエルは後方へと吹っ飛んでいった。
そして壁に頭をぶつけて気絶した。
「なんだ今の⁈」
「ガキがフェクタリーナを吹っ飛ばしたやがった!」
「おいおいマジか……」
突如勃発したケンカの思わぬ結果に周囲がざわめく。
『さすがご主人さまなの! ザマーミロなの』
ナギサが舌を突き出したあっかんべーをしながらエルを罵っている。
それでも腹の虫が収まらないデイヴィッドはさらに追い討ちをかけようとエルが吹き飛んだ方へ一歩踏み出そうとした。
「お待ちください」
しかしその歩みは突如割って入ってきた人物によって止められた。
黒髪ポニーテールにアーモンド型の目、青色の瞳。
黒色の制服は現在も受付の奥にいる受付嬢たちと同じものだった。
「私はこのギルドの総務部長代理を務めているレナと申します。さっそくですが、これ以上の戦闘はご遠慮願います」
レナはデイヴィッドにそういった。
「…………断ったら?」
「そうですね。対話ではなく武力による交渉になり、あなたはヒドく後悔するでしょう」
言いながらレナは指を鳴らした。
するとどこからともなく武器を持った複数の集団が現れた。
デイヴィッドは舌打ちをした。
デイヴィッドはギルドの対応が理不尽だと感じた。
「今更口出し出来る立場か? そこでノビてるクソ野郎は僕の大切なヒトを罵った。それに武器を出して先に手を出したのはあいつの方だ。一般人に襲いかかるなんて、それはあんたらの管理責任じゃないのか?」
レナはデイヴィッドの主張に表情を変えず淡々と言葉を紡ぐ。
「ギルドと冒険者の関係は上下ではなく対等です。ですからあなたとフェクタリーナのケンカを仲裁する義理など私たちにはありません。あなた達の勝手です」
「ならなんで今更止めた?」
レナは少し申し訳なさそうな表情をのぞかせて言った。
「フェクタリーナはザコです。これ以上あなたが追撃を加えようものならば彼は死に、ただのケンカでは済まなくなります。殺しは見逃せません。フェクタリーナごときがどうなろうと一向に構わないのですが、やるならどこか他所でやってください」
レナは別に非情でも慈愛に溢れているわけでもない。
レナはデイヴィッドとエルのケンカを始終見ていたがその時からエルがデイヴィッドに勝てないことは分かっていた。
レナは魔力察知に長けていて、どう足掻こうがエルがデイヴィッドに勝てる要素はなかった。
エルはいけ好かないやつだ。貴族出身だがその傲慢で怠惰な性格から、親に見限られ捨てられたようなクズ。
痛い目にあったらいいとデイヴィッドとのケンカをレナ自身、積極的に止めようとは思わなかった。
しかしいくらなんでも殺人は許容できなかった。
その意図が伝わったのかなんなのか、デイヴィッドもこれ以上追撃する気はなくなった。
怒りは収まらなかったがエルが殴る価値もないと理解した。
「……はぁ、折角楽しかったのにいらない茶々が入った。リネラ、もうここ出よ」
デイヴィッドはそう言ってリネラを連れて冒険者ギルドを後にした。
冒険者ギルドから出た2人はしばらくの間会話がなかった。
やがてリネラは困ったような、でも少し嬉しそうな笑みを浮かべてデイヴィッドに言った。
「デイヴィ……ご主人様。ごめん。アタシのせいで」
「そんな、リネラが謝る必要なんてないじゃん」
リネラが謝る理由など全くない。
悪いのは全てエルだとデイヴィッドは思った。
「でもアタシのせいで問題起こしちゃったし。まぁでも、ご主人様がアタシのためにあんな怒ってくれたのは結構嬉しいかも」
「怒るのは当たり前だよ! リネラだってあんなヤツ、もっと言い返してやればよかったのに」
「アタシは別に気にしてないし。ていうかなんとも思わなかった。でも、そうだね……ご主人様には聞かれたくなかったかな。こーいう世界を見せたくなかったから」
リネラは今までにも獣人種故の差別を何度か受けてきたが、これまでにそのことで傷ついたことなど殆どなかった。
持ち前の明るい性格や慣れで気にもならなくなっていった。
しかしデイヴィッドには、獣人種がこういう問題を抱えていることを知られたくなかった。
理由は上手く言えないが、なんとなく嫌だった。
リネラは今更ながら少しだけ【鳳龍】オリンクルシャの気持ちが理解できたような気がした。
「まぁもういいか! あ、アタシお腹減ってきたから昼メシ食べよ、デイ……ご主人様」
リネラは先程と打って変わって、だがいつも通りの明るいリネラの様子でデイヴィッドに提案した。
デイヴィッドも微笑んで同意した。
「わかったよ。にしてもさっきから名前言いそうで危なっかしいんだけど」
「気にしない気にしない!」
デイヴィッドはリネラの様子を見て思わず笑みがこぼれた。
リネラも笑った。
2人は笑いながらサンタナの街を歩いていった。




