Film.032 プラン
──1年後 【迷宮都市】サンタナ──
オールディヤ王国の片田舎、サンタナが【迷宮都市】と呼ばれ始め共和帝国屈指の大都市に成り上がってから2年の月日が経過した。
現在サンタナは大まかに2つの区画に分かれていた。
元々あった石造りの建物が立ち並び、迷路のような路地が特徴的な区画は旧市街、イール大森林を開拓して新たにできた区画は新市街と呼ばれている。
旧市街はこれまでと大した変化はなく、一般市民が生活を営んでいた。
一方、新市街に住むのは大半が冒険者そして商人だった。
冒険者は毎日鳳龍の大宮殿に潜っては素材を獲得し、商人はそれらを捌く。
この至極単純な流れは新市街が出来た当初から変わっていない。
しかし実際のところ、当初とは大きく変わったところもあった。
新市街は国家予算を使い冒険者ギルドが推し進めたプロジェクトだが、指導者が冒険者ギルド……つまり民間営利団体である為に、その目指す先は金儲けだった。
ゆえに新市街は金の巡るシステムが比較的早く構築されて、反対に治安維持局などの法的機関の設置はあとまわしにされていった。
そして新市街は冒険者という戦闘屋と、金に目のない商人が集まる場所だ。
新市街の治安は悪化の一途を辿っていった。
そうして治安の悪くなった場所にはワルが集まる。負のスパイラルが出来たのだ。
「要するにだ、俺らぁ甘い蜜に吸い寄せられ蝶みたいなもんだ。けどそりゃ悪いことじゃねぇ、ここじゃ金の流れを作るのが良いことだ。だろ? はなっから徹頭徹尾そうなのさ。そういう前提で作られてきた街だからな」
新市街にある邸の1つ、その執務室で男は彼の秘書兼弁護士兼奴隷に語り聞かせていた。
秘書の名前はベリーローズ キャスターレイン。
20代半ばの見た目麗しい女性で黒髪にネコミミ、尻尾、そして切れ長な目に瑠璃色の瞳をもつ獣人種だ。
ベリーローズは毎度毎度、ことあるごとに繰り返し聞かされるその話に内心辟易しながらも真面目な面持ちで男の言葉を聞いては時折相槌を打っていた。
なにせ相手はベリーローズの主だ。
そしてサンタナ新市街でも悪党の中の悪党だ。
反抗的な態度などカケラたりとも見せられなかった。
男は新市街が完成してからサンタナに流れてきたタチだが、その突出したカリスマ性と戦力を使い3つのホテルに新市街のカジノと不動産、それから食材の流通を牛耳って新市街を仕切るマフィアに成り上がった。
エゾフシュカ・ファミリー頭領、ガストロフ エゾフシュカ。
外見は40手前で黒髪短髪、琥珀色の瞳、無精髭をはやし筋肉質な引き締まった体にはタトゥが刻まれている。
ベリーローズはガストロフの話がいい加減面倒になってきて、話題を変えることにした。
「失礼します支配人。本日、この街で新しく商売をしたいという方がお見えになっています」
ガストロフはふうん、とアゴに生えた無償ヒゲを撫で付けるようにしながら思案を巡らした。
政府機関が介入し損ねたこの街は一種のタックスヘイブンになっていて、そのため商人も多く集まる。
だがそれでは国は回らないし街はいずれ必ず衰退する。
だからエゾフシュカ・ファミリーがみかじめ料やら所場代やらカツアゲで金をブン取り、政府のお友だちに分け与えることでうまく回しているのだ。
そうして商人を管理しているから、新参者が街で新たに商売を始めたければガストロフに挨拶しなければいけない。
「わかった、そいつはいつ来る?」
「もう来ています」
「なら通せ」
「かしこまりました」
ベリーローズは執務室から出ると階段を降りる。
この巨大な屋敷はガストロフの自宅でもあり職場でもある。
ガストロフの執務室は4階にあり、普段客人とのやりとりは1階で行われる。
ベリーローズは1階のロビーに着くと今回の少し変わった客人を迎へた。
「お待たせしましたチャック様。どうぞこちらへ」
ベリーローズの言葉を聞き、ソファーに座っていたその少年は立ち上がり微笑んでお礼を言った。
「ん、ありがとう。さて、この街の支配人との対面だな、楽しみだ」
◆
──10日前 鳳龍の大宮殿、140階層──
それはデイヴィッドとリネラ リーバスタビオが、勝った方のお願いを1つ叶えるという約束を賭けてトランプのスピードをしていた時。
「街に行ってみたい?」
突然の申し出に、リネラはおうむ返しで訊き返した。
「うん、街行きたい。僕一回もダンジョンの外出たことないじゃん? だからそろそろ街に出てみたいなーって」
そう言いながらデイヴィッドは淡々とカードを置いていく。
6歳になったデイヴィッドの外見は昔とあまり変わっていない。艶やかなプラチブロンドは邪魔にならないくらいに切りそろえ、知的なスカイブルーの目は相変わらずで爛々と輝いている。
欧州っぽい顔つきで前世と比べるとかなり整っていた。
ただし身長が低かった。4歳の頃からほんの少ししか伸びていない。
徹夜や筋トレばかりしていたのがダメだったのかもしれないと最近になってデイヴィッドは後悔していた。
それはともかく、6歳になったデイヴィッドは近頃、ある考えに執着していた。
それは先ほどリネラに述べたとおり街に出たいということだ。
デイヴィッドはこのダンジョンに来てから1度も外に出たことがなかった。
ダンジョンの中でも面白いことは数多くあるが、デイヴィッドはいい加減あきていた。
もっと異世界を見てみたかった。
「そうだね〜、アタシは全然大賛成だよ。でもそれはデイヴィッド君がマスターに言わなきゃ。アタシの独断じゃ許可出せないし」
外出許可を出す権限はリネラにない。
リネラとしては6歳にもなって1度もヒトと関わりを持たないのは、あまりに世間知らずだしこれからは積極的にヒトと触れ合った方がいいのではと考えていた。
デイヴィッドはリネラの答えに唸った。
「う〜ん……実は1回この話母さんに言ったんだけどさ、結果はまぁダメでした」
「え、そうなの? なんで?」
「さぁ? 理由教えてくんなかった。でも論理的じゃなかったっぽい」
リネラは首を傾げて頭を悩ませた。
リネラはてっきり簡単にオッケーがでるものだと思っていたからだ。
【鳳龍】オリンクルシャはデイヴィッドを溺愛している。
だから滅多に頼みごとをしないデイヴィッドの願いにはむしろ積極的になんでもこたえようとする。
それに論理的な理由もなく否定するなんてオリンクルシャらしくないとリネラは思った。
「それはそうですよ。マスターは恐れているんですから」
そんな時、突然2人の会話に入りそう告げたのは森艶種の外見幼女、シグレナリア フォーだった。
「あ、シグレ……どいういこと? 母さんが恐れてるって」
今度はデイヴィッドが首を傾げてシグレナリアに訊ねる。
「それは……私からは言えません」
シグレナリアは気まずそうにデイヴィッドから目をそらしそう言った。
「えぇー、いいじゃんシグレ〜アタシも知りたいし教えてよぉ」
どうやらリネラもシグレナリアが言い渋っている理由がわからないらしく、にやけながら興味津々で聞き出そうとした。
しかしそんなリネラの反応にシグレナリアは眉を寄せて声を荒げた。
「──……っ、リネラも考えればわかるじゃないですか! 〝あの時〟のことを……私達は…………」
尻すぼみに消えていったそのセリフに、しかしリネラは予想外の反応にたじろいた。
リネラにはシグレナリアの言う〝あの時〟が何かわからなかった。
シグレナリアの言い方から察するにリネラも知っている事柄だろうことは推測できたが、一体何を指しているのかがわからない。
そしてそれはデイヴィッドも同じだった。
しばらく考えたが一向に思い当たる節がなかった。
それにシグレナリアはオリンクルシャが恐れていると言った。
それが余計オリンクルシャが一体なにを思っているのか分からなくさせた。
「まぁマスターがデイヴィッドくんを外に出したくないとして、それは無理っていうか、束縛しすぎなんじゃないの? デイヴィッドくんだってずっとここで過ごすのは嫌でしょ?」
ともあれデイヴィッドをこのままダンジョンの外に一生出さないというのはおかしな話だ。
オリンクルシャの考えはとうとうわからなかったがそれだけは言えた。
実際そうだ。デイヴィッドだってここが嫌いなわけではないが、当然外の世界にも興味はあった。
「うん……少なくともなんで出たらダメなのかその理由知りたいけど。どうしてもシグレ教えてくれないの?」
デイヴィッドがシグレナリアに訊ねる。
シグレナリアは困りきったような、申し訳なさそうな顔をしたまま黙っていた。
シグレナリアの中でなにかとなにかが激しく葛藤しているようで唇を噛み締めている。
やがてゆっくりと口を開いた。
「……すみません。私の独断で、軽率なことを言うわけにはいきません」
結局、シグレナリアは最後まで答えなずに部屋から出て行った。
出て行く背中はいつもより一層小さく見えた。
シグレナリアが出て行った後もデイヴィッドとリネラは話を続けた。
「結局なんだったんだろーね、久しぶりにマスターがなに考えてるかサッパリ分からないよ」
「リネラ本当にわかんないの? シグレの言い方じゃリネラも知ってることが根本っぽいけど」
「うん、見事にわっかんない! 自分でもビックリするくらい!」
お手上げだという風にバンザイをして伸びをするリネラを見ながらデイヴィッドは考えた。
シグレナリアの話で重要なのはオリンクルシャはデイヴィッドが街に出ることを恐れている、ということと〝あの時〟と呼んでいた何かが関係しているということだ。
オリンクルシャが恐れることなど数少ないはずだ……というよりデイヴィッドはその時点で躓いていた。
デイヴィッドにはオリンクルシャが恐れる程のなにかがあることを想像できなかった。
そんな時リネラが突然ささやき声でデイヴィッドに話しかけてきた。
「ねぇデイヴィッドくん、やっぱりアタシは街に出たほうがいいと思うんだ。デイヴィッドくんのためにも」
リネラはいたずらを企む子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。
デイヴィッドはすぐにリネラがよからぬことを考えていると直感した。
しかし現在デイヴィッドに協力的なのはリネラだけ。
デイヴィッドはリネラの話を聞くことにした。
「ようするにマスターはダンジョンの外に出たらダメだって言ってるんだよ。つまり〝ネットワーク〟内ならセーフってことじゃない?」
「うっ……う〜ん……かなり黒に近いグレーだよね、それ」
リネラの案は屁理屈だった。
強引に解釈を捻じ曲げ都合のいいように捉えているだけだ。
つまりリネラの案はこうだ。
ネットワークとはデイヴィッドがオリンクルシャに提案した地上の網目状に拡がっているダンジョン領域の呼称だ。
つまりネットワークにいればダンジョンの外に出ずとも街を見て回れるということだ。
もちろんそんなのは吹けば崩れるほど危うい基盤の上になりたった理論だ。
しかしデイヴィッドにとっては十分に魅力的だった。
デイヴィッドも後ろめたさや罪悪感を感じないわけではないが、それよりも街を見てみたいという願望がわずかに上回っていた。
「わかった。じゃ明日、朝食食べた後に連れてって」
「オッケーそうこなくっちゃ! あそうそう、地上に出てからはデイヴィッドくんの名前呼べないんだよ。1から30階層のダンジョン領域でデイヴィッドくんの名前が出たらマスターのいる礎室に警告タグが出て上に行ってることバレるから」
近頃オリンクルシャは礎室にいることが多かった。
それは侵入者の数が限りなく多いためで、その監視やダンジョン内の調整がひっきりなしに必要となるからだ。
だからダンジョン内部に限ればあらゆる状況を知ることができるオリンクルシャも情報のあまりの多さに全ての情報を処理しきれなくなっていた。
そのおかげで例えデイヴィッドが1階層のネットワーク内に上がっても気づかないのだが。
ともかくオリンクルシャはその処理しきれない情報量の多さから、優先的に把握しなければいけない状況を知るために、事前にいくつかのシチュエーションを想定し、その状況が発生した時点で新規ウィンドウが展開される仕組みを作った。
それが警告タグだ。
そして数ある警告タグの中には30階層より上の階層で〝デイヴィッド〟という単語が発せられた場合その発言者の状況を表示する、というものがある。
それはデイヴィッドの身を守るためだ。
もし仮にデイヴィッドに害意を持ち危害を加えようとする者が現れた場合、その人物の存在をいち早く知る必要がある。
そういう人物かどうかを判断するのにオリンクルシャが選んだのがデイヴィッドという単語だった。
という訳で言い訳は用意しているものの地上に出ていることがバレれずに済む方が100倍いいリネラ達にとってデイヴィッドの名は呼べなかった。
「つまりリネラが僕を呼ぶときのための呼称がいるってことね。別になんでもいいけど」
「じゃご主人様って呼ぶのはどう? その方がメイドっぽく見えるし!」
リネラは名案だというふうにデイヴィッドに言った。
デイヴィッドもなんと呼ばれようが構わなかったのでその呼び名で同意した。
というか仮にもメイドという肩書きを持っているのなら普段からもう少しマスターであるオリンクルシャの息子に対し敬意をもった呼び方をしてもいいんじゃないかとデイヴィッドは思った。
まぁ今更敬われても違和感でおかしなことになりそうなので普段は今のままの方がむしろ良かったが。
「それじゃ明日はそれで行こう。あとリネラ、スピード僕の勝ちだから、明日なんかおごって」
呼び方の話がすみ、デイヴィッドはそう言って2人の間に置かれたトランプを指差した。
リネラはすっかり忘れていたが、2人はスピードの途中だった。
それもお願いを叶えるという賭けまでしている。
そしてデイヴィッドは喋っている間もカードをさばいておりデイヴィッド側のカード山は全てなくなっていた。
「え? あ、ああああ‼︎ え、いつの間に⁈」
リネラがそれにやっと気が付きしばらく騒いでいた。
その様子を見ながらデイヴィッドは明日を思い、密かに鼓動を高鳴らせていた。




