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デザイナーズ  作者: やなぎ
第2章 過去の清算
31/35

Film.031 パスト

 


 夢を見た。

 それは遠い昔むかしの記憶の残留──……




 ◆




 散った紅葉が地面を赤く染め、空は足早な雲が流れるように進んでいた。

 彼は父親に連れられそこにいた。

 見知らぬ場所のでかい庭。

 幼かった彼には何故自分がここにいるのかよく分からないままに父親の隣に突っ立っていた。


 しばらく経てば人が来た。

 5、6人の黒スーツを着た強面と着物を着た女性、その集団の中で一番偉いだろう30くらいの男の人。

 そして(うるし)のような黒い髪をした小さな背丈の幼い少女。

 彼女は着物の女性に隠れていて全身はなかなか見えなかった。

 でも透きとおったブラウンの瞳は彼をまっすぐ見つめていた。


 その夢は、いつもここから始まった。


 その夢はとりとめがなく、この後すぐ場面は流転し、次はタバコ臭い和風の部屋。

 その上であぐらをかいて彼に向き合う上半身裸に墨の入った60代のおじさん。

 おじさんは彼に話して聞かせた。


「いーか坊主、恩を仇で返す奴ってのは、どうしようもなく腑抜けで筋も通さないナメくさったゲス野郎や」

「分かってるっておじさん。何回も聞いて耳にタコできてる」


 彼の親が経営する不動産屋、その関係で付き合いのあった893の家に彼はよく呼び出された。

 彼より2つ歳下で(リン)という名の組長の孫娘が、家柄からあまり多くの友達がいないことを組長が不憫に思ったのだ。

 それで組長は、彼に遊び相手になってくれと頼んだから、彼は893の家へと出向くようになった。

 凛は人見知りだったが彼にはよくなついていて、そのことから彼は組長に気に入られた。

 だからことあるごとに話し相手にさせられて、その時決まって持ち出される話題がいわゆる任侠や仁義だった。


 組長は資本主義社会においてそれらを大事にする、いったら古いタイプの人だったが今時の若い衆からも人望があり好かれていた。

 かくいう彼も組長の話に影響を受けていた。

 だから彼は恩はかならず返したし筋の通らないコトはしなかった。


「わしはゲス野郎か? いやちゃう。確かにクズでロクデナシやけど下衆じゃない。だから坊主には凛のことで世話なってるし助けられてんねんから、坊主が困ったことあったらわしに言えよ? その時はなにがあっても助けてやるわ」

「スジモンの助けがいる状況とか来ないと思うけどね。それに凛ちゃんは手がかからないし、俺がやってることなんて話し相手になってるだけだよ。あの子はスジモンの娘とは思えないくらいいい子だね」

「わっはははっ! わしはお前のそーゆうとこ好きやで。度胸があるってのはいいことやからな」


 組長はそう豪快に笑っていた。

 彼も笑っていた。


 再び場面は変わり、彼が19の時。

 彼が都下にある大学の理工学部に入った頃、凛も成長し高校2年になっていた。

 2人の仲はいいままで、よく一緒に映画に行ったり旅行にもでかけたりしていた。

 そんなある夏の日、彼が凛と花火を見に行った夜のこと。

 夏の香りが漂う夜空には花火が幾つも打ちあがっていて、星のかわりに煌き輝いていた。


「ねぇ、おにい。言いたいことあんねんけど……」

「ん? なに?」

「その、えと……う、ううん。やっぱなんでもない」


 歯切れの悪いセリフ。

 ともすれば花火の爆音にかき消されそうな声だった。

 小さい頃は引っ込み思案な凜だったが今は明るく気さくで、みんなから好かれるような彼女には珍しい態度だった。

 だから彼はそんな凛に不思議な顔を向けた。


「なんだよ。気になんじゃん」

「ホ、ホンマなんでもないから!」


 あまりに必死な凜の様子を見て、彼はその話をやめることにした。

 ……彼は凛が何を言いたかったのか、本当のところはわかっていたのに。


 次は彼がハタチで梅雨の時。

 それは夜で、大きな雨粒が鉄の屋根を穿つ音がうるさかった。


「坊主……ホンマなんでこんなことなったんやろな」

「あはは……ッゲホゲホ……なんでだろ、忘れたよ。欲に目が眩んだんじゃなかったっけな……」


 粉砕工場に集まった893に彼は囲まれていた。

 彼は若い衆に散々痛めつけられ冷たい混凝土の床に這いつくばっていて、それでも力なく強がりな笑みを浮かべていた。

 一方彼の頭上には組長が愁いのまとった表情をうかべて立っていた


「嘘やな。坊主にそんな欲ないのはわかってるし、そんなんで組のカネなんかパクるようなバカでもないはずや。なんで手ーつけた?」

「オジさんには、いっても意味ないよ」


 彼の言葉に、もう何を訊いても意味はないだろうと組長は直感しため息を吐いてから、それでも最後の質問を彼に問うた。


「なんか最後に言いたいことあるか?」

「……そうだな、オジさんには悪かったと思う……それでも盗んだけど。それと、お願いだけど……凛ちゃんにはこのこと、言わないでくれると嬉しいかな……」


 彼の頼みに、組長は呆れた目を向けて、そして……


「言われんでも、そのつもりや」


 そう告げると踵を返し工場の外へと向かっていった。


 彼は薄れていく意識の中で、消え入りそうな思考の中で、最後に凜のことを思った。


 凛。ゴメンな、イケると思ったんだ。もっと、笑顔が見たかったのに……ワルイな、泣いちゃうよな──それでも──俺は……お前を──……


 夢の佳境。

 最も朧げで本当にあったのか、それともただの妄想なのかも分からない不思議な場面。


 暗闇だった。

 無音で無臭で広大な闇のなかを漂っていた。

 なんとなく、宇宙とはこんなものだろうかと考えた。

 そんな状態にあったのに突如周りの景色がそれまでと反転した。

 限りなく白い世界、重力に引っ張られ床にぶつかった。


『やぁ、めずらしいね』


 そう喋りかけたのか、それともひとり言なのか判断に迷うトーンの声を出したのは、急に現れた重力に対応しきれず床に倒れこんだ彼を見つめる少年だった。

 具体的な特徴はわからなかったが、少年だったということだけはわかった。


「……誰、だ?」


 彼は少年にそう訊ねた。


『誰でもないよ。君こそ誰だい?』

「……あー………………? 誰だっけ?」


 逆にそう訊かれ、彼はとっさに答えようとしたができなかった。

 わからなかった。

 自分が誰か。

 記憶がうやむやになっていて、なぜこんなことになっているのか理解できなかった。


『まぁ別にいいさ。とりあえずはようこそと言っておくよ』

「よう……こそ?」

『そ、さっきも言ったけど、ここに誰かが来るのはめずらしい。あ、先に言っとくとここがどこかと言われればこことしか言いようがないね』


 彼の疑問を先越して答える少年。


『いや、そうだね……ここは神界だよ。下の住民はそう呼んでる。だからそういうことでもいい。ここに来られるのは限られたもの達だけ』


 少年は語り続けた。


『でも時々いるらしいよ。隙間から迷い込んでくる魂が。量子もつれってヤツだ、小学校で習わなかったかい? まぁそれはいいや。重要なのは君がここにいてもいずれ滅びるだけということ』


 少年は彼に話をしているのに、まるで彼のことは眼中にないようだった。


『でもどうもそれじゃつまらない。異世界の魂だ、僕も興味がある。というわけで君に新たなチャンスを与えよう。輪廻の輪に君を組み込んであげるさ、特別に前世の記憶も残してね』


 そして一切の質問を受け付ける間も無く少年は言った。


『それじゃ、ここにはあんまり長居できないから、さよなら〜』


 次の瞬間、あらゆる感覚を破壊せんばかりの衝撃を感じて、それのせいで彼は起き上がりこの夢は終わりを迎えるのだ。




 ◆




──鳳龍の大宮殿、141階層──



 ランプが消えて暗くなったその部屋で、デイヴィッドはベッドの上、身体を起こした状態で荒い息を吐きながら今見た夢のことを考えていた。

 と言ってもどんな夢だったのか殆ど思い出せなくなっていて、それは時が経つごとにますます消えていった。


 何か重要な夢だったような、懐かしいような、デイヴィッドにはうまく言葉に表すことができなかった。


『ご主人さま、だいじょうぶなの?』


 夢のことを考えていると、そう眠そうな声がかけられた。

 目を向けるとおよそヒトとはかけ離れた小さな少女、精霊のナギサが荒い息を立てるデイヴィッドを心配そうに眺めていた。

 だがデイヴィッドはそのことに気がつくとすぐに息を整えて大丈夫だと笑顔を見せた。


「あ、ああ。だいじょうぶだよナギサ。ちょっと変な夢見ただけだし」

『……ゆめ?』


 ナギサはクビを傾げ、デイヴィッドは首肯した後にどこか遠くを眺めるような目をしながら言った。


「そ、でももう忘れちゃったけど。なんだろ、めっちゃもやもやする……まぁ思い出せそうにないし、諦めるしかないか。ごめんねナギサ、起こして」

『かまわないの。でもホントに大丈夫なの? ……ご主人さま、いつも朝になると忘れてるけど、最近夜中によく飛び起きてるの』


 デイヴィッドはナギサが本当に心配そうな表情をしていることに気がついて、だから余計気丈に振る舞って大丈夫だと言い張った。


「とにかくもう寝よう。まだ寝足りないし、そんじゃおやすみ〜」

『…………おやすみなさいなの』


 デイヴィッドはそういって再び毛布にくるまひ横になるとすぐさま寝息を立てて眠り始めた。


 そんなデイヴィッドを見ながら、ナギサは煮え切らないまま、しばらくの間行き場を無くしたように宙に浮いて立っていた。




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