Film.021 ホープ
一体何がどうなっているのかわからなかった。
デイヴィッドがここにいる理由。
カリハリアスというらしい口裂けの名前を、デイヴィッドが知っているとい事実。
そしてデイヴィッドがカリハリアスを吹き飛ばしたのは魔法について。
数々の疑問が湧き溢れミーシャの脳内を駆けめぐり、しかしどの疑問にも答えは見つけられなかった。
「君は……いったい何者、なんだ?」
そしてミーシャの口を突いて出てきた言葉は、最も根本的な疑問だった。
だがデイヴィッド君は苦笑いを浮かべて答えない。
「あー……ごめん、説明はなしってことで。てかその前にカリハリアスなんとかしなきゃいけないし」
そう言いデイヴィッドが視線を向けた先には怒りに顔を歪めたカリハリアスが立っていた。
ダメージはあまりないようで、屈んだかと思えばいつの間にか目の前に移動していた。
『グギャガキガガァアア‼︎』
「喚くなって、うるさい」
デイヴィッドに殴りかかろうとしたカリハリアスは再び空気の拳にでも殴られたように真後ろに吹き飛んだ。
しかしデイヴィッドは愚痴をこぼすだけでピクリとも動いておらず、ただ棒のように突っ立っていただけだ。
「デイヴィッド君、鍵は⁈」
「ん? ああいやこれくらいの魔法ならイメージだけで十分だし」
ミーシャの口はバカみたいにあんぐりと開けていた。
だがデイヴィッドの回答はそれ程非常識なものだった。
魔法行使に鍵が必要であることは常識で、無詠唱ならば反射発動の予備動作は必要だ。
しかしデイヴィッドは指1つ動かさず魔法を行使していた。
それがミーシャには信じられなかった。
ただ、デイヴィッドの感覚からすれば逆なのだ。
デイヴィッドはカリハリアスのスピードについていけず、さらにいえばピクリとさえ身体を動かすことさえできていなかったのだ。
だから使いなれ、最も発動時間の短い〈浮遊〉を応用した攻撃をしていた。
それが結果的に、ミーシャの目には余裕をかましているようにみえただけの話。
「それよりクロード大丈夫なの? さっきからピクリとも動いてないけど、死んでないよね?」
「えっ? あ、ああ大丈夫だ。気絶しているが……ッ! そうだ、エイシャ達は──⁈」
「そっちも大丈夫。治癒魔法使っといたから。カリハリアスはゲスだから瞬殺はしないんだよ。ジックリいたぶるのが好きな奴で……まぁそのおかげで全員無事なんだけど」
ミーシャはデイヴィッドの言葉を聞いて安心すると共に、治癒魔法が使えるということについてや、カリハリアスについて何故そんなに詳しいのかと言った疑問が再び湧き上がった。
しかしミーシャがデイヴィッド君に訊こうと思う間もなく、爆音が鳴りカリハリアスの攻撃が再開された。
カリハリアスはデイヴィッドに向かって歯を飛ばすが、デイヴィッドは〈浮遊〉を使い飛来する歯のベクトルを停止させそれらを防いだ。
「やっぱ頑丈だな。全然壊れてねーじゃん。ナギサ、例の魔法使えるか? ……じゃ合図したらよろ」
ミーシャにはデイヴィッドが虚空に向かい喋りかけたのかと思った。
そしてミーシャがそう思っていた時、デイヴィッドはカリハリアスのいる方向に炎の矢を放っていた。
その攻撃はカリハリアスに避けられるも、直後カリハリアスが逃げた先の地面から直径1メートル程の円柱が隆起しカリハリアスの顎に命中する。
その勢いでカリハリアスは空中に吹き飛び、宙を舞った。
「今だナギサ!」
デイヴィッドのその声が聞こえた直後、ミーシャの前、カリハリアスが吹き飛んだあたりに細長い氷の柱が現れた。
部屋の天井から床にかけて一直線に伸びる氷の柱。
その柱は中心でカリハリアスの胸を貫くように建っていた。
それはまるで氷の槍に突き刺したかのようで、カリハリアスは最早動いていなかった。
氷柱は一瞬でミーシャの眼前に現れカリハリアスの胸を凍らせ、そして現れた時と同じように一瞬で崩壊した。
その光景を尻目に、デイヴィッドはミーシャに話し出した。
「あの一帯、直径20センチの範囲だけ一瞬で氷点下270度に気温を下げた。カリハリアスの心臓の役目してたエンジンも、ガソリンの役目してた体液も、全部凍りついてぶっ壊れたハズ」
そう語るデイヴィッドの雰囲気が、ミーシャには昨日までとは打って変わって見えた。
いや、ミーシャの見る目が変わったのだろう。
「カリハリアスはバグみたいなもんなんだ。ともかく今回の件はコッチ側の落ち度だし。だからお詫びにカリハリアスの素材はミーシャさん達にあげるからそれで許してね。それじゃあ……これで──」
「待ってくれ!」
デイヴィッドの話におもわずポカンとしていたミーシャは正気に戻り、慌てて口を挟んだ。
「待ってほしい……その、何をいえば、なにから言えばいいのか分からないが。そう! まずは助けてくれて感謝している。君が来なければ恐らく私達は死んでいただろう」
ミーシャはそれまで我慢していた感情が突然溢れ出すのを感じ、とても冷静だったとはいえなかった。
デイヴィッドが苦笑いをして何か言いたげだったが、ミーシャにそんなことを考えている余裕はなかった。
「本当に、本当にありがとう。わ、私は、今までこんな恐怖を感じたことがなかった。怖かった。恐ろしくてくじけそうだった。それに君には謝らなければいけない。私は君のことが怖かった。疑わしいくて、得体のしれなない何かだと。でも君は、本当に優しい人だったんだな。それともう1つ。君が一体何者だったのか、それはきっと答えてくれないだろう。だがこれだけは答えて欲しい。君にとって、私達は一体どういう存在なのだ?」
デイヴィッドはしばらくの間沈黙し、やがて少し哀しい笑顔を浮かべこう言った。
「少なくとも、僕は【オーディナリー】のみんなのことを友達だと思ってる。ダメ……かな?」
「ダメなわけないだろう! そうか、それだけ聞ければ十分だ。ありがとう」
「……うん。こっちこそ」
そう言い残して、デイヴィッドは1人、解放されていた11階層の扉へと向かって歩き出した。
ボスである機蜘蛛は既にカリハリアスに倒され、11階層へと扉は解放されていた。
デイヴィッドが扉の前に立つと、扉はひとりでに開きだした。
新たな場所へと向かうその扉の奥からは光が射し込み、暗闇に包まれたこの部屋を照らし出した。
眩しすぎる光にミーシャは一瞬目を閉じると、デイヴィッドは光の中へと消えていた。
◆
──4日後 【迷宮都市】サンタナ──
「うかねえ顔だなぁお前。シケた面しやがって、景観が悪くなるからやめてもらいたいねぇ」
のどかな陽気が窓から射し込む昼時。
ゲイルズ・レストランのカウンターに並び座っていたのはクロード アトクスとミーシャだった。
「そうだな、いつまでも引きずるのはよくない」
ゲイルは一瞬あっけに取られたように固まり、しかしすぐにやれやれと溜息を吐いた。
いつもならばいいかえしに悪態の1つでも吐くクロードが、これ程までにショボくれている原因をゲイルはミーシャに聞いて知っていた。
4日前の機蜘蛛討伐および11階層開放依頼。
【オーディナリー】は見事11階層を解放し、機蜘蛛の素材プラス依頼達成料でガッツリと儲けていた。
それだけならば冒険者として順風満帆な、理想的と言っていい話だ。
しかしこの手の話には語られない真実の部分がいつだって存在する。
8階層で出会ったという謎の子供。さらにボス部屋にいたカリハリアスと呼ばれる機械種について。
ミーシャから聞いた話をゲイルは思い返した。
あまり愉快な話ではなかった。
さいわい【オーディナリー】は全員無事で、結果だけ見ればボロ儲けしたと言ってもよかった。
しかし今回の件は謎が多すぎた。
得体が知れない。ゲイルは今更、ダンジョンの近くに街を作るということの危険性について考えはじめた。
そもそも、ダンジョンで最も恐ろしいものは魔物でも罠でも暗闇でもない。謎だ。
謎は未知であり不安であり、未知や不安は混乱を招き、知らぬ間に破滅をもたらす。
しかし今さら後戻りなとできはしなかった。
街はこれからも発展するだろうしヒトもどんどん集まるはずだ。
そうなればやがてダンジョンが持つ危険な側面には目を背け忘れ去るだろう。
ゲイルはそうした漠然な危機感を持ちながら、しかしとりあえずはと今のことを考えることにした。
クロードは納得していないのだ。
最近では【オーディナリー】が11階層を解放したという話は広くひろまっていた。
そうなれば街にいる冒険者達は【オーディナリー】を憧れの視線で眺めるが、クロードはそれが納得できないでいた。
事実と違う虚偽の功績で称えられるのが、クロードのプライドを傷つけた。
自分達は機蜘蛛を倒していない、それどころか死にかけた……と、そう思っているのだ。
事実、【オーディナリー】はカリハリアスには勝てなかった。
しかしもし仮に、本来の予定取りい機蜘蛛と戦っていれば【オーディナリー】は無傷で11階層を解放していた。
しかし仮の話で納得するほどにクロードのプライドは安くなかったのである。
「とは言ってもよぉ、真実を話せば困るのは謎の少年君なんだぜぇ?」
「俺なんも言ってないだろ。そんなことは分かってる。俺たちはデヴィに助けられた。恩を仇で返せるわけないだろ」
そしてクロードが現状を黙っている原因。それがデイヴィッドだった。
真相を話すのにデイヴィッドの事に触れなければならない。
そしてそれは恐らく賢い判断ではない。
デイヴィッドに絡む謎。もしくは闇と言い換えられるなにか。
それは【オーディナリー】にも朧げながら、推測の域を超えないまでも見えていた。
その結果、デイヴィッドの存在自体、この街には地雷になりかねないと【オーディナリー】は判断したのだ。
「まぁ今回の事はもういいだろぉ。前を向け、ってなぁ」
「あぁ、わかってるよ」
ゲイルの言葉に少し笑いながらクロードが答えた。
「てな訳でだなぁクロード、早く言えよぉ」
「は? 何をだ?」
ゲイルはニヤニヤと意地悪い笑顔でクロードに言った。
「何をってお前、ダンジョン潜る前に言ってただろぉ。ミーシャに言う事あるんじゃねぇのかぁ?」
「あっ! ……って今かよ! え、マジで?」
ゲイルの言葉にハッとするクロード。突然の言葉に軽くパニックになった。
そんなクロードに対してミーシャは不思議そうな顔でクロードに訊ねる。
「私に? ダンジョンに潜る前に何か言っていたのかクロード?」
「あ〜……まぁ言ってたんだが。だが今回のは、その、納得できてないからノーカンっていうか、ケジメつけれてないって言うか……」
「30手前のオッサンがモジモジしてんじゃねぇよ、バシッと決めろよバーカ」
クロードはゲイルに恨みのこもった視線を向けた後、諦めたように1度深呼吸をしてミーシャと向き合った。
「クロード?」
クロードの真剣な表情に困惑するミーシャ。
「ミーシャ、今回の事に俺はまだ納得いっていない。機蜘蛛も倒せていないし、カリハリアスから仲間を守る事も出来なかった。情けないし、不甲斐ないし、そんな自分に腹がたつ。エマがやられた時に冷静さを失って、仲間がいる事を忘れて1人突っ込んだんだ。俺は最低な奴だと思う。仲間を信じる事を忘れていたんだから」
「ク、クロードは最低なんかではないぞ! それに、クロードはいつだって私達を守ってくれていたじゃないか、私はそんなクロードがだ、大好きだ‼︎」
ミーシャの言葉にクロードは微笑む。
「あぁ、ありがとう。今回の事は教訓だ。色々と考えるべきことややることが増えた。課題も沢山ある。だがそれは1人でこなすことじゃないと気付いた。共に支え合う仲間と一緒にやることだ。
そしてミーシャ、俺はお前を一生支えて生きていく。だからお前も、一生俺を支えてくれないか?」
そしてクロードは小さな箱を取り出し、ミーシャに向かって開けてみせた。
中にはダイヤの指輪が収められていた。
ミーシャがクロードほ言葉と指輪の意味を理解するのに十数秒は要しただろうか。
ミーシャが両目をパチクリさせて指輪とクロードの顔を交互に見る。
クロードは緊張のあまり顔が真っ赤で震えてさえいた。
「なんだぁ、ちゃんと用意してんじゃねぇか」
それまで空気を読んで黙っていたゲイルが小声で笑いながらそうつぶやいたことにも、2人は気づかなかった。
永遠にも感じる長い沈黙の後、ミーシャが震える声でクロードに答えた。
「ああ、もちろんだ!」
ミーシャはクロードに抱きつき、クロードは一瞬驚いた後、満面の笑みでミーシャを抱きしめた。2人の抱擁はしばらく続いた。
窓からの射し込む太陽の光はキラキラと輝き、2人を祝福するように包み込んでいた。




