Film.020 デスパレット
──翌日──
拠点の道具をアイテムボックスにしまいこみ防具を装備していると次第に高まる気持ちにミーシャは気づいた。
それはおそらく不安と、興奮なのだろう。
ミーシャが冒険者になった理由はクロード アトクスを追ってだと皆は口を揃えていった。
確かにミーシャは幼少期からクロードに特別な感情を抱いていたし、クロードの存在は大きかっただろうと自分でも思った。
しかしミーシャは仮にクロードがいなくとも冒険者になっていただろう。
当時幼かったミーシャは7つ上のクロードに世話をされなが育った。
クロードの家とはただ隣というだけだったが、小さな村では比較的よくあることで両親は狩猟採取と畑仕事で日中ほとんど家を空けていた。
そこで村の、少し歳の大きな近所の子供が赤子の世話をした。
それはともかくミーシャが5歳のある日の早朝。
ミーシャはいつも世話になっているクロードの家へとお礼をしに向かった。
そこで見たものは、元冒険者のクロードの父親が剣を振るう姿だった。豪快で鋼のような迫力、それでいて剣の動きは素早くしなやか。
ミーシャは魅了された。
あれ程素晴らしく美しいものは見たことがなかった。
ミーシャは後先考えることなくただ直感に従いすぐさまクロードの父親に稽古をつけてもらいに頼んだ。
ミーシャはきっと生まれながらに戦士だったのだ。大人になった今でもそう思った。
強大な敵と対峙すればするほどに血が騒いだ。
こればかりはサガと言うしかなく、冒険者はミーシャにとっての天職なのだとつくづく思った。
「じゃあそろそろ行くぞ、準備はいいな?」
「バッチオッケー!」
「いいよ〜」
「大丈夫です」
「ああ、私も問題はないぞ」
クロードの確認に全員が肯定の返事を返した。そうして全員の返答が終わった時、もう1つの声がミーシャの耳に入ってきた。
「そんじゃ頑張ってねー。無事祈ってるから」
声の主はもちろん、6階層で【オーディナリー】一同が出逢った謎の少年、デイヴィッドだった。
ミーシャはどうもデイヴィッドと距離を置きがちだった。
アレックスやエマ シーヤ、エイシャは昨夜のうちに親睦を深めていたし、クロードにしても昨日の道中は終始デイヴィッドと話していた。
しかしミーシャは何故かデイヴィッドのことを信用できなかった。
【オーディナリー】のメンバーがデイヴィッドと仲良くなるたびにミーシャの心は言い知れぬ焦燥感に襲われていた。
一見優しく純粋で気のいいように見えるデイヴィッドだが、ミーシャにはデイヴィッドにはなにかとてつもない影がある気がしてならなかった。
全てはミーシャの勘でしかなかったし、実際に今の今まで何もなかった。
この懸念は杞憂であって欲しいとミーシャは思った。
結局その後も、デイヴィッドはただ手を振りながら【オーディナリー】を見送り何かが起こることはなかった。
10階層の安全地帯からボス部屋までは数十分程。
部屋の前にある高さ5メートルはくだらない巨大な扉が目標になっていた。
「それじゃ、行くぞ!」
クロードが扉に手を触れた途端、扉はひとりでに、驚く程スムーズに開いた。
部屋のなかに入ると扉は勝手に閉まり、なにもかもが暗黒で黒く塗りつぶされる。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに壁に設置された蝋燭がボウっという音と共に炎を灯した。
炎に照らされ浮き上がってきたのは銀色に煌めく金属繊維の糸が、部屋全体に入り組んだクモの巣だった。
そしてソレは部屋の隅、金属繊維の束で光が遮られた暗闇に潜んでいた。
ゆうに3メートルはあるだろう巨大なシルエットに全員があらまめて気を引き締めた。
「あれかよ、デッケェ!」
「うるさいぞアレックス。集中するんだ」
「ミーシャの言う通り、ここは敵のホームグラウンドだ、油断するな」
得物を構えフロアマスターを迎え討とうとして、しかし機蜘蛛は一向に動こうとしなかった。
「動……きませんね」
エイシャの声に返す言葉はなく虚空へと消えていった。
皆が黒いシルエットを見つめていたその時、影が動いた。
ミーシャは最初、ソレが機蜘蛛の身体の一部だと思った。脚か何かが動いたのだと。
しかしその推測は外れていた。
「何……アレ……?」
光の当たる場所に出てきたソレは機蜘蛛の身体とは明らかに異なる存在だった。
人型で、手脚は細く頭部が異様に大きい身長1メートル程の機械種。
ミーシャの脳裏に最初に思い浮かんだのはゴブリンだった。
大きさも同じ程度で、人型であることも共通だったからだ。
しかしソレはゴブリンよりもより醜悪な見た目をしていた。
5人にとって未知であるソレの名前はカリハリアス。
巨大な頭部のほぼ半分を占める横に裂けた口からは何百という鋭い歯がチラつき、目は左右合わせて6つ、全身は燻んだ青と緑の混ざったような色の金属製ウロコで覆われている。
そして【オーディナリー】の5人はカリハリアスの後ろに見える巨大な金属の塊を見た。
「あの機蜘蛛って……」
「……死んでますね、もしかしてあの人型が殺したのでしょうか?」
影で暗く見づらかったが確かに機蜘蛛の身体は一部バラバラに分解されていた。
ミーシャの頭になぜ? という疑問が渦巻いた。
カリハリアスを初めて見たミーシャにもカリハリアスが機械種に違いないなことはすぐにわかった。
ならばなぜ仲間を殺すのか。
そもそもフロアマスターが死んでいて他の機械種がここにいる理由が見当もつかない。
5人が突然の出来事に、当初の位置から動けずにいるとキシキシという不快な音を鳴らしてカリハリアスの裂けた口が開いた。
『ガギィ……ギャギヤャ、グギャアアギャャヤヤ‼︎』
不協和音の叫び声と共に明確な殺意が伝わってきた。
その殺意は尋常ではなく、しかしそのおかげで【オーディナリー】は反射的に臨戦態勢に入ることができた。
「クソ! オイお前ら、アレがなんだか分からないが目を離す──ッ!」
「クロード‼︎」
クロードの忠告を遮ったのは高速で飛来してきた矢尻のような尖った金属片だった。
クロードはかろうじて防いだが、それだけでは終わらなかった。
その攻撃を皮切りに幾つもの金属片が飛んできた。
金属片はカリハリアスの歯だった。
幸いエイシャの結界展開が間に合い怪我人は出なかった。
「どうするのだ、クロード!」
「未知の敵だ、慎重に行く! エイシャは結界で敵の攻撃を、エマはエイシャのサポート、俺とミーシャで様子を見ながら時間を稼ぐからアレックスは隙を見て中級魔法を撃て!」
「了解だ!」
クロードとミーシャはカリハリアスの距離を一瞬で縮め、近付くと同時に剣に力を載せ振るった。その攻撃は寸前のところで避けられる。
しかしミーシャと同時に振るったクロードの横薙ぎの一振りが後頭部にぶつかった。
『ギギャガッ⁈』
「──って硬ぇ、斬れね!」
クロードの斬撃を喰らい少し前方に吹き飛ぶがカリハリアスには切り傷1つつかなかった。
ミーシャは愕然とした。
クロードの斬撃はミスリルの鎧さえ斬り裂く。
つまりあの見たコトもない色合いの鱗はミスリルよりも頑丈ということだ。
ミーシャは内心動揺していた。
それはクロードも同じだったが2人とも表面的には落ち着いていて、冷静さを保っていた。
しかしカリハリアスの頑丈さに焦燥感は隠しきれなかった。
「ち、どうなってんだあの鱗……」
「私たちで倒せるのか?」
「動きは遅くもないが速くもない。慎重にやれば、勝機はある」
クロードの判断にミーシャも同意した。
そもそもそう簡単に勝利を諦めていては勝てるものも勝てないのだから。
「ッエマ! 避け──」
「え……」
ミーシャがそう考えた一瞬の間、意識を逸らしたそのコンマ数秒の間にカリハリアスが姿を消した。
正確にはミーシャの目には消えた様に見えた。目の端に影を捉えるのが精一杯だった。
慌てて振り向いたミーシャの目に映ったのはカリハリアスだった。
どれだけの速度で移動したのかカリハリアスは遥か後方で機蜘蛛が張り巡らした金属繊維にぶら下がっていた。
カリハリアスの大きな口に並ぶ歯からは赤い液体がしたたり落ちていて、その液体に誘われるようにして、次にミーシャが目を向けたその先にはエマがいた。
エマの右脇腹は、まるで粘土を円柱の型でくり抜いたように深くえぐれ、潰れた臓器が血にまみれていた。
「あ……ごめ、みん……な──」
エマはそう言うとグチャッ、という音と共に地に倒れた。
「な──ッ! エマ! そんな‼︎」
「テメエエエエェ‼︎」
ミーシャは一瞬なにがどうなっていたのかを理解できず、カリハリアスのことなど頭からスッポ抜けた。
しかしクロードの怒声で我に帰った。
「待てクロード! 落ち着け‼︎」
アレックスの叫びを無視してクロードは1人でカリハリアスに向かって走り出した。
その速度は先程のカリハリアスとほぼ同等だった。
クロードがそれ程までの速度を出すには身体強化を使わなければいけず、実際クロードの身体は身体強化の影響でオーラをまとっていた。
魔法が苦手で使えないヒトにも魔力は存在し、身体強化は身体能力を飛躍させる。
しかし身体強化は反動が大きく、使えば身体に負担がかかり過ぎ、また魔力が切れた場合動くことさえままらなくなる。
クロードの身体強化は保って10分そこそこだった。
激情するクロードをみてミーシャは逆に冷静さを取り戻した。
「エイシャ! クロードがアイツを抑えているうちにエマに上級治癒魔法を!」
ミーシャに言われすぐさまエイシャがエマに治癒魔法を使用する。
しかしエマが負った傷は深く、治癒には相当な時間がかかりそうで、それでいてエマが無事に意識を戻すかは五分五分といった状況だった。
カリハリアスと身体強化を使ったクロードの戦いは拮抗していた。
それどころか僅かではあるもののクロードが押しているようだった。
カリハリアスは先程までと違い幾つもの切り傷を身体に刻み、防戦に徹しているようにミーシャには見えた。
しかしミーシャの脳裏にはイヤな予感がよぎっていた。
そもそもカリハリアスの動きは初撃を与えた頃と比べ明らかに別物だった。
ミーシャにはその理由がわからなかった。
そして戦況は動いた。
あまりの激闘にただ傍観していたミーシャの目に映ったのはクロードがカリハリアスを吹き飛ばしたシーンだった。
カリハリアスは地面を数回バウンドし、壁に激突する。
相当なダメージがあるのかカリハリアスは動かなかい……かに思われた。
実際ミーシャは勝てると確信し、クロードもトドメとばかりに渾身の力を込めた突きを放った。
その時、ミーシャには全てが遅く見えた。
まるでスローモーションの様に。
思考がクリアになり脳の回転が速くなった。
何故なのかは分からず、しかし心は焦りで満たされていった。
ミーシャは流れの遅くなった時間の中で、クロードが口裂けにトドメを刺そうとするのを見た。
しかし先程までピクリとも動かず床に這いつくばっていたカリハリアスが一瞬で立ち上がり、起き上がり際にクロードの攻撃を避けて左ストレートをクロードの鳩尾に叩き込んだ。
その一連の動きは先程よりもさらに速かった。
「ガハッ⁉︎」
「クロード!」
クロードが宙を舞う。
しかもそれだけでは終わらずカリハリアスはクロードの吹き込んだ方に先回り追撃を加えた。
クロードは意識を失いかけ朦朧としている。
「〈雷槍〉!」
クロードを助けるためにアレックスが隙をつき雷光系上級魔法を放った。
〈雷槍〉はアレックスの得意な火属性の上位に位置する雷光系の魔法で、威力も速度も最も高い魔法だ。
雷鳴を轟かせ口裂けに迫る雷光の槍をカリハリアスは避けることが出来ず右脚を吹き飛ばされ後退した。
「今だミーシャ! クロードを拾え、撤退するぞ!」
「わかった!」
ミーシャは地面に横たわるクロードに近づき身体強化を使い抱えた。
「ぐ……ミーシャ、俺は置いてけ……追いつかれるぞ」
「そんなこと出来るわけないだろう! それに奴は脚を失っているのだ、勝てずとも撤退ならば──」
そう言いながらミーシャはクロードを抱えて入り口に向かった。
しかし正直なところはミーシャにもどうなるかわからなかった。
エマの傷は見たところ消えていたが依然意識を取り戻しておらずエイシャが抱えていて、アレックスも上級魔法を使い魔力はもうほとんど残っていない。
ただカリハリアスが片足を失った今、先程までの機動力はなくなり希望はあった。
ミーシャはクロードの顔を覗き込んだ。
その表情は苦痛と不甲斐なさに歪んでいた。
ミーシャはこみ上げるやるせなさを押さえ込み再び前を向き入り口に向かおうとして、そして気付いた。
入り口付近にいたはずのエイシャとエイシャに抱えられたエマ、そしてアレックスがいないことに。
いや、その光景を正しく表すならば3人は確かにそこにいた。
「…………ウソ、そんな」
3人は地に伏せ、その上には自ら引き抜いたのであろう自身の右腕を、消し飛んだ右脚の代わりとばかりに繋いだカリハリアスが立っていた。
ミーシャはクロードを抱えていることも忘れ崩れ落ちた。
『ギャッギャッキャ』
そんなミーシャの様子をみてカリハリアスは3対の目を細め嘲笑うような耳障りな声を出す。
ミーシャの頭には様々な想いや記憶が蘇りグルグルと渦巻いた。
【オーディナリー】として戦ってきた記憶、楽しかった思い出や苦境を共に乗り越え支え合ってきた記憶。
そしてクロードと触れ合った日々……
それらが次々と浮かんでは脆く崩れていった。
カリハリアスはギシギシと金属のきしむ音を奏でながらミーシャに近づく。
それまで目で追うことさえ精一杯だったカリハリアスの動きは緩慢で、絶望するミーシャをいたぶって楽しんでいるようだった。
ミーシャの心に毒のように広がる絶望と恐怖。
つい先程までの、フロアマスターに挑もうと扉を開く前の闘志や勇気はすっかり消え去っていた。
その時、ミーシャふとあることに気がついた。
閉まっていた筈の扉が開いていることに。
カリハリアスの後ろに立つデイヴィッドに。
ミーシャの視線で気付いたのかカリハリアスが扉の方へと振り返った。
『ギギッ⁈』
「は〜ぁ、なんでこんなとこにいるんだか。余計なことしてくれるよなホント」
デイヴィッドはため息混じりにそう呟き、カリハリアスを見やった。
「ま、とりあ引っ込んでろカリハリアス。邪魔」
次の瞬間、カリハリアスは見えないハンマーをその身に喰らったかのように、突然横に吹き飛び壁に激突した。
その光景をミーシャはただただ呆然と眺めていた。




