Film.017 インベーダー
──1年半後──
イール大森林のありさまは数年前と比べ激変していた。
鬱蒼としげり地に影を落としていた木々はその大半が姿を消し、かわりとばかりに人々の雑踏と真新しく発展の象徴である鉄鋼建築の建物が建ち並んでいた。
【迷宮都市】サンタナと呼ばれるようになった巨大なこの街の東側にはカルカ峰のふもとに入り口を構えるダンジョン、鳳龍の大宮殿がみえる。
4年程前から侵攻を開始した鳳龍の大宮殿の中は、巨大な迷路と罠の数々に知力を使わなければ突破出来ない部屋と……みたこともない魔物のダンジョンだった。
そして、森林を開拓してまで街を作るに至った経緯はその魔物にあった。
デメロガンダ、ミスリス、魔導具、緋緋色金、斬鉄剛……その他様々な希少金属に金属鉱石が素材として手に入った。
どれもこれもが金になり、その利益は放って置くには莫大過ぎた。
結果、セレスナ共和帝国の出資の元、冒険者ギルドが主体となって莫大な金とヒトを投じ森を開拓し、ダンジョンコア破壊を目的としてではなく単純に魔物を狩り続けるために冒険者をダンジョンに送り込む拠点を作った。
本来魔物が溢れるダンジョン近くに街を作るなど危険極まりなく、開拓時の費用もリスクも無視できない量ではあった。
しかしそれでも鳳龍の大宮殿から採れる素材はそれら一切合切を帳消しに出来るほどの富を吐き出した。
単純な話、メリットがリスクを上回ったのだ。
イール大森林の開拓に3年、街が出来始めたのが1年前。
同時期に本格的なダンジョン攻略が始まり、今現在全容が明らかなっているのは8階層まで。
もちろん攻略したとしてもダンジョンコアを破壊することはない。
飼い殺して永久的にギルドと国へ貢がせる算段だった。
街は発展した。ギルド幹部や国の偉い人達の思惑とは関係なく、ただ単純に一攫千金の夢を追ってやってきた冒険者たち。
その冒険者を相手に商売をするモノ。
金の匂いを嗅ぎつけた商人に様々な施設の充実で。
今やサンタナはただの片田舎から、50の都市が存在するセレスナ共和帝国内でも10本の指に入る巨大な都市になっていた。
今日も街は賑わい、冒険者は朝食を食べ終えると街の東へ歩いていく。
富の起点、鳳龍の大宮殿へと向かって。
◆
──【迷宮都市】サンタナ──
サンタナの街には宿屋や酒場、鍛冶屋、雑貨屋など数多くの店が建ち並び、その多くが鳳龍の大宮殿へと潜りに来る冒険者をターゲットにしていた。
そしてここ、〝ゲイルズ・レストラン〟もその例に漏れず冒険者、特に初心者を狙った安さと量が売りの店だった。
ゲイルズ・レストランの朝は数人の常連客以外は大抵ヒトがおらず、がらんどうとしている。
その中で1人、カウンターに座りベーコンエッグとスープを食べる男がいた。
汚れと傷でくすんだ防具、黒混じりの金髪はオールバックにして顔には右目のあたりを上下に貫く傷痕がある20代後半の男。
男の隣には鞘に収められた片手剣が立てかけられていた。
「クロードよぉ、いい加減その薄汚い防具買い換えたらどうなんだぁ? 店の景観台無しなんだよなぁそれ」
「ハハハ、余計なお世話だゲイル。それにこの店だって薄汚いし、景観もクソッタレもないだろ」
クロードと呼ばれたその男、クロード アトクスはAランク冒険者兼この店の常連だった。
店主のゲイルに散々防具を買い換えろと言われても未だにCランク時代からの防具を使っていた。
本人は愛着がありこの装備で十分だと言っているが、ただ単に買い換える金がもったいないだけだと誰もが知っていた。
クロードは根っからの小市民で、それはAランクになり大金を稼ぐ今でも変わらなかった。
だからこそゲイルの金がない初心者の来るような店に来ていたりするのだが。
「まぁ装備云々はお前の自由だがなぁ。それぁそうとフル装備ってことは今日は潜るのかぁ?」
「ああそうだよ。中央交通路でみんなと待ち合わせしてる」
「どうせまた遅れんだろぉ? リーダーなら時間くらいは守れよなぁ」
「大丈夫だろ、ミーシャが迎えに来てくれるさ」
ゲイルはクロードのパーティ、【オーディナリー】のメンバーをよく知っていた。仲間想いで気のいい連中だ。
ゲイルは【オーディナリー】を特別気にしていた。数多くみてきた冒険者の中でも【オーディナリー】とは親しかったし昔からの付き合いだからだ。
だから【オーディナリー】のメンバーには誰1人でも死んで欲しくなかったし、クロードの次の言葉にゲイルは驚愕した。
「……俺たちは今回、10階層のボスを倒そうと思ってる」
「はぁ⁈ なんでまたそんなアブねぇ橋を渡るんだぁ?」
【オーディナリー】は今まで、安全に堅実に6〜8階層の格下である魔物で稼いでいた。
それでも十分な収入が得られる場所がここ鳳龍の大宮殿で、ゲイルも安全に越したことはないと思っていた。
「ギルドからの催促があってな、早く11階層を解放しろと」
「は、バカらしいなぁ。今のところそんな下まで行ける連中なんてほとんどいねぇだろ」
現場の状況もロクに知らないギルド幹部の横暴にゲイルは溜息をついた。
いくらサンタナが発展していようと、インフラ整備を終え街が機能しはじめたのは1年前。
今後の発展はそれこそ想像もできないが今はまだ国内、それもサンタナ周辺領土に滞在していた冒険者がほとんどだ。
現状、11階層の解放など役に立たない。
10階層でさえマトモに戦えるパーティなど【オーディナリー】を含めて3つしかないのだ。
「まぁいずれ誰かがやらなきゃいけないし、それは安全の為にも俺らみたいなAランクがやった方が効率がいい。報酬だっていいしな」
「……お前が報酬について話すなんて珍しいなぁ。なんかあるのかぁ?」
「ああ、まぁな。実は俺…………この仕事が終わったらミーシャにプロポーズするつもりなんだ」
「……まぁ驚きゃしねぇよぉ。お2人はラブラブだかんなぁ」
「チッ、ちょっとは驚けっての。で、成功したら結婚するだろ。そしたら色々必要になるからな、その資金にって思ったわけだ」
クロードと【オーディナリー】のメンバーであるミーシャは恋人だった。
2人の故郷は辺境の小さな村で、クロードは隣に住んでいた7つ下のミーシャの世話をよくしていた。
そしてクロードの父親は元冒険者で、クロードを幼少期から鍛えさせていた。
クロードが冒険者になり村を去ってから10年経ったある日、クロードを追いかけてやってきたミーシャと再会し紆余曲折をへて今へと至る。
2人はハタから見ていてもイタい程仲が良く、ゲイルもその他大勢もクロードのプロポーズ発言にはあまり驚かなかなかったし万が一にもミーシャがクロードのプロポーズを受け入れないとは考えていなかった。
だがクロードの発言はゲイルを不安にさせた。
「クロード。お前まさかジンクス知らねぇわけないよなぁ?」
「はぁ? ジンクス? それがどうした?」
「アホかお前は! 有名なジンクスだろ。デカいヤマの前にそういう発言すると縁起が悪いって誰でも知ってるぜぇ!」
ゲイルは真剣な眼差しでクロードにそう伝えるがクロードはあっけらかんと手を振りジンクスを否定した。
「ただの迷信だって。大丈夫に決まってるだろ。それに危ないのは百も承知だ、油断なんかしねぇよ」
「迷信じゃねぇジンクスだ! ジンクスは統計学的に証明されてんだよぉ」
「はいはい分かった分かったよ」
ゲイルの忠告を全く真剣に聞こうとしないクロード。クロードはジンクスや占いといった類をあまり信じていなかった。
「あぁクソ、だから真剣にき──……」
ゲイルが話を聞かないクロードを諭そうとするが突然店のドアが勢いよく開いて遮られた。
開いたドアから荒々しくもどこか優美な歩調で入ってきたのは美女だった。
美女は一直線にクロードの方へと向かってきた。
「クロード、迎えに来たぞ! まったく、クロードは私がいないといつも遅刻して皆んなに迷惑をかけるのだから、私と離れたらダメだろう」
美女はクロードのすぐ隣に来ると呆れたようにそう言った。
美女の年は20代に届くかどうかといったところ。紺色混じりの黒髪ロングストレートで凛々しい目元に翡翠色の瞳。歳の割に貫禄があった。
「ああわざわざ悪いな。でもこうしてミーシャが迎えに来てくれるから俺は安心してここの飯が食えるんだ。それに集合場所までミーシャと2人きりで歩きたいしな」
クロードのセリフに、ミーシャは先程までの凛とした雰囲気から一変し、顔を赤らめながら恋する乙女になっていた。
そして甘えた声と少し恥ずかしげな表情でクロードに告げる。
「そ、そうか……それなら、仕方ないな……! 私も、クロードと2人で歩くの……好きだし」
「そうか、そりゃよかった。てなワケでじゃあなゲイル。ちゃんと帰ってきてまたマズイ飯食いにきてやるよ!」
「何が不味いだゴラァ……って違ぇ、ちょっ待──ッ!」
デレデレのミーシャと腕を組みながらクロードはゲイルの店を出ていった。
ゲイルはクロードを呼び止めようとしたが既に2人は去っていった。
ゲイルの心には言い知れぬ不安が渦巻いていた。
◆
「いいかお前ら。今回の最終目的は2ヶ月前に確認された中ボス、機蜘蛛だ! 鑑定持ちのいるパーティが調べたところ外殻はアダマンタイトの装甲、内側は特殊合金らしい」
「スッゲーなオイ! まるで宝石の塊みてーな奴だぞソレ」
【オーディナリー】のメンバーの1人、イケメンでチャラそうな外見の赤髪金眼の青年、アレックスが取れるであろう素材に驚きの声をあげた。
「アダマンタイトか〜。丈夫だし倒すの大変そーだねー。まぁウチらのパーティー打撃力あるし倒せないことはないと思うけど〜」
のんびりと間の抜けたマイペースな喋り方で喋る、エメラルド色の髪をポニーテールにした巨乳な可愛らしい少女、エマ シーヤは敵の情報と今までの経験から倒せるだろうと判断した。
「まぁそうだな。ソレだけなら時間さえかければ倒せるだろう。けど問題はソイツの能力だ。鑑定持ちが言うには噛まれれば相当高位の治癒魔法でないと解毒出来ない毒を持ってるらしい」
「……それは危険ですね。一応僕も上級の治癒魔法は使えますが、上級は魔力の減りが……恐らく万全の状態で3回、道程を考えればせいぜい2回しか……すみません」
この中で最も幼い……ように見える青白い髪と翠の瞳を持つ森艶種の美少年エイシャが申し訳なさそうにそう告げた。
「いいや、2回も使えるならばむしろ充分だろう。エイシャの治癒魔法にはいつも世話になっている」
ミーシャはそう言いながら優しい表情をエイシャに向けた。
「ああそうだ。エイシャはいつもよくやってくれてるよ。もちろんそれは他のみんなも同じだがな」
5人はその後も敵の情報、連係の確認、装備のチェックを行ってダンジョン、鳳龍の大宮殿へと入っていった。
最初に現れたのはこのダンジョンのお約束、絡繰スライムだ。
最弱の魔物と呼ばれるスライムのなかにいて厄介な遠距離攻撃をしてくる、油断すると致命傷を負う可能性もある敵だ。
5人は冷静に対処した。【オーディナリー】にとっては5階層より上に出てくる魔物は全て格下だった。
倒した魔物をアイテムボックスの中へと入れていく。
本来なら解体し必要な素材だけ持ち帰るが、このダンジョンの魔物の身体はほぼ全てが素材となる。
「それにしても、毎度、道順と課題部屋だけは慣れないなココ。日毎に変わるしせっかく覚えたのがムダになる!」
「確かにね〜、罠の位置も変わるし斥候の私は気が抜けないよー。普通のことだけど。課題部屋は……まぁミーシャがなんとかしてくれるって信じてるよー」
「そんなに信用されても困るぞ。私もあの、ショウギというゲームで何度負けたか分からないからな」
【オーディナリー】は集中力を切らさないながらも雑談を交わして奥へと進んでいった。
アレックスのいう課題部屋とは智慧の砦にもあった、課題をクリアしなければ先へと進めない部屋のことだ。
最近ではデイヴィッドが【鳳龍】オリンクルシャに教えた将棋やチェスなども多く設置されている。
ダンジョンに【オーディナリー】が潜って4時間が経過した。
このダンジョンには何故か、安全地帯と呼ばれる魔物が全く侵入してこない場所がある。
これはダンジョン侵攻開始当初からの謎の1つであり、他にも普通では考えられない程貴重なアイテムの入った宝箱が用意されていたり、まるで冒険者の力を試すような魔物の配置だったりと、おおよそダンジョン運営側としては非効率的で防衛となんら関わりのないものも散見された。
「何度来てもやはり違和感を感じますね。他のダンジョンでこのような安全地帯なんて見たことないですし……」
「それを言い出せばキリがねーけどな。ここのダンジョンマスターは本当に防衛する気があんのかって疑問に思えてくる。確かに魔物はウジャウジャいるし侵入者を混乱させる仕掛けは沢山あるが……安全重視で進めば死ぬようなことはほとんどない。俺にはまるで冒険者を鍛えさせる訓練所みたいに見える」
元々、ここは不可侵協定を結んでいたダンジョン。
つまりダンジョンマスターにはヒトと交渉する程に知性があるということだとクロードは考えた。
しかも一方的に協定を破り、その後は金ズルにしているにも関わらずダンジョン側は国に対しなんのアクションも起こさなかった。
不可思議な点は多く、5人はしばらく黙ったまま考え込んでいた。
「まぁ考えたところで答えなんて出ねーよな。っと、休憩も十分したし、そろそろ行くか」
「そうだな。みんな準備しよう」
結局答えは出ないまま、5人は安全地帯から抜け出し再び深部へと向かって歩き出した。
それから【オーディナリー】は何度かの休憩を挟みながら10階層を目指し着実に歩みを進めていった。
特に問題も起こらず1日目が終了し、5人は4階層にある最後の安全地帯でキャンプを張りその日を終えた。
2日目になり、【オーディナリー】はようやく5階層にたどり着いた。
5人は会話をしながら歩いていた。
「もうあんまり他のパーティーと会わないねー」
「5階層目ですからね。6階層には誰もいないんじゃないですか?」
街が発展し多くの冒険者が訪れるようになったこのダンジョンの浅い階層では少し歩けば他のパーティに遭遇する。
その分より安全にはなったが魔物とのエンカウント率は減り収入も減った。
かといって深部には強力な魔物が多く徘徊し、【オーディナリー】のような高ランクの冒険者パーティのみしか降りてこれなかった。
必然的に深い階層になればなる程、他のパーティと会う機会も減っていきエイシャの言った通り6階層で活動するパーティなどほんの一握りしかいなくなるのだ。
事実、6階層に到着した5人は1時間歩き続けても誰1人とも遭遇しなかった。ただしスケルトンマシーンとはなんどもかち合った。
6階層の安全地帯は階層の中心近くに存在した。
いまだ正確なマッパングが行われていないためだいたいではあるのだが。
最初にその存在に気づいたのは斥候のエマだった。
巨大だが複雑に入り乱れるこのダンジョンの通路、十時に交差したその場所を探っていたエマは右側の通路の奥に悠々と歩くなにかを目の端に捉えた。
スケルトンマシーンにしては小さ過ぎ、かといって鋼鉄コウモリにしては大き過ぎた。
「みんなストップ! 何かいる、警戒して」
普段の穏やかな声とは一変した鋭い口調に、他の4人も得物を手に取り警戒する。
「魔物かエマ? スケルトンマシーン?」
「分かんない。けど……多分違う。スケルトンマシーンより小さいし鋼鉄コウモリより大きい、絡繰スライムと比べたら動きが断然速いし、〝小金ゴーレム〟とも〝機巧蟻〟とも違う……」
エマの言葉に4人の緊張がより高まった。
もし見たとこもない魔物ならば対策もなにもない。しかもここは6階層。
助けはこないし5人だけで倒せるかどうか分からない。
倒せたとしても誰かが怪我をする可能性は十分にあった。
クロードの頬を冷や汗が流れる。
そしてその時──……
「あ、お兄さん達……なにそんな警戒してんの?」
「──〜〜〜〜ッ‼︎⁇」
背後から聞こえてきた声に総員驚き振り向くと、そこには……
絹のようなプラチナブロンドとスカイブルーの瞳が印象的な、4歳児程度の男の子が不思議そうな表情で5人を眺めていた。




