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進化

ボロボロの僕とグレーテルを見てマルガリータやザックさんは明日にしたらどうか、と言ってくれたが僕はすぐにやりますと言った。

 怖くて延期したなんて、思われたくない。

 ギルドの訓練場にはすでに人だかりができており、中央だけがぽっかりと空いていた。

 その中で決闘するらしい。トーマスはすでに来ており、今朝とは別の女子と喋っている。顔に白い化粧を施し、つけまつげとアイシャドウをつけたいかにもっていう感じの子だ。

 僕を見るとトーマスは口元を嗜虐的にゆがめ、その女の子も同じような視線を僕に向けた。

「あいつと決闘するの、トーマス?」

「ああ。ちょっと可愛がってやるさ」

「楽しみにしてるわ」

 トーマスは公然とキスする。お互いに舌をからめながら口の中を味わうように首を動かしていた。

たっぷり十秒は経った頃、ようやく口と口を離した。女子の方は目がとろんとして、呼吸が荒い。二人の口を唾液の糸がつないでいた。

見ていても、リア充爆発しろとは思わなかった。汚いものを見た不快感しかしない。

 トーマスは僕と対峙した。彼我の距離は学校で見る剣道の試合より大分離れている。

「お、羨ましいか?」

「別に」

「強がんな。まあ、逃げずに来た事だけは褒めてやるよ」

 顔を僕にくっつくくらいに近付けて、メンチを切ってくる。

 だが今朝までは立てなくなるくらい怖かったのに、今は何も感じなかった。さっきもそうだ。トーマスを見るだけで怖かったのに、ディープキスしている時に感じた不快感は別として今は石ころくらいの存在感しか感じない。

 どうして、何も感じなくなったんだろう? エリート・オークとの戦いで、おかしくなったんだろうか。

「それじゃルールの説明をするわ・ねん。 相手が気絶するか、降参したらそこで終わりよん。 再起不能になるような怪我や死に至る攻撃は刑罰が科せられるわ、そこのところ・ちゅう・い・よん」

「はい」

「今さらだな」

 僕たちはお互いに武器を構える。

「じゃ、は・じ・め!」

 マルガリータの号令で、試合が始まった。



 トーマスの武器は槍だ。フランチェスカの弓のように派手な装飾が施されているがなんというか、意匠に神秘性というかオーラがない。ただの金ぴかにしか見えない。

「おらあっ!」

 トーマスは掛け声と共に突きを繰り出してきた。

 槍のメリットの一つは、剣をはるかに凌駕するその長いリーチだ。剣が届かないアウトレンジから一方的に攻撃することが可能だからだ。そのため、槍に対して剣で立ち向かうには槍の攻撃を払うかかわすかして懐に入る必要がある。

「甘いなあ!」

 だが僕が斜め前にかわした途端にトーマスはすばやく槍を引いて再び攻撃を仕掛けてくる。槍の必須スキルがこの突くより速い引きだ。素早く槍を引くことで再び切っ先が敵の方へ向く。

 さすがはDランクのベテランだ。講習会で戦ったどんな男子よりも強い。下手したらロビンソンさんよりも強いかもしれない。

「ファイア……」

「おせえ!」

 詠唱の最中に攻撃を受け、せっかくの魔力が魔法の形を取らずに霧散してしまう。 



―観客席視点―


「……無理そうだな」

「エリート・オークを倒したっていうから、期待してたんだけどな。やっぱりガセじゃねえの? さもなきゃギルド認定書の故障で、本来はトーマスが言ってた通りに弱ってたエリート・オークにとどめを刺しただけとか。手柄を横取りしたとか」

 二人の決闘を見に集まっていた観客から、失望の声が上がり始める。

「だ、大丈夫ですの?」

 フランチェスカが心配げに呟いたが、グレーテルは表情を変えなかった。

「……問題ない」

 いつの間にか隣に立っていたザックが頷いた。

「うむ、そうだな。今は急激に進歩した自分の力を図りかねていると言ったところか」



 僕はトーマスの攻撃を避けながら感じることがあった。

遅い。

エリート・オークと比べたら遅いのは当然だけど、それにしても遅すぎる。

 こんな奴にびびってたのか? 早く終わらせよう。

 そう思ったけどなかなか早く終わらせられない。

 間合いの外だから詠唱の隙があってもファイアアローを撃とうとしたりだとか、今までの戦い方の癖が抜けない。

 トーマスの槍が僕のみぞおちを狙ってくるが、僕は横にかわす。

 まただ。また、無駄な動きをしてる。

 これなら斜め前にかわした方が、剣の間合いに入れるから防御と攻撃を同時にできる。

一つ一つの動きの無駄がはっきりとわかる。

 でも、今は反省会の時間じゃないから後で考えるか。

 業を煮やしたトーマスが、猛然と今度は顔面目がけて突きこんできた。

ちょっと、目に当たったらさすがに問題じゃないの?

 でも今度は考えながらも反撃に出ることができた。

 頭一つ分、顔を横にかわすと同時に剣を持っていない方の手をあげて素早く槍の柄をつかむ。

 掴まれた途端にトーマスが力任せに引こうとしたけれど、僕は指の力だけでそれを抑えた。

 トーマスは自分では素早いと思っている槍を無造作に掴まれたことに驚愕していた。

 槍は押しても引いても微動だにしない。

 僕が槍を一気に引っ張るとトーマスが体勢を崩したので、そのまま引き倒した。同時に手にファイアハンドを纏わせる。

 土まみれになって転がったトーマスと目があった。許しを乞うような、情けない目をしている。

 今僕には、こいつを好き放題できる力があることがはっきりわかった。

 右手に持った剣を振りかぶった。


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