帰還
みんなが落ち着いた後、リーマンの町に入る前にみんなの格好をチェックしてみた。僕もグレーテルも、服や革鎧は泥まみれ、手足に細かい切り傷や打撲跡がついていた。フランチェスカは顔にあざができており、ドレスが無残な状態になっている。
「……そのまま街へ入ると、男どもの視線の的。商売女と疑われるかも」
ということで、グレーテルの予備の服を貸すことになった。冒険者ギルドの宿舎でも着ていた、グリーンのブラウスとロングスカートをアイテムボックスから取り出してフランチェスカに手渡す。
「のぞいたら、その目を射ぬきますわよ」
フランチェスカは服を持って、木陰に引っ込んだ。
そしてすぐに出てきた。
「終わりましたわよ」
はやっ! さっきのことがあったから、マッハで着替えたんだろうけど……
グレーテルの服は裾が余ることもなくぴったりだった。
「……背格好が同じくらいで良かった」
「わたくしにその言葉、嫌味にしか聞こえませんわよ」
そう。グレーテルとフランチェスカは背丈や腕の長さ、脚の長さはほぼ同じだったのだが胸のサイズだけは天地の差があった。
「屈辱ですわ…… 平民にこんなことで負けるなんて」
グレーテルはフランチェスカの肩を優しくたたいて言った。
「……それなりに需要はある。貧乳はステータス。希少価値」
「意味が分かりませんわよ!」
グレーテル、なんでその迷言を知ってるんだ。
その後はモンスターに出会うこともなく、無事にリーマンの町に着いた。時刻はすでに夕方で、茜色に染まった町並みを見るとすごくほっとした。
「やっと帰ってきた~」
「……くたくた」
「久しぶりですわね」
三者三様の感想を漏らした後、僕は宿へ行こうとしたけど、
「……ヒロシ。今日のクエストの報告が残ってる」
「明日じゃ駄目なの?」
「……できればそうしたいところだけど。エリート・オークの奇行種の件もあるから早めに報告しておきたい」
ということで、冒険者ギルド「銅の出る森」に向かった。
受付のルーシーさんは僕たちを見るとほっとした表情になったが、格好を見るとすぐに心配そうな感情を浮かべる。
「ゴブリンの討伐にしては遅かったですね…… それにボロボロの格好です。何かトラブルでも?」
「……エリート・オークの奇行種と出会った」
「エリート・オークですか? ここらには出ないはずですが」
ルーシーさんはグレーテルの報告を聞いても半信半疑だった。ギルド認定書を僕とグレーテル、フランチェスカから受け取って三枚とも机の上に並べ、詠唱を行なう。
「ギルド・ライティング」
羊皮紙で作られたギルド認定書の上に、手書きの様な書体の字が次々に描かれていく。字が多くなって紙面からはみ出しそうになるとワード画面のように字の映っている場所がスクロールしていった。
そうやって戦闘履歴が描きこまれていくに従って、ルーシーさんの顔色が変わっていった。
「森の中で…… 木の上から奇襲? よく生き延びられましたね。あ。でもこの魔法は…… はじめて見ます」
ルーシーさんは書面を食い入るように見つめ、ライティングが終わると大きく息を吐き出した。
「お疲れさまでした。エリート・オークを盗伐したのは本当のようですね。それにドロップアイテムは何かありますか?」
「……エリート・オークの肉と、大剣が一振りある」
グレーテルはそう言って肉や毛皮などの汚れものの専門のカウンターまで移動した。ギルドの建物隅の別の一室を借りており、受付に比べ日当たりが悪く血なまぐさい。奥では、毛皮や肉を干した棒と、それに熱心に見入っている買付けの業者らしき人がギルドの職員から説明を受けていた。こっちの職員はルーシーさんと違ってごつくて筋肉隆々の男の人が多い。
グレーテルが取り出したエリート・オークの肉は金貨五枚、討伐報酬と合わせて金貨十枚の報酬になった。普段のクエストが銀貨十数枚だから、十倍近い金額を一日で稼いだ計算になる。
「それでは本日の報酬です。お疲れさまでした」
ルーシーさんがそう言いながら金貨十枚を渡してくる。
金貨の金色がすごくまぶしい。これで十万円くらいの価値か。僕は汚さないように気をつけながら金貨に触れた。
それと同時にルーシーさんが戦闘履歴の書き込みが終わったギルド認定書を手渡そうとすると、三つのファンファーレの音が響き渡った。
「ランクアップですね……」
僕とグレーテルの羊皮紙のような材質のギルド認定証に書かれた文字が「E」から「D」に変わっている。フランチェスカに至っては「F」から一気に「D」になっていた。
「数日前、Eランクに上がったばかりなのに…… 故障かな?」
「……エリート・オークを倒したから。おまけに相手は奇行種。経験値が通常より多かった可能性が高い」
嘘だろ、という声が後ろのテーブル席で休憩したり、酒を飲んでいた人たちから聞こえる。半分以上はからかうような、バカにするような声だが僕らが昨日ランクアップしたのを知っている人たちは立ち上がり、声をかけてくれた。
「お前、本当にエリート・オークをやったのか?」
「へー、やるじゃん。幸運も実力のうちだからね。まあ一杯奢るよ」
冒険者になりたての頃一緒にパーティーを組んでくれていたロビンソンさんが僕の肩をバンバン叩き、リーリャ先輩がエールを持ってきてグレーテルに手渡す。
二人とも酒臭い。大分酔っているらしい。
酔っ払いに絡まれた時の対処法なんて知らないから、苦笑いを浮かべながら適当に相槌を打っていた。グレーテルはというと、もらったエールをぐいぐいと飲んでいる。さらに
ちゃっかりともう一杯追加していた。外人さんは酒に強いそうだけどグレーテルもその例にもれないようだ。
こうやって、祝福されるのは素直にうれしい。フランチェスカもその他の冒険者に囲まれていた。
「け、どうせ弱ってたエリート・オークにたまたまとどめを刺しただけだろ」
だがそんな祝福ムードをぶち壊す声が響いた。
傍らに置いた槍をつかんで、こっちに近付いてくる。
「見た感じ、ぼろぼろじゃねえか。ゴブリン退治程度でそんなになったのか? さすがは臆病者なだけあるな」
それからフランチェスカの方を見ると、欲望にまみれた目を向けた。
「そっちの嬢ちゃんは綺麗な顔にあざまで作ってるじゃねえか。我慢できなくなったこいつに道中で襲われたのか?」
その言葉にグレーテルが顔色を変えた。
怒りと、怯えが混じっている。
オークに襲われていた時のことを思い出したのだろう。
「決闘の約束を忘れたわけじゃねえだろう?」
「忘れてないよ。なんなら、今からやる?」
僕はトーマスを睨みながら言い返した。
「見上げた心がけじゃねえか。ついてきな」




