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ワンインチ・フレイム

痛みと圧迫で意識がもうろうとしながらも、僕は魔力を込めながらゆっくりと両手を持ちあげてエリート・オークの胸に触れた。エリート・オークはファイアハンドが効かなかったせいか僕が触れても気にした様子はなく、ただ指に込める力を増してきた。

素手で触れたエリート・オークの毛は思ったより柔らかかった。

 ああ、今からこいつは灰と化すんだろうな。

 僕は両手に魔力を込めて、詠唱した。

 

「ワンインチフレイム」


 この新しく覚えた魔法は、魔力が魔法となって発動するというよりも魔力が直接相手の中に吸い込まれていく感じだった。手から直接炎が出なかったから失敗したかと一瞬思ったけど、相手の体内で魔力が魔法に変換されたのを感じた。

 エリート・オークがくぐもったような声をあげたかと思うと、まず口と耳、鼻から真っ赤な炎が噴水か間欠泉のように勢いよく噴き出た。続いて、沸騰してぼこぼこと泡立つ体液が飛び出て空中で弧を描く。焦げ臭いような吐瀉物のような、嫌なにおいがした。

 その瞬間エリート・オークの手から力が抜け、僕は草がまばらに生えた地面に投げ出される。大剣がエリート・オークの手から離れて地面に転がった。

 視線を上げると、体液混じりの黒い煙を穴という穴から噴き出すエリート・オークがいて、豚の形をした火山のようだ。発声器官を焼かれたのか断末魔の悲鳴すら上げない。

 目からも煙を出すエリート・オークは立ったまま絶命していた。

「す、すごいですわね」

「……今のは?」

 フランチェスカとグレーテルの声が、遠くから聞こえる。あれ? そんなに距離は離れてないんだけど……

「魔力を敵の体内で魔法に変換して、体の内側から焼きつくす魔法。でも見ての通り相手に密着しないといけないから使いづら、いな」

 なんだか言葉を口にするのも苦しい……

 地面が急に、僕の方に迫ってくる。体に衝撃が来た。視界一面に地面が広がり、鼻に草と土の匂いが充満する。

 あ…… どうやら、魔力と体力を同時に使い果たしたらしい。

 ワンインチフレイムがどれくらい魔力を使うか、後で試さないとな。

 最後にそんなことを考えながら、僕は意識を手放した。



 どれくらい経っただろうか。僕はゆっくりと目を開けた。魔力と体力の枯渇による動悸や息切れはなくなっており、だいぶ魔力は回復したらしい。背中に草や小石の感触が伝わってくることからすると、僕はどうやら仰向けに寝ているらしい。

 だが視界の上半分は陰になった水色の布しか見えない。二つ並んだ、丸くて大きい何かが中に入っているような形をしている。

 下半分は僕の体と、茜色に染まった森の風景が見える。日が暮れてきたらしいな。夜の森は危険だから、急いで戻らないと。

 僕はとりあえず視界の上半分にある「なにか」をどかそうとした。

「……んっ」

 白い布の奥からくぐもったような声が聞こえた。「なにか」は弾力がある柔らかいものが入っているらしい。布越しにでも手に吸いつくような柔らかさで、ずっと触っていたくなる。

「……ん、んんっ」

 感触が気持ちよくて、今度は揉みしだくように手を動かした。つぶれてもすぐに戻り、また力を込めると心地よい弾力と共に指が沈みこんでいく。

 あれ? すこしずつ固くなってる気がするんだけど……


「いつまでやっていますの、このド変態!」


 僕の頭にエリート・オークに攻撃された時以上の衝撃が走って、吹っ飛んだ。

 僕が起き上がると、目に飛び込んできたのは。

 グレーテルが両腕で体を抱きかかえるようにして正座しながら、ピンク色の唇をかみしめて、頬をリンゴのように真っ赤にして、目をギュッとつむって何かに必死に耐えている姿だった。フランチェスカが仁王立ちになって僕を阿修羅のような視線で睨みつけている。

 どうやら僕はグレーテルに膝枕されていたらしい。視界の上半分の正体は、グレーテルの豊かな胸を包み込んだローブだったようだ。

 膝枕されると顔が見えなくなるくらい大きいんだ。ってそうじゃないだろ、僕!

「ご、ごめん!」

 正座しているグレーテルに対して、僕は勢いよく土下座した。

「珍しい謝罪の形ですわね…… 東方の習慣かしら? でもごめんで済んだら軍隊は不要ですのよ」

 フランチェスカが弓を構え、やじりを僕の脳天に向けたまま肝が凍るような声で言う。

「……だ、大丈夫…… ヒロシも寝ぼけていたし」

 グレーテルは真っ赤になったまま、視線を反らしながら答えた。

「……それに、異性に触れることで魔力の回復をわずかに促す効果があるらしいから……」

 そうなのか。というか、都合のいい論理な気がしないでもないけど。

(……それに、ヒロシに触れられるのは、嫌じゃない…… むしろ)

「何か言った?」

「……なんでもない。忘れて」

 グレーテルは両手を体の前に突き出してぶんぶんと首を振った。

 そんなに嫌だったのか…… 仲良くなれたと思ったんだけどな。

「そ、そういえば」

 僕は話題を反らすために気になっていたことを尋ねて見た。

「フランチェスカはアイテムボックスを使ってたけど、冒険者なの?」

「ええ、そうですわよ。といっても、登録だけのペーパー冒険者ですけどね」

 なんとなく、貴族は屋敷で優雅に暮らせるから冒険者なんてしなくていいイメージがあるんだけど。日本でも有力な貴族は京都にいて、代官を地方に派遣して自分は上がってくる税で食べていた話があるし。まあそのせいで地方にいた代官に実質的な土地の支配権を奪われていったらしいけど。

「爺やに憧れて…… 登録だけはしていました。といっても、その本人はもうこの世にはいませんけどね」

 そう言って、フランチェスカは遺体が納められたアイテムボックスに目を向けた。

「できれば、あなた方ともうしばらく冒険者の真似ごとをしてみたかったのですけど。そういうわけにもいきませんしね。わたくしにはわたくしのやるべきことがある」

 フランチェスカは、そう言ってさびしげに眼を細めた。

 貴族の令嬢ともなると豪奢な暮らしと引き換えに色々な義務が発生するんだろう。


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