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グレーテル視点


 でも勝利を確信した次の瞬間、僕の体にすさまじい衝撃が走った。周囲の景色がものすごい勢いで一瞬だけ後方に流れ、急停止する。

そのままゆっくりと景色が下にさがっていく。いや、僕の体が上に昇っているのか?

僕はエリート・オークの巨大な手に頭をつかまれて、宙に浮いていた。

どうやらさっき腹に蹴りを喰らって後ろに吹き飛んだ後、つかまったらしい。腹の奥から駆け巡る、苦痛とも鈍痛とも取れる感覚に呼吸がままならない。ボクシング漫画で顔面パンチでノックアウトされた時は天国にも昇る心地だけど、ボディーブローでやられた時は地獄に落ちるような苦しみだって描いてあったけど、それがよくわかる。

腹の奥から苦しみがわきでて、脳髄まで染み込んでいくように苦しい。

「どうして…… さっき目に命中したはずなのに」

 そうすると、こいつは見えない状態で正確に僕に蹴りを入れて頭を捉えたことになる。そんなことがこの豚人間に可能なのか?

 正面から見てみると、確かに氷の矢がエリート・オークの目に刺さっている。

 いや、「刺さっては」いなかった。

 確かに命中はしている。だが刺さらずに、閉じられた瞼の間で矢が止まっていた。エリート・オークが目を大きく開くと、刺さらなかったことを示すかのように血のついていない氷の矢がまぶたから滑り落ち、あっけなく溶けた。

 こいつは、瞼の力だけで氷の矢が眼球に食い込むのを止めていたのだ。エリート・オークの口が動き、にやりと笑う。


残念だったな。


 喋れないはずの豚人間が、そう言った気がした。

 エリート・オークの指が食い込んでいくのが分かる。頭蓋骨がきしんでいく。

 目の前にちかちかと星が瞬き、赤く視界が染まっていく。

二人の悲鳴が聞こえるけど、何を言っているのかよくわからない。

 


―グレーテル視点―

……私の名は、グレーテル・ヘルツ。代々魔法使いの家系。

……といっても王室お抱えでもなければ領主のお抱えでもない、在野の一平民にすぎない。

……そんなに裕福でもなく、山間の安い土地に建てた実験場を併設した屋敷が私の実家。屋敷の周りには牧場と畑、山ばかりの片田舎。

……普段は父が土魔法で畑を耕すのを手伝ったり、母が木魔法で羊を囲う柵を修繕したりして働いている。村人からは代価として麦や肉、果物、時には硬貨をもらって生活していた。村境や近くの山に弱いモンスターがいるので、時々退治にも行っていた。

……私には姉と妹が一人ずついる。モンスター退治を手伝うのは主に妹の役目だった。妹は生まれながらに抜群の戦闘センスがあった。トロールやシルバーウルフの群れといったCランク級のモンスターでさえ、十歳のころにはすでに撃退してみせていた。

……その功績が領主の耳に入って十二歳のときに領主率いるザクセン地方軍に引き抜かれた。今は小隊の隊長としてザクセンの治安に貢献している。

……姉は魔力にはあまり恵まれず、戦闘はあまり得意ではなかったけど生まれつき頭脳明晰で三歳のころから家伝の魔法書を読みあさり、十の頃には魔法の知識でザクセン一と言われるまでになった。

……今は時空や世界を超える為もっとも困難な魔法系統と言われる召喚魔法の研究をしている

……姉と妹が優秀なせいで私はいつも肩身が狭かった。父母も姉も妹も私を悪く言ったりはしなかったけど、姉や妹と自分を比べると自分に自信が持てなかった。

……私は考えた。どうやったら姉や妹と肩を並べられるのか。考えに考えて、辿りついたのが冒険者になることだった。

……魔法使いは危険にさらされると血液が変質して、血液によって運ばれる魔力にも影響が出る。血液と共に変質した魔力が、新たな魔法をひらめくきっかけとなるとされている。

……冒険者は常に危険と隣り合わせの職業。妹のように地方軍に入るのは無理でも、冒険者なら敷居が低く可能だった。

……でもザクセンは地方軍の力が強く、冒険者ギルドは小規模だった。それにザクセンでは妹を知っている人がいてやりづらいと思った。だからザクセンから山を一つ隔てたリーマンの街に行った。でもギルド内は怖そうな人ばかりで、少し後悔した。それに周りが知らない人ばかりで緊張した。

……だからヒロシと出あった時、安心した。すごく優しそうで人の痛みを知っているって感じがした。しかも付与というレア魔法の持ち主。私も実際に見るのは初めてだった。一緒に冒険してみたいと思った。

……でも初心者講習会が終わった時、声をかけてくれなくて少しショックだった。講習会の間色々と話したから、仲良くなれたと思ったのに。

……トーマスから守ってくれた時はすごくかっこよかった。胸がきゅんきゅんして、締め付けられるように痛かった。

……でも同時に怖かった。ヒロシが殺されるかと思った。

……そして今、エリート・オークに殺されかかっている。私のミスだ。私の攻撃がうまく決まらなかったせいだ。そのせいで、彼が……


「……え? そんな……」

……私は、目の前で起こった出来事が信じられなかった。

……そんなことが、ありうるはずがない。


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