休憩
僕は咄嗟に音のしたほうにファイアアローを放った。火の矢が茂みに着火し、緑の木の葉を一瞬で灰に変える。
「威力が、上がってる?」
いつもなら茂みがまだ燃えているはずだ。だが今回は、茂みの木々が一瞬で灰と化していた。数十センチだけが灰になって他の部分は青いままと効果範囲は狭いけど、威力は上がっている。
「……オークを倒したことでレベルアップしたんだと思う」
グレーテルもロッドを構え、いつでも魔法が撃てる体勢をとっていた。
だが、茂みの奥からは丸焦げになったウサギの死体が転がっているだけだった。僕とグレーテルはほっとして武器を下ろす。
「……ごめん。私の落ち度。リーマンの近くに出る、なんていう話は聞いたことが無かったから」
「そうなの?」
グレーテルは黙ってうなずく。
「……強いモンスターほど山の奥や、ダンジョンの深部を好む傾向にある。本来こんな町から徒歩で二、三時間、というところに出現するモンスターじゃない」
「……エリート・オークはオークの上位種で、力も早さも比べ物にならない。オーク数匹を従えて行動することが多いから、急いでこの場を離れる」
「なんでオークたちと一緒にいなかったんだろう?」
「……エリート・オークは人間と交配する性質がないだけ。元Cランクと戦って、手傷を負って巣に帰ったのかもしれない…でも部下のオークが戻って来なかったら、不審に思うかもしれない。急ぐ」
僕たちは出来るだけ早足で下山し始めた。グレーテルもフランチェスカも一言もしゃべらない。
この世界に来て働くようになった第六感というか、そういうのがビリビリ警告を発してる。
『死ぬ』
と。
風で葉擦れの音がするたびに、鳥が飛びたって枝が揺れるたびに、気が気じゃなかった。ちょっとした物音が恐怖をかきたて、そのたびに僕とグレーテルは弾かれたように音の方向を見て、剣とロッドを構える。
青い色が見えないとわかると、安心して武器を下ろす。
元Cランクの冒険者ですら殺すというエリート・オーク。ザックさん並か、それ以上の強さと言うことだ。僕たちが遭遇したら手も足も出ずに殺されるだろう。
グレーテルは相変わらずあんまりしゃべらないけれど、追いつかれたら死ぬほどの敵、ということは見ているだけで分かった。言葉より顔色がそう物語っている。
恐怖と緊張で、頭がおかしくなりそうだ。
ああ、なんでこんな世界に来たんだ。
キリのバカ野郎。
そのまま足が痛くなっても枝で擦り傷が出来ても歩き続けて、道が開けた場所に出た。
木々が密集していたエリアを抜け、麓のリーマンの町が見下ろせる。
「ここまでくれば、大丈夫かな?」
僕は膝に手をついて、そう呟いた。
正直もう限界だ。行きは何回か休憩をはさんできた道を、帰りは休憩をまったく入れずに歩いている。ペースも行きよりずっと早い。なにより緊張が体力を奪っていた。
そばを見るとグレーテルも同じように息を整えている。
意外なことにフランチェスカは平然としていた。狩りが嗜みだというのは伊達じゃないらしい。
「……少し休憩」
グレーテルはそう言いながら道の側の切り株に腰をおろし、アイテムボックスから木製の水筒を取り出して口を付けた。
白い喉が動き、水を飲んでいく。
「わたくしにもいただけますか?」
フランチェスカは立ったままでグレーテルから受け取った水を飲み、周囲を警戒している。
たしかこういう場合は車座にならずに互いに背中合わせになって食事をとるのが定石だ。グレーテルの近くにある切り株に僕も腰をおろし、グレーテルとは反対側を向いて周囲を警戒しつつ水を飲む。
緊張しっぱなしだったから、こうやって腰をおろしてリラックスできるのが凄く有り難い。
日本にいた頃は、こんなことでありがたみを感じたことはなかったなあ……
呉羽、元気かな。いい子にしてるかな……
お父さんとお母さんにも長く会ってない。お母さんの味噌汁が食べたいな。
「あなたは魔法使いの家系なのですのね」
「……うん。ザクセンというところの出身」
座りながら、フランチェスカとグレーテルもおしゃべりしていた。
少しリラックスしすぎかと思ったけど、気を張り詰め過ぎてもダメだろう。
ここは見晴らしが良いし、風が気持ちいい。うっそうとした森を抜けたし、町が見えるとすっごく落ち着いてくる。
さっきまでの緊張が嘘みたいにリラックスできた。




