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突っ込む

それからクエストを受ける。今日は二人で近場の山に出てきたゴブリンを退治するクエストだ。ゴブリン退治はこれまでいっぱいこなしてきたから、初めて二人で受けるクエストとしてはちょうどいいと思って受けることにしたのだ。

 それにギルドでのことがあってからグレーテルとはぎくしゃくしていて、慣れていないクエストを成功させる自信がなかった。

 クエストそのものは講習会で何度か模擬戦をやったとおりに、詠唱が早いグレーテルが先手を撃ってアイスアローズを連射するだけでほぼ片がついた。

 肩を並べて戦っていくと、不思議とわだかまりが取れていく。僕は思い切って朝のことを聞いた。

「今朝はごめん。ちゃんと、守ってあげられなくて」

 深く頭を下げる。 山特有の草の香りのする風が、頬をくすぐった。

 だがグレーテルは首を左右に振った。

「……そんなことない。助けようとしてくれて、ありがとう。むしろ謝らなければならないのは私の方。私のトラブルに、あなたを巻き込んでしまった。あなたが除名されかもしれなくて、本当に怖かった」

「もういいよ。それより、今後のことを考えよう」

 僕とグレーテルは、草の敷かれた柔らかい場所に腰をおろした。昼食のサンドイッチをアイテムボックスから取り出して食べ始める。

「……トーマスに勝てる方法は、正直ない」

「そんなに強いの?」

「……ああ見えてDランク。ギルド内での噂や、リーリャ先輩から聞いた話では魔法を使っても太刀打ちできないと思う。今朝、魔力の流れから見てファイアアローを撃とうとしたみたいだけど、たぶん回避された」

「あの至近距離でも当たらない?」

 一応ファイアアローは弓道の矢くらいのスピードがあるはずなんだけど。それを目と鼻の先から撃たれたらそう簡単に回避できるだろうか?

「……単調な直線攻撃だから。タイミングを合わせて身体の幅だけ横に動けばそれで当たらない」

 グレーテルの一言に、ぐうの音も出ない。

「……マルガリータが止めてくれたのはそれも見越してだと思う。あのまま撃ってたら、回避された後に槍で串刺しにされた」

「でもここで勝たないと、これからずっとからまれるよね」

 ああいうタイプは弱いやつには徹底的にいたぶって高圧的な態度をとる。

一方、自分より強いと判断した相手には腹を立てることが何か、立てないことは何かを見極めて上手に取り入る。大体のやつが空気を読むのもうまい。

だから女癖が悪くてもギルド内で上手くやっていけてるんだろう。

「……いっそのこと、町を出る?」

 グレーテルの提案に、僕は首を振った。

「いや、やめておくよ。負けてもいいから、抵抗してみる」

 僕は下っ腹に力を入れて、気合を込める。

 もう、自分や自分の大切なものを傷つける相手から、逃げたくない。あいつに陰口をたたかれるような真似をしたくない。

 サンドイッチを食べ終わる。

 何かが倒れるような大きな物音が聞こえた。



 僕とグレーテルはサンドイッチの包み紙をアイテムボックスにしまって武器を持って悲鳴のした方向へ向かう。

 山道に馬車が通れるほどの広さの街道が作られており、その中ほどに馬車の残骸があった。車軸はへし折られ、幌には上からつき破られたように大穴があいていた。馬車の下から血だまりが広がっていき、ブタの鳴き声のような声が馬車から離れた森の中から複数、聞こえてくる。

「ワイルドボア?」

 僕は剣を抜いて、近くの木の後ろに隠れながら小声で会話する。さすがにいきなり突っ込むような真似はしない。

 僕たちが新たな犠牲者になる可能性は十二分にあるのだ。

「……違う。たぶん、オーク」

 オークというと、ゲームによく出てくる二足歩行で歩く豚みたいな外見をしたモンスターだろうか?

 慎重に馬車の残骸に近付き、中を確認する。

 グレーテルが周囲を警戒し、僕が中を見る役目だ。馬車の中には御者と思われる人の死体と、ちぎられたようなドレスの切れはしが残っているだけだ。

 御者の死体は頭を縦にたたき割られて、血がまだ次から次へと流れ出していた。

 はじめて見る人の真新しい死体に吐き気を覚えて、口元を押さえるがグレーテルは表情を変えずに呟いた。

「……ディメンション」

 アイテムボックスを出すと、中から布を一枚取り出して遺体をくるむ。それを別の魔法で氷漬けにするとまたアイテムボックスの中にしまった。

「……気持ち悪がってちゃ駄目。アイテムボックスのそもそもの使い道。戦場でパーティの死体を野ざらしにして鴉や蛆の餌にしないため。ちゃんと葬る」

 僕は場車内の捜索を更に続けようとする。

 ドレスの切れ端があるということは、他に犠牲者がいるかもしれないからだ。

「……駄目。たぶん、ここにはいない」

 グレーテルは唇をかみしめて、顔をゆがめていた。グレーテルがこんなに感情をあらわにするのは初めて見た。

「……オークは男は殺すか、食う。だけど若い女性は……」

グレーテルが言葉を濁したことで察しがついた。

 僕はグレーテルと共に馬車を飛び出し、ブタの鳴き声のする方に向かう。

 森の中に入り、下草が踏み荒らされている方向に向かって走ると、

 いた。

 二本足で立った豚が粗末な皮鎧や武器を手にしている。口元からはみ出た鋭い牙と、モンスターの特徴である赤い目。全部で四匹いて、そのうちの一匹が女性に馬乗りになっていた。

 ピンク色の腕で女性を押さえつけて、裂けた口からよだれをダラダラと流しながらブヒブヒと鳴いている。

 オークの下になっているドレスを着た女性は必死に抵抗していたが、力の差がありすぎるのかオークの丸太のような腕は微動だにせず、ドレスが切り裂かれて胸元と太ももが露わになっていた。

 馬乗りになっているオークとそれを囲んでいる三匹のオークはこちらに背を向けていて、僕とグレーテルに気が付いていない。女性だけが、オークたちの隙間からこちらが見えている。

 女性と、一瞬だけ目が合った。

 凄く綺麗な子だ。遠目にはわからなかったけど、若い。十五~十六歳くらいじゃないだろうか。染めていない純粋な金髪と碧眼が魅力的で、吸い込まれそうな魅力がある。

 でも今は怯えきっていて、目に涙を浮かべていて、髪は泥だらけでバラバラに乱れ、殴られたのか顔にも青アザがある。

 僕たちの顔を見て、目に光が戻って、救いを乞うように押さえつけられている手をこちらへ伸ばしてきた。

「……オークは力はすごいけど知能が低い。不意を突いて混乱したところを各個撃破する」

 グレーテルが何か言ったような気がしたけど、もう聞こえていなかった。 

 大勢で、一人を、よってたかっていたぶっている。

 助けを求める悲鳴。

 目が合った時の怯えの感情。

僕の受けてきた仕打ちと重なった。

 僕の頭の中で何かが切れた。

 走り出していた。グレーテルが背後で何か言っているが、構うもんか。


 森の中を全力で走ったから、草を踏む音や落ちている小枝を踏む音が響く。

 お互いの顔がはっきりわかる距離まで近づいたから、さすがに気付かれたらしい。オークたち全員がこちらを振り向いた。

 と思ったけど、馬乗りになっているオークだけはこちらを振り向かない。

 お楽しみ中は気が抜けるんだね。でも好都合だ。

 片手を突きだして魔力を込める。

「ファイアアロー」

緑の森の中では目立つ赤い色が、一直線に飛ぶ。後ろから今まさにことに及ばんとするオークの頭を炎の矢が打ち抜いた。

 頭部が火だるまになって、もだえるオーク。四肢をでたらめに振りまわし、頭を抱えてのたうちまわっている。

 襲われていた女性は胸元とドレスを押さえて、その隙にオークから抜け出した。

「ファイアハンド」

 更にその近くにいたもう一匹のオークの腹を、火を纏った拳で殴りつける。

 腰を入れてストレート気味に入った拳はオークの腹を貫通して穴を開けた。折れた肋骨と豚の脂が風穴からはみ出している。

 突いた拳はすぐ引いて、構え直す。

 ザックさんとの練習と、その後の実践の成果が出ている。今までだったら僕は走りながら不安定な姿勢で殴りつけるだけだから、腰も入らず体重も乗っていない無様な一撃にしかならなかっただろう。

 ブモ、という怒りのこもったような鳴き声が聞こえた。

  背筋が凍るような感じがして、僕はその方向を見ずに地面を転がってその場を離れる。

 直後。台風の風のような轟音が僕の直上を通り過ぎていった。僕の身体の幅ほどもある刀身の、大きい剣を持ったオークだ。

 危なかった。剣で受け止めれば剣ごと真っ二つにされていただろうし、かわそうとしてもあの大きな剣をかわしきれなかっただろう。

 体勢を立て直して反撃しようとするが、起き上がろうとして地面に着いた手に激痛が走った。

 その手に、ピンク色の足が乗っかっていた。

 もう一匹のオークが、ファイアハンドを纏った僕の手を踏みつけて、棍棒を振りかぶっていた。肉が焦げる音がしているのに、こいつは足を離さない。

 僕に向かって棍棒が振り下ろされるのが、やけにスローモーションに見えた。

手が押さえつけられているからかわせない。受け止められないのはさっきの攻撃で体感としてわかった。

 魔法は、魔力を込めるのが間に合わない。

 僕は観念して目をつぶろうとして―――

 突然、オークの腕が棍棒ごと吹き飛ばされた。腕は二本とも宙に舞い上がり、白い糸のような神経が切断面から垂れているのが、噴き出す赤い血の隙間から見えた。

 ロッドをオークにつきつけるように構えたグレーテルが、鋭い視線でオークと、僕を睨みつけていた。

 僕を?

「……アイスジャベリン」

 ロッドの先にアイスアローより二回りは大きい氷の矢、いや投げ槍が一本形成される。その切っ先は残ったもう一匹のオークと、その射線上にいる僕の方へ向いていた。

 オークが大剣を振り下ろして氷の投げ槍を撃ちおとそうとするが、それより一瞬早くグレーテルのロッドから放たれた氷の槍がオークの胸を貫いた。

 氷の槍はオークを貫いた勢いのまま、僕の方へ飛んでくる。

 だがグレーテルがロッドを左右に振ると、氷の槍は空中で溶けて跡形もなくなった。



「……これで全部片付いた」

 グレーテルはロッドを構えたまま僕の方へ歩いてくる。その目は僕を明らかに睨んでいた。

「助けてくれて、ありがとう」

 まずお礼を言うけど、グレーテルは表情を緩めなかった。

「……ヒロシ。一人で突出しすぎ。パーティを組んでいるんだから連携を考えて行動して」

 グレーテルのいつもと違う声音が少し怖い。

「ごめん。でもあの現場を見たら、頭に血が昇って」

「……私も女だから気持ちはわかるけど、運が悪かったらヒロシは殺されて、私が同じ目にあわされていたかもしれない」

 グレーテルは自分の身を抱いて、目を伏せてうつむいた。

「……お願い。命を粗末にしないで。ヒロシは臆病なのに、血気にはやるところもある。あなたはいつか感情に任せて死ぬような目に遭うかもしれない。それが心配」

 僕は自分の頭を殴りつけたくなった。

 勝手に正義ぶって、勝手に突っ走って、勝手に死のうとした。他の人がその後どうなるか、どういう思いをするかなんて全然考えもしなかった。

「……もしそうなったら、ヒロシの魔法を研究できない。それは困る」 

 僕はがっくりとうなだれた。僕の体、じゃなくて僕の魔法目当てか。

「……というのは、建前」

 グレーテルは僕の体を包み込むように、抱きしめてきた。

「グレーテル……?」

 僕を包み込むグレーテルの柔らかい感触が心地いい。腕も、お腹も、僕よりずっと柔らかかった。女の子ってこんな感触がするのか。

 グレーテルは僕の肩に頭を載せるように抱きしめているので、表情がわからない。

 でも、グレーテルが震えているのが伝わってきた。

「……無事で、本当に良かった。ヒロシが手を踏みつけられて殺されそうになった時、怖かった」


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