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決闘

 床に毛布を敷いて健全な夜を過ごした翌日、装備を整えて再びギルドへ向かった。今日は人が少なく、受付のルーシーとトーマス、それに彼の仲間らしい男性以外誰もいない。ガラが悪そうで、正直僕の苦手なタイプだ。

トーマスはグレーテルを見るとまたしつこく言い寄ってきた。

「おう、こんなところで会うなんて。これってもう運命じゃね?」

いつも無表情なグレーテルが、かすかに眉根を寄せていた。

それがわからないのか、そもそも女子の拒否に無頓着なのか、トーマスはそれでもまだ言い寄る。

「いい加減についてこい!」

「……あっ」

 トーマスが彼女の手を握る。

 男の太い指がグレーテルの細い手首をつかんでいるので、その対比が際立つ。

反射的に僕はそいつの手を握って、グレーテルから引き離していた。怖いとか、先輩後輩の関係とか、そんなことは全く考えなくて体が自然に動いていた。

「なんだテメエ」

 トーマスはイケメン顔を醜くゆがませて怒りを露わにしていた。眉間にしわがより、目が吊り上っている。

 それを見ると恐怖が沸き起こってくる。

 いじめられていたころに心に刻まれた、怒りや自分より強いものに対する怯え。

 ああ、僕はやっぱり根っこの部分は臆病なんだな。魔法を覚えて、少しは戦えるようになったけど。

 肩が震えそうになるけれど、拳を握りしめて抑え込み、トーマスを睨み返す。

「彼女は僕とクエストを受けに行くところです……」

「アア?」

 トーマスが言葉の途中で恫喝してきて、僕は足が震えだす、目元が熱くなって、泣きそうになった。

 トラウマが心の底から噴き出してくる感じ。こうなったらもう、しゃべれない。動けない。

 トーマスに肩を押されて、無様に床に転がった。

 それから腹を踏みつけられる。朝食べたスープが逆流しそうになった。

「ついてこい!」

 トーマスがグレーテルのローブをかなり乱暴に掴んだ。グレーテルの胸が半分くらいあらわになってトーマスと、彼の仲間が下卑た声を上げた。

 あからさまな淫語を交えてはやし立て、グレーテルが泣きそうになる。


 輪姦ものの同人誌で、こんな展開があったっけ。

 この後ヒロインは、恋人の見ている前で服を破かれて滅茶苦茶に体を蹂躙される。そして主人公は、それを黙って見ているしかできない。


でも今、僕の心に湧きあがったのは怒りだ。今まで感じたことのないくらい、強い怒り。

さっきよりも全然強い。

グレーテルがさっきより、もっとひどく傷つけられたからだろうか。だから僕は、こんなに怒っているんだろうか。

はらわたが煮えくりかえる、ってこういう感じだろうか。

 怒りが恐怖を押し流していく。

 震えが、恐怖が、涙が、怒りにとって代わられてゆく。

 それに加えて、グレーテルへの恋慕の感情がわき上がる。

とられたくない。僕が、グレーテルを自分のものにしたい。

あんな奴らに、グレーテルの体を見られたくない。

「……死ね」

ファイアアローを放とうと、手に魔力を込めた。



「は・あ・い。そこまでよん」

 僕の手に土がまとわりつき、ファイアアローが封じられた。

 トーマスとその取り巻きの足や手にも、同じように土がまとわりつき、動きが封じられている。

 いつの間にかギルド内に入ってきていたマルガリータが絵画のような絵が描かれたローブをひるがえし、ゆうゆうと僕たちの元へ近づいてきた。

 顔つきも口調も普段と変わらないが、眼だけが笑っていない。

 目を合わせただけで殺されそうな、ザックさん以上のすさまじい威圧感を放っている。

「ギルドメンバー同士の喧嘩はご・法度よん。もし破った場合は除名処分。忘れてないわよね?」

 マルガリータはロッドを突きだして僕たちを威圧してくる。

 手にまとわりついた土が次第に圧力を強めていった。

 腕がうっ血しているのがわかる。このまま圧力が強まっていけば、僕の手はつぶされるだろう。トーマスたちはさっきまでの威勢はどこへやら。顔が蒼くなっていたり、震えている奴らもいる。

 僕もほんの数秒前はあんな風だったんだろうな。カッコ悪い。

 自分の姿を客観的に見られた気がして、急に気持ちが落ち着いてきた。

「……喧嘩じゃない」

 胸元を隠したグレーテルが、マルガリータに抗議するように呟いた。

「……今のは戦闘技術を教えてもらっていて、つい熱くなっただけ。ルーシーもそう言ってる」

 急に話を振られた受付嬢のルーシーが、「はわわ」とでも言いそうに慌てた。

 ちなみに今までルーシーはカウンターの下に隠れてました。

「そ、そうですね。グレーテルさんのおっしゃる通りです」

 マルガリータは僕たちの顔を順番に見比べていたが、やがて「ふう」とため息をついて指をパチンと鳴らした。

 僕やトーマスたちの身体を覆っていた土の戒めが一瞬で溶けて、土が魔力の輝きとなって宙に消えていく。

「そう。な・ら・しょうがないわね。でもせっかくだからわ・た・しも混ぜてちょうだい。ギルドの訓練場で今日の夕刻、決闘よん」

 決闘? 

 唖然とする僕を尻目に、話は進んでいく。

 いつの間にか人数が増えていたギルド内も、盛り上がっていた。

 あちこちから「決闘が見られるぜー」「久しぶりだな」「どっちに賭ける?」「オッズを速く作らねえとな」等の声が聞こえてくる。

「審判はわたしがつとめる・わ・ん。両者、異存はないわね?」

 僕は空気に流されるように頷き、トーマスも口の端をゆがませながら返事した。

「それじゃあ、た・の・しみにしているわん」

 マルガリータさんが掌を振りながら、幹部室のドアを閉めて姿を消した。 

「なんで、問題にしなかったんだろう?」

「それはね」

いつの間にか来ていたリーリャさんが、説明してくれた。

「ギルドでは私闘は禁止、ってなっていても冒険者なんて血の気の多い連中の集まりだからね。時にはああやってガス抜きしないといけないんだよ。マルガリータさんだって、昔は結構やんちゃしてたらしいし」

「け。これであの新入りを公開処刑にできるぜ」

 トーマスが聞えよがしにそんなことを言って、ギルドを取り巻きたちと一緒に出て言った。

「物騒だねー。ヒロシくん、勝算は?」

「正直、あまりないです。さっきもブルってたくらいですし」

「まあEランクなりたてとDランクだからねー。負けたってしょうがないよ。胸を借りるつもりでドーンといってきなさい、ドーンとね!」

 リーリャさんがそう言って、僕の背中を景気づけに叩いた。

 少しだけ気合が入った気がした。


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